第7話②「雪とアサリの午後」
カフェの店内は、外の雪景色とは対照的に、暖かな灯りに包まれていた。
カウンター席では、ユナが毛布にぐるぐる巻きになり、椅子の上で小さく縮こまっている。
「ぶるるるる……」
歯がガチガチと鳴っていた。
「ほら、これで温まれ」
カウンターの中から、カイが湯気の立つカップを差し出す。
ふわりと甘い香りが漂った。
カフェラテだ。
「ありがとう〜……」
ユナは両手でカップを包み込み、そっと口をつける。
「はあぁぁ〜……生き返るぅ〜……」
肩の力が抜けた。
まるで、身体の中に魂が戻ってきたような声だった。
「まったく……雪合戦で死にかけるやつなんて、初めて見たぞ」
腕を組み、呆れた顔をするカイ。
「いやあ……」
ユナはぽりぽりと頭をかいた。
「ほんと、死ぬかと思ったよ」
そして、そのまま――
どさっ。
カウンターに突っ伏した。
「お、おい。どうした?」
「お腹……空いた……」
弱々しく手を伸ばす。
「カイ、ご飯作って……」
「はぁ?」
カイは眉をひそめた。
「おい、ここ――お前の店だろ? メシくらい自分で作れるだろ」
「むりぃ……」
ユナは完全にカウンターへ溶けていた。
「雪合戦で動きすぎて……もう、エネルギー切れ……」
ぴくりとも動かない。
「まったく……」
カイは大きく息を吐くと、業務用冷蔵庫の前へ向かった。
その背中に、ユナの声が飛んでくる。
「あ、あと……」
「なんだよ?」
「アサリが大量にあるから、それ……使い切っちゃって……」
「注文が多いな!」
そこへピコが横からすっと現れた。
「ユナの誤発注です。二袋と間違えて、二箱注文してしまったそうです」
カイは天井を見上げた。
「やれやれ……何で俺がそんな尻拭いを……」
***
一時間後。
テーブルの上には、料理が所狭しと並んでいた。
アサリご飯。
アサリバター。
ボンゴレスパゲッティ。
クラムチャウダー。
見渡す限り、アサリ尽くしである。
「わあぁぁーっ!」
ユナが椅子から飛び起きた。
「ご飯だーっ!」
ついさっきまで瀕死だったとは思えないほどの復活ぶりだ。
「いっただきまーす♪」
アサリご飯を豪快に頬張る。
もぐもぐ。
そして――
「おいしーっ♪」
満面の笑み。
頬は幸せそうに緩みきっている。
そんなユナを、カイは腕を組んで見つめていた。
「……さっきまで死にそうだった奴とは思えねえな」
「だってー。お腹すいてたんだもん」
口いっぱいにご飯を詰め込んだまま答える。
「行儀悪いぞ」
「ちなみに」
ピコがさらりと告げた。
「まだアサリ、あと一箱半あります」
「……」
カイの動きが止まった。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「明日から――アサリフェア開催だな」
「いいねー!」
ユナの顔がぱっと輝いた。
「ボンゴレスパゲッティに、アサリピザ、アサリコーヒーに、アサリフラペチーノ!」
「後ろの二つはいらねえだろ」
カイはクラムチャウダーをすすりながら、即座にツッコんだ。
「なに言ってるの! アサリなめんなよ!」
ユナはスパゲッティをズバズバすすりながら反論する。
「いや、なめてないし!」
ユナはフォークを握ったまま、得意げに胸を張った。
「アサリはカルシウム、カリウム、亜鉛、鉄とかのミネラルが豊富だし! 特にビタミンB12の含有量は貝類でナンバーワンなんだよ!」
びしっとカイを指さす。
「栄養価が高いのは事実ですが……コーヒーやフラペチーノで摂取する必要はないと思います」
ピコの冷静な指摘に、ユナはフォークをくるくる回した。
「うーん……まあ、それも一理あるよねー」
天井を見上げながら考える。
「そもそも誰が飲むんだよ。アサリフラペチーノ……」
カイがぼそりと呟いた、その瞬間。
彼の脳裏に、未来の光景が浮かんだ。
カウンターには、大量に売れ残った謎のドリンク。
その前で、ユナが満面の笑みを浮かべている。
「カイ! これ売れ残っちゃったから全部飲んで!」
「……」
カイはぶるっと身震いした。
「やっぱり、アサリは料理だけにしとけ」
「えー。貝の出汁が出たコーヒーとか、おいしいと思うんだけどなー」
ユナはまだ未練たっぷりに言う。
どうやら、アサリドリンク構想を捨てる気はないらしい。
そしてカイは悟った。
この店では、アサリ一箱半を消費するだけでも、かなりの苦労を強いられることになりそうだった。




