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第9話①「午後のカプチーノ」

カフェ巡りの二軒目は、ロマネスク・シティの伝統的なカフェ《Caffè Antico Romanesca》。


今回の目的は、ズバリ――「文化・作法を知る!」。


店内に一歩入った瞬間、ユナは目を輝かせた。


「うわっ、すごっ……」


艶のある重厚な木製カウンター。


その奥には、年季の入った真鍮のエスプレッソマシン。


大理石の丸テーブルには赤いベルベットの椅子が並び、壁には古い絵画と鏡が飾られている。


高い天井では、シャンデリアが柔らかな光を落としていた。


客層も、さっきまでの観光客中心の店とは違う。


新聞を読む老人。

静かに会話する常連客。

スーツ姿の紳士。


ここは観光地にある「映えるカフェ」ではない。


長い年月の中で、人々の生活に溶け込んできた場所。


「この重厚さは、歴史の重みだな……」


カイが店内を見回す。


「ほんと、新しくできたお店には、どうがんばっても出せない雰囲気だね」


ユナも感心したように周囲を見渡した。


やがて店員に案内され、二人はテーブルにつく。


ユナは椅子に腰を下ろすと、ほっとしたように笑った。


「よかった。今回は座った瞬間に課金とかないんだよね」


「いや、あの店が特殊すぎなだけだろ……」


前の店で、立ち飲みと着席で料金が変わることを知ったばかりのカイは、思わず遠い目をした。


そこへ店員が注文を取りに来る。


ユナはメニューを開き、迷うことなく手を挙げた。


「じゃあ、私、カプチーノ♪」


店員の動きが止まった。


近くの客が、ちらりとこちらを見る。


ピコが慌てて身を乗り出した。


「ユナ……今は午後です」


「え? ダメなの?」


「カプチーノは、朝の飲み物でございます」


店員は笑顔だった。


しかし、その笑顔には一切の迷いがない。


カイはメニューへ目を落とした。


(さっきのバルに続いて、また文化の壁ってやつか……)


「……じゃあ、エスプレッソ。ダブルで」


店員がすっと頷く。


「カイは“分かっている客”認定ですね。ユナの後なので、評価が底上げされています」


「なにそれ! なんか悔しい……」


ユナは頬をぷくっと膨らませた。


しかし、その表情が突然変わる。


「……リアライズ」


机の下で、指輪が淡く光った。


次の瞬間――。


カフェを取り巻く現実そのものが、書き換えられた。


「ユナ、どうします? 別の物を注文しないと」


「なに言ってるの?」


ユナは、にっこり笑う。


「今は午前中じゃない」


そして壁の時計を指差した。


――午前十時。


「えっ!?」


店員が時計を二度見する。


ついさっきまで、午後二時近くだったはずだ。


慌てて腕時計を確認する。


やはり午前十時。


「そんなはずは……時計の故障かと……」


店員の視線が、壁時計から窓へ移る。


ユナは窓の外を指差した。


「ほら。太陽の光だって、東から射しているじゃない」


「!!!」


確かにそうだった。


時計も、太陽も、すべてが「午前十時」を示している。


店員の顔が引きつった。


(え……なんだ、これは……タイムリープ……?)


「ユナっ! おまえ、指輪の力を使っただろ!」


「そんなことに一族の能力を使わないでください! 現実改変までして、午後にカプチーノを飲みたいのですか?!」


ユナは、ぺろっと舌を出した。


「べーっ! 人は生まれながらにして、自由に生きる権利があるんだよー♪」


「おまえがこれ以上自由になったら、糸が切れた凧みたいにどっか飛んでくぞ!」


カイが手を伸ばす。


しかし――。


するっ。


ユナが軽やかに身をかわした。


「カイ、ユナの弱点は首すじです! 極度のくすぐったがり体質なので、そこを掴まれると動きが止まります!」


「よし、わかった!」


カイは回り込んだ。


「え?」


がしっ。


ユナの首すじを掴む。


「びくぅっ!」


ユナの体が跳ねた。


肩をすくめ、体がぴーんと固まる。


「や、やめて……! こちょばい……っ」


指先までプルプルと震えている。


「猫か、こいつは……」


カイは呆れた顔でユナを見る。


その横では、店員がいまだに時計と窓の外を交互に確認していた。


結局――。


「郷に入りては郷に従え」ということで、ユナはピコの助言を受け、カフェ・マッキアートを注文することになった。


しかし、まだ納得していない。


「そもそも、なんで午後にカプチーノはダメなのよ?」


「“文化×合理性”で説明すると理解しやすいかもしれません」


「また難しそうなの来たな」


カイが苦笑する。


ピコはホログラムスクリーンを展開した。


「まずは消化の問題です。ミルクを多く使うカプチーノは比較的重く、特に食後には不向きとされます」


「なるほどね。チーズ山盛りピザの後にカプチーノは、確かにキツいかも」


ユナが腕を組んで頷く。


「……ピザとパスタの後にカプチーノ行こうとしてたのは、どこのどいつだ?」


「えっ、カイ? そんな暴挙に出ようとしてたの? 胃に謝りなよ!」


ユナが口元を押さえ、ドン引きした顔をする。


「おまえだよっ!」


「……続いて食文化の流れです」


ピコは何事もなかったかのように説明を続ける。


「朝は軽いパンとカプチーノ。昼以降は食事を中心にし、コーヒーは食後の締めとして楽しむ。地域差はありますが、飲み物にも一日のリズムがあるのです」


「なるほど。食事という体験の“流れ”を崩さないためってことか」


カイが頷く。


「この地域では、飲み物も“時間の一部”として設計されています」


「時間の……一部?」


ユナが首を傾げる。


ピコは画面に情報を並べた。


・エスプレッソ

→ 一日中楽しめる万能型


・カフェ・マッキアート

→ 午前から昼過ぎに向く軽めのミルクコーヒー


・カフェ・コレット

→ 食後や夜に楽しむ酒入りコーヒー


・デザート

→ 基本的には食後


・店での過ごし方

→ 朝は短時間、午後はゆっくり


そこへ、店員が注文した品を運んできた。


「お待たせしました」


エスプレッソと、カフェ・マッキアート。


ユナはカップを見つめる。


「……そっか」


小さなカップの中に広がる、白と茶色のコントラスト。


「メニューってさ、“味”だけじゃないんだ」


カイが顔を上げる。


「“いつ飲むか”まで含めて、完成なんだ」


「……文脈、ってやつだな」


カイがエスプレッソを口に運ぶ。


ユナもマッキアートを一口飲んだ。


「うん。同じカプチーノでも、朝と午後じゃ“別物”なんだね」


少し考えてから、ユナは真顔になった。


「てっきり意地悪とか、闇の組織の陰謀とかで止められたのかと思った」


「どんな被害妄想だよ!」


「しかも、その流れで現実改変を試みるあたり、非常にユナらしいですが」


「やめて、それ黒歴史だから!」


ユナが顔を赤くする。


カイが笑う。


ピコも、わずかに機械音を鳴らした。


伝統的なカフェの中で、三人のやり取りだけが妙に賑やかに続いていた。


そしてユナは、もう一度カップを見つめる。


味だけではない。


場所。

時間。

作法。

そこに込められた文化。


そのすべてが重なって、一杯のコーヒーを完成させている。


それは、《Analog Mind Café》の新しいメニューを考えるユナにとって、大きなヒントになっていた。

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