第9話②「甘さと苦さのあいだ」
カフェ巡りの最後に二人が訪れたのは、スイーツ特化型のカフェ《Dolce Felicità》だった。
今回の目的は、“感情に直結するスイーツを体感すること”。
店内に入るなり、ユナはメニューを開いて目を輝かせた。
「じゃあ、私、ティラミス!」
「じゃあ、俺はエスプレッソアフォガードにするかな」
ほどなくして、二人の前に注文したスイーツが運ばれてきた。
ユナの前には、ふんわりとココアパウダーをまとったティラミス。
カイの前には、真っ白なアイスクリームと、その横に添えられた小さなエスプレッソ。
「わー……なにこれ、かわいい……!」
ユナは身を乗り出し、目をきらきらさせる。
「見るからにおいしそう!」
「ティラミスには、“私を元気づけて”という意味があります。ややロマンチック寄りの解釈ですが」
「へー、そうなんだ……素敵……!」
胸の前で手を合わせ、うっとりするユナ。
そして、何かを思いついたように、ちらりとカイを見る。
「ねえ、カイ!」
「ん?」
「さらに私を元気づけるために、“はい、あーん”で食べさせて♡」
「それくらい自分で食え」
即答だった。
「……」
ユナは無言で自分の腕を押さえる。
「いたたた……」
「?」
「腕が、腱鞘炎で……フォークが、持てない……」
「演技が雑すぎる!」
むぅ、と頬を膨らませるユナ。
「くっそう……やっぱ自分で自分を元気づけるしかないか……」
次の瞬間。
ガツガツガツッ!
「おい待て! 量で解決するな!」
ユナは猛烈な勢いでティラミスを食べ始めた。
「これで……元気いっぱいになれるでしょ……っ」
口いっぱいに頬張りながら、にへらっと笑う。
「それはただの過剰摂取です!」
ピコの冷静なツッコミが飛んだ。
***
続いてカイは、アフォガードに添えられたエスプレッソを手に取った。
熱いコーヒーを、冷たいアイスへゆっくりとかける。
じゅわっ。
白いアイスが、黒褐色の液体に包まれていく。
「へえ……見た目からして、もう面白いな」
「見た目の通り、アフォガードは“溺れる”という意味です」
「“エスプレッソに溺れたアイスクリーム”か。ティラミスといい、ずいぶん詩的なネーミングだな」
そこへ、ユナが横からスプーンを伸ばした。
「うわっ、これすごい!」
「おい、それ俺のだろ!」
「甘いのに苦いし、冷たいのに熱いし、口の中でケンカしてる!」
「だから、なんでおまえが先に食ってんだ!」
「しかもさ、時間でどんどん変わってくのもいいねー。ほら、もう溶けてきてる」
ユナは、とろけていくアイスをうっとり眺める。
「人の話、まったく聞いてねえな!」
カイが叫ぶ。
するとユナは、突然スプーンを持ち上げた。
「はい、あーん♡」
「んっ……!」
反射的に口を開けてしまったカイ。
そのまま、もぐもぐ。
ユナは満足そうに笑う。
「どう?」
「……」
「ちゃんと元気づけられた?」
スプーンをくるくる回しながら、得意げな顔をする。
カイは少し考えてから答えた。
「……まあ、うまいな」
「でしょ?」
「最終的に成立させるあたり、ユナの方が一枚上手ですね」
「ピコ、それ褒めてる?」
「微妙なところです」
***
やがて、二人の皿は空になった。
ユナとカイはそろって腕を組み、これまで訪れたカフェで得たものを整理する。
「どうでした? デザートからの学びはありましたか?」
カイは少し考えた。
「うん……他のカフェと同じく、“シンプル”っていうのもあるけど、それに加えて“必然性”があるよな」
「必然性?」
「その味、その名前、その食べ方に意味がある。だから記憶に残る」
ユナも頷いた。
「そうだね。“意味”とか“ストーリー性”があると、一気に記憶に残る感じする」
「おっ!」
ピコが勢いよく身を乗り出した。
「ということは、新メニューのイメージが見えてきた感じですね!」
「いやー、全然」
「ありゃ〜っ!?」
ピコが勢いよくずっこける。
カイは苦笑した。
「でも、いいインプットはできた。あとはこれをどう咀嚼して、アウトプットに変えるかだな」
「うん、だね……!」
ユナの目が、再び輝き始めた。
そのときだった。
「うわっ、何だこれは!?」
「注文データが暴走してる……!」
カウンターの奥から、店員の慌てた声が聞こえてきた。
ユナとカイは顔を見合わせる。
二人は同時に立ち上がり、カウンターへ向かった。
「どうしました?」
「突然、注文システムがおかしくなって……!」
ピコがすっと前に出る。
ホログラムを展開し、システムの解析を開始した。
「何ですか、これは?」
表示されたデータを確認した瞬間、ピコの声が変わった。
「AIが客の好みを勝手に決定し、注文を拒否しています!」
「うわ、出た」
ユナが眉をひそめる。
「“最適化しすぎるやつ”ね。一番タチ悪いタイプ!」
「ちなみに我々のテーブルには、特大ティラミス、アイス山盛りアフォガード、砂糖増量ホットチョコの提供が強く推奨されています」
「強く、ってなんだよ……」
「AIによると、“客の女性は感情の起伏が激しく、短時間での糖質消費量が高いため”だそうです」
「ちょっと!?」
ユナが振り返る。
「言い方ってものがあるでしょ!!」
「しかも否定しきれないのが、また痛いな……」
「なに言ってるの!?」
ユナはカイを指差した。
「否定できるわよ!!」
そして、少しだけ声を落とす。
「……たぶん!」
「そこは言い切れよ!」
カイがピコの表示を覗き込む。
やがて眉をひそめた。
「こりゃ原因、結構深いぞ」
「はい。表面のシステムを修正するだけでは、根本的な解決になりません」
「仮想層にダイブしないと届かないな」
カイが周囲を見渡す。
「とはいえ、このカフェにダイブマシンは、さすがに――」
「はーい! あります!」
ユナが勢いよく手を挙げた。
「ないだろ」
「あるよ、ここに!」
ユナは胸元から指輪を取り出した。
きらり。
指輪が淡い光を放つ。
カイが目を丸くする。
「その指輪で、ダイブもできるのか? すげえな」
「こんな失礼なAI、そのままにしとくなんて無理!」
ユナは拳を握りしめた。
「とっとと潜って、思い知らせてやるんだから!」
その表情から、さっきまでのスイーツ巡りの楽しげな雰囲気は消えていた。
完全に、戦闘モードだった。




