第8話①「新メニュー大爆死」
アストラシティ郊外。
カイは《Analog Mind Café》へと歩いていた。
空は高く、風はやわらかい。
穏やかな小春日和だった。
「……ちょっと前に雪が降ったなんて、信じられねえな」
あのときの雪は、跡形もなく消えている。
やがて、見慣れた店が見えてきた。
そういえば――ユナが「もうすぐ新メニューを出す」と言っていた。
カイは眉をひそめる。
(……しかし、嫌な予感しかしねえな)
脳裏に浮かぶのは、謎の色をしたドリンク。
説明不能な食感のケーキ。
そして――「大丈夫大丈夫!」という、あまりにも無責任な笑顔。
「……ちょっと、警戒しとくか」
わずかに身構えながら、カイはドアに手をかけた。
――ガチャ。
「……?」
店内に入った瞬間、妙な重苦しさがまとわりついた。
空気が重い。
店内は静まり返っていた。
いつもなら漂っているはずのコーヒーの香りも、差し込んでくる木漏れ日も、どこか弱々しい。
「……は?」
カイは店の奥へ視線を向けた。
カウンターの向こう。
そこにいるのは――ユナとピコだった。
二人ともうなだれ、微動だにしない。
「ど、どうした……?」
返事がない。
――カタ。
ピコが、わずかに揺れた。
「……おい?」
そのとき。
ユナの肩が、ぴくりと動いた。
ゆっくりと顔が上がる。
「あ……カイ……」
声が妙に遠い。
目に光がない。
「だ、大丈夫か……?」
カイは無意識に一歩後ずさった。
その視線の先。
カウンターの上には、無数の皿、カップ、グラス。
得体の知れない試作品が山のように積み上がっている。
(……何かの墓場か?)
ふと見ると、人魂のようなものまで浮いていた。
「……新メニュー開発……」
ユナは力なくつぶやき、がくりとうなだれる。
「……詰んだ……」
「いやいや、諦めるな! 俺も手伝うから……」
カイが励ます。
すると、ピコがすっと顔を上げた。
「……無理です……」
か細い声だった。
「マトリクスを構築し、1,024通りの組み合わせを検証しましたが……」
ピコの身体から、わずかにノイズが走る。
「すべて、討ち死にしました……」
「討ち死にってなんだよ……」
店内の空気は、さらに重くなった。
そのときだった。
ユナが、すう……っと立ち上がった。
足音もなく、カイの方へ近づいてくる。
「……おい……?」
前髪が垂れ、表情が見えない。
まるでゾンビのように迫ってくる。
「だから……」
一歩。
また一歩。
「行くよ……」
「ど、どこにだよ……」
――ガシッ!
突然、ユナに腕を掴まれた。
「ひ、ひぃっ!?」
冷たい。
やけに冷たい気がする。
ユナが、ばっと顔を上げた。
次の瞬間――
満面の笑み。
「カフェ巡り!」
「温度差ァ!?」
「外部インプットの不足と判断しました」
「というわけで、行くよカイ! 今すぐ!」
「いや強制!?」
ユナはカイの腕を掴んだまま、ずるずると引きずっていく。
「待て! 心の準備が――!」
「大丈夫大丈夫♪」
「その言葉が一番信用できねえ!」
――バタン!
ドアが閉まる。
店内に取り残された試作品たちが、かすかに揺れた。
その奥で、人魂のようなものがふわりと浮かぶ。
そして、カイの悲鳴が、春の穏やかな空気を突き抜け、遠くまで響き渡った。




