第8話③「ロマネスク・カフェ・ラプソディ」
ロマネスク・シティ駅を一歩出ると、中世の石造りの建物と近未来の高層ビルが混ざり合った、独特の街並みが広がっていた。
「すげえな……。アストラシティとは全然違う」
カイが周囲を見回す。
「どう? 来てよかったでしょ?」
ユナがひょいと顔をのぞき込んだ。
「……無理矢理、連れてこられて、来てよかったも何もねえけどな」
「ちっ、まだ根に持ってるのか……」
「当たり前だ!」
「それより、さ……!」
ユナがカイの手を、ぐいっと握る。
「……?」
「せっかくロマネスクまで来たんだから、本場のピザとパスタ食べに行こっ!」
「お、おい!」
ユナはカイの腕をつかむと、そのまま走り出した。
「待て! カフェ巡りはどうしたぁぁぁーっ!」
カイの悲鳴が、ロマネスク・シティの街角に響き渡る。
「やれやれ……」
ピコは少し遅れて二人を追いながら、冷静に分析する。
「カイはまだ、ユナに対するステークホルダーマネジメントが甘いですね」
ステークホルダーマネジメントとは、プロジェクトに関わる人たちを把握し、良好な関係を築きながら、協力を得ていくための活動だ。
ピコから見れば、ユナに振り回されているカイは、まだまだその能力が足りない。
もっとも――。
「……というより」
ピコは前方を走る二人をスキャンする。
「ユナはステークホルダーではなく、“リスク”そのものですが」
ピコのボディが展開する。
カシャッ。
ドローンモードへ変形したピコは、猛スピードで二人の後を追った。
***
三人が入ったのは、駅からほど近いトラットリアだった。
席につくと、カイはメニューを眺める。
「せっかく本場に来たんだ。ピザとパスタ、両方頼んでみるか」
「あっ、それ、ダメですよ」
ピコが即座に反応した。
「え、何でだ?」
「地元の食文化では、パスタとピザを同時に注文するのは、“炭水化物×炭水化物”として違和感を持たれる場合があります」
「そうなのか? 危うく恥をかくところだった。じゃあ――」
「私、カルボナーラとマルゲリータ!」
ユナが元気よく手を挙げた。
店員が微妙な表情を浮かべる。
「お客さま、それは……」
「おい、ユナ。それ、御法度らしいぞ」
カイが小声で止める。
「そもそも炭水化物×炭水化物だから――」
「えー、それのどこがダメなのよ!」
ユナがビシッと指を突きつける。
「ラーメンライスだって! みんなやってるし、おいしいじゃん!」
圧!
圧!!
圧!!!
謎の理論と圧が、店員を襲う。
「…………かしこまりました」
店員は諦めたように注文を受けた。
「すげえ……文化を強引にねじ伏せた……」
「いえ。単に呆れられただけです」
ピコが即答した。
***
やがて料理が運ばれてくる。
マルゲリータに、クアトロ・フォルマッジ。そしてカルボナーラ。
「ピザ、でかっ! これ、シェアするサイズだぞ」
「いえ。これを一人で食べます」
ピコの指摘に、ユナは胸を張る。
「そうだよ。こんなの、おやつサイズだよ! この程度でビビってたら、ロマネスクで生きていけないよ!」
「なんで急に現地マウントなんだよ!」
しかしユナは、もうピザに夢中だった。
「……うわっ、このピザ最高! 生地サクサクで、チーズもっちもち!」
「人の話、完全に遮断したな!?」
続いてカルボナーラを大量にフォークへ巻き取り、そのまま口へ運ぶ。
「こっちもすごっ! めちゃくちゃ濃厚なのに軽い!」
カイも一口食べる。
「これ、カルボナーラなのにクリーム感ゼロだな」
「これが本場の味です。こちらでカルボナーラにクリームを求めると、軽く絶望されます」
「これまでの認識変わるな、ロマネスク……」
ユナは皿を見つめながら、感心したように言う。
「卵、チーズ、胡椒だけなんだ。素材の魅力というか……ここまでおいしいと、暴力ってやつだね」
二人は、本場の味にすっかり圧倒されていた。
***
料理をすっかり平らげると、ユナは満足そうに笑った。
「いやー、満足満足♪」
「もうカフェ巡り、いらなくね?」
「なに言ってるの!」
ユナが勢いよく立ち上がる。
「エネルギー充填は完了! カフェは別腹! すぐ行くよ!」
「おまえの燃費、どうなってんだよ……!」
こうして、ようやく本来の目的が動き始めた。
***
カフェ巡りの一軒目は、バールと呼ばれる立ち飲みカフェ。
「Bar Veloce」。
目的は――“コーヒーの本質を知る!”。
「Veloceは現地語で“速い”という意味です」
「なんでカフェで“速い”なんだ?」
「こちらは基本的に立ち飲み文化なので、回転の速さに由来していると思われます」
「回転の速さかー。なるほど。牛丼と一緒だねー」
「雑にまとめるな」
店内に入ると、確かに多くの客が立ったままコーヒーを飲んでいる。
ところが――。
「あ、座席もあるじゃん。カイ、ピコ、こっち座ろ!」
ユナが空いている席へ向かう。
「ユナ、待て!」
「え?」
ピタッ。
空気椅子状態で、ユナの動きが止まった。
「なに、この強制ストップ!?」
カイが壁のメニューを指差す。
「ピコ、あれ、どういうことだ?」
「立ち飲みと着席では、料金が変わるようですね」
「なるほど……立ちのほうが安いのか」
「えっ?」
ユナが自分の足元を見る。
「じゃあ私、今……“ほぼ立ち”だからセーフ?」
その姿勢のまま、必死に耐える。
プルプルプル……。
「お客さま」
店員が声をかけた。
「当店では、公平性のため――」
スッ。
どこからともなく双眼鏡を取り出す。
「座席にお尻が一瞬でも触れた場合、着席とみなしまーす♪」
「なんだ、その厳しすぎるルール!?」
「え、ゼロ秒でもアウト!?」
「ユナ、座るな! そのまま立ち上がれ!」
「む、無理……太ももが……!」
プルプルプルプル……。
限界を迎えたユナの身体が沈む。
ぺたん。
「お客さま、着席確認しましたー! お値段アップでーす♪」
「判定早すぎだろ! 何かの競技か!」
カイは天を仰いだ。
本場のカフェ文化は、想像以上に手強かった。




