第8話②「ヒントは本場にあり」
ゴオォォォォッ……
空中列車が、雲を裂くように走り抜けていく。
窓の外には白い雲海。
その向こうには、雄大な霊峰がそびえていた。
「見て見てピコ! アストラ・フジヤマ! めっちゃきれい!」
ユナは窓に張り付くようにして、景色を眺めている。
「これは記録価値Sランクですね。SNSに上げれば“いいね”が爆発します」
「盛れる角度どこ!? ここ!? ここ!?」
「もう少し右です。あと3度」
完全に観光モードだった。
その横で、カイが低い声を出す。
「おい」
「にゃっ?^ΦωΦ^」
ユナは猫のような顔を作って、ごまかそうとする。
「ごまかすな」
「ごまかしてないにゃ?」
「語尾で逃げるな」
カイはゆっくりとユナへ向き直った。
「……カフェ巡りって言ったよな?」
「言ったね!」
「普通、アストラシティ内だと思うよな?」
「思うね!」
「……なんで俺たち今、空中列車で雲の上走ってんだ? どこ向かってんだ?」
「それはですねえ〜」
ユナは頬をぽりぽりとかく。
すると、ピコが即答した。
「ロマネスク・シティです」
「……」
カイの表情が固まった。
「はァ? 遠すぎだろっっっ!! ロマネスクって! 空中列車でも15時間以上かかるぞ! 完全に海外旅行エリアだろうが!」
「いやあ〜、本場の空気を吸わないとインスピレーションがね〜」
「最高品質のアウトプットには、最高品質のインプットが必要です」
「急に意識高いこと言うな!」
カイは頭を抱える。
「そもそも、俺、何も準備してねえぞ!? 着替えも! 荷物も! それに宿とかもどうすんだ!」
「大丈夫大丈夫♪」
「その“大丈夫”が一番ダメなんだよ!」
「着替えは現地で買えばいいし〜。宿は最悪、野宿で♪」
「軽いな!」
「ロマネスク行くのもさ、新婚旅行の前借りってことで♪」
ユナは楽しそうに手をひらひら振る。
「誰がいつ結婚した!?」
「え、してないの?」
「してねえだろ!?」
「えー、じゃあ今からする?」
「唐突に人生の重大イベント決めるな! だいたい、付き合い出してまだ3話くらいしか――」
「あっ、メタ発言禁止〜♪」
「おまえが一番メタいんだよ!」
「世界観壊れるでしょ〜?」
「おまえが一番壊してるわ!」
「現在、会話の約87%が無意味な応酬です」
「分析すんな!」
ユナは笑いながらカイの顔をのぞき込む。
「でも、カイも嫌いじゃないでしょ? こういう先行きの見えない状況って。むしろ、“俺、ワクワクしてきたぞ”って感じじゃない?」
「……うぐっ……!」
「ほらぁ〜♪」
ユナは勝ち誇ったように笑った。
「くっ……!」
完全にペースを握られている。
そのやり取りを、少し離れた位置から見ていた車掌は、何度か声をかけようとして――やめた。
(……あれは、関わっちゃいけないタイプの客だ)
空中列車は、そんな三人を乗せたまま、雲の向こうへと突き進んでいく。
目指すは――ロマネスク・シティ。
***
カイは端末を耳に当て、取り引き先へ平謝りしていた。
「はい……すみません……急用が入りまして……明日の件はリスケで……はい……戻り次第、ご連絡しますので……失礼します……」
――ピッ。
通話を切る。
「……はぁぁぁ……」
「大変ねー、もぐもぐ」
隣ではユナが駅弁を食べていた。
「誰のせいだと思ってんだよ!」
「んー、誰だろうねー? 世の中? 政治?」
「おまえだよ!」
ユナはひょいと弁当を差し出した。
「まあまあ、これでも食べて落ち着きなって」
「……なんだこれ」
「アストラ名物・三段ひつまぶし弁当♪」
「なんでそんな重いの選んでんだよ」
「3段あるから楽しいじゃん♪ 他にもたくさんあるよ、ほらっ!」
ユナが指差した大きな袋には、大量の駅弁が詰まっている。
「よこせっ!」
カイは弁当を強引にひったくると、フタを開けた。
そして――
ガツガツガツ!!
ものすごい勢いで食べ始めた。
「すごい食べっぷり! お腹空いてたんだね♪」
ユナはにこにこと見守る。
「たぶん……違うと思いますが」
ピコの冷静な分析は、誰にも聞かれていなかった。
それでも、弁当を食べるにつれて、カイのストレスは少しずつ和らいでいった。
***
弁当を食べ終え、食後のお茶をすすりながら、カイが尋ねる。
「で、本場のカフェ巡りって、どこ回るつもりなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
ユナはそう言うと、どこからともなくメガネを装着した。
さっきまでの観光モードから一転。
一瞬で“デキる女モード”へと変身する。
ホログラムスクリーンが勢いよく展開される。
ボックス席が、たちまち即席のプレゼン会場へと変わった。
「ピコと事前調査は完了済み! ちゃんとWBSに落とし込んであるよ!」
ユナが得意げに胸を張る。
「WBSとは、プロジェクト達成のために必要な活動を、具体的な作業へと分解したものですね」
ピコが淡々と補足する。
「そう! つまり、今回は行き当たりばったりじゃないの!」
ユナはスクリーンを指差した。
「そして、巡るのは――この3店!」
画面に三つの店舗情報が次々と表示される。
《Analog Mind Café》
新メニュー開発プロジェクト!
成果物:新ドリンク&スイーツ
続いて、一つ目の店舗が表示された。
WBS①
立ち飲みカフェ(バール)
「Bar Veloce」
目的:コーヒーの本質を知る!
二つ目。
WBS②
伝統カフェ
「Caffè Antico Romanesca」
目的:文化・作法を知る!
そして三つ目。
WBS③
スイーツ特化カフェ
「Dolce Felicità」
目的:“感情に直結するスイーツ”を体感!
「どう? 完璧でしょ?」
カイはスクリーンを覗き込む。
「……悪くないな」
一歩踏み込んで、表示された計画を確認する。
「目的も成果物もはっきりしてるし、回る順番も理にかなってる」
「でしょでしょ〜? 褒めて褒めて〜♪」
ユナがすっと距離を詰め、カイに体をすり寄せる。
「うわ、いきなりくっつくな!」
カイは慌てて身を引く。
「……ただな」
「ん?」
「時間、予算、アポ取り――そのへん全部すっ飛ばしてるだろ」
「うっ……」
「あと、学んだ後、どう落とし込むかが甘い。“いい体験でした”で終わるパターンだぞ、これ」
「ご指摘の通り、リスク項目は未定義です。提案はしましたが、ユナの“大丈夫!”で押し切られました」
「うううっ……」
カイは腕を組む。
「――仕事にするなら、もっと詳細を詰めろ」
少しむっとしたユナが、カイを見上げる。
「……じゃあ、一緒に詰めてよ、プロジェクトマネージャーさん♪」
ぐっと顔を近づける。
「……最初からそのつもりだったんだろ」
カイも負けじと顔を寄せる。
「ふふふ、バレたか」
ユナは笑って、そのままカイにちゅっとキスをした。
***
その後、三人でプランを詰めていく。
「よし、できた!」
「これなら行けるな」
二人がうなずいた、そのとき。
車内アナウンスが流れた。
『まもなく、ロマネスク・シティ――』
空中列車はゆっくりと減速を始めた。




