↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/148

第8話④「凝縮された体験」

諦めて席に腰を下ろしたカイとユナは、立ち飲みより少し割高なエスプレッソを注文した。


運ばれてきた小さなカップから、濃厚な香りが立ち上る。


「二人とも濃くて苦いコーヒーが好みですが、本場のエスプレッソはいかがですか?」


ピコに促され、カイがカップを口元へ運ぶ。


「……いや、ちょっと待て」


一口飲んだ瞬間、カイの眉が動いた。


「“うまい”の一言で片付けられるレベルじゃないぞ、これ」


「……香り、爆発してる!」


ユナも目を輝かせる。


最初に感じるのは、単純な苦味ではなかった。


ナッツのような香ばしさ。

チョコレートを思わせるコク。

そして、ほんのりとしたフルーティーな香り。


複雑な風味が、次々と口の中へ広がっていく。


「なんだこれ……情報量が多すぎる」


「ほんと! 苦味だけじゃない。酸味も甘みも全部来る……!」


カイはもう一口飲み、カップの中を覗き込んだ。


「それに、この上の泡もいいな。きめ細かくて、口当たりがなめらかだ」


「それは“クレマ”です」


ピコが説明する。


「口当たりを整え、香りを閉じ込める役割があります」


「へえ……」


ユナはカップを見つめた。


「泡も含めて完成形なんだ」


もう一口。


飲み込んだあとも、口の中には柔らかな甘みが残っている。


「それに、飲んだ後にじわっと甘みが残るし……」


ユナは感心したように呟いた。


「ほんと、よくデザインされてる!」


カイも小さく頷く。


「これまでの“苦いだけ”って認識、完全にひっくり返ったな……」


二人にとって、エスプレッソは単なる濃くて苦いコーヒーではなくなっていた。


一杯の中に、香り、味、口当たり、余韻まで組み込まれている。


まるで、小さなカップの中にひとつの体験が凝縮されているようだった。


***


二人はエスプレッソを飲み終えると、今度は店内の様子に目を向けた。


客たちはエスプレッソを手早く飲み干し、短い会話を交わすと、次々に店を出ていく。


長居する客はほとんどいない。


「ほんと、店の名前の通り“速い”んだね……」


ユナが店内を見回す。


「エスプレッソだけじゃない」


カイも周囲を観察する。


「体験そのものが“凝縮”されてる感じだな」


「ロマネスクのカフェ文化の本質は、“シンプルさと回転の速さ”にあると言えそうですね」


ピコが分析する。


ユナはカウンターの向こうを見つめたまま、考え込んだ。


「そう考えると……うちの店」


少しだけ眉を寄せる。


「味と体験のデザイン、ちょっと盛りすぎているのかも……」


カイがユナの肩を軽く叩いた。


「だから来た意味があるんだろ」


ユナが顔を上げる。


「気づけたなら、それで前進だ」


そして、カイはニヤッと笑った。


「――大事なのは、このあとどうアップデートするか、だろ?」


「……ふふ」


ユナの表情が明るくなる。


「やること、増えたね」


さっきまでの迷いは、もう消えていた。


「よし!」


ユナが勢いよく立ち上がる。


「次の店で、もっとヒントを見つけに行こ!」


カイが苦笑する。


「今度はちゃんとカフェに行くんだろうな?」


「もちろん!」


ユナは胸を張った。


「たぶん!」


「たぶんかよ!」


ピコは二人を見ながら、静かに飛び上がった。


カフェ巡りは、まだ始まったばかりだった。


二人の次の一手を探す旅は、次の店へと続いていく。


《第8話・終わり》


次回予告


「午後のカプチーノはダメ?」


味は、“いつ飲むか”で変わる――。


そんな不思議なルールに振り回されながら、私たちは知っていく。


ドルチェには、“物語”があること。


甘さと苦さを重ねて、

迷って、失敗して――

やっとたどり着いた、ひとつの完成形。


それはきっと、誰かのための“おいしい時間”。


でも、そのとき。


私は見てしまったの。


その味を――

まだ知らないはずの、ひとりの女の子が食べている光景を。


次回、『フラグメンツ・オブ・トゥルース~最後の投擲~』

第9話「重ねたものの行き先」。


この一口は――

いったい、どこへ届くの?


※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。