第7話①「雪合戦がガチすぎる」
世界連合政府の首都――アストラシティ。
その郊外にある、小さな店《Analog Mind Café》。
外では、朝から降り続く雪が街を白く染めていた。
道路も屋根も真っ白だ。
店内のテレビでは、雪のニュースが流れている。
「アストラシティでは数年ぶりの積雪となり、公共交通機関に遅れが出ています。また、空中列車には欠便も発生しており――」
画面には、雪に覆われた都心が映し出されていた。
車はのろのろと進み、通行人は肩をすぼめて歩いている。
「うわー、すごい積もってるねー」
ユナはソファに寝転がり、気楽にテレビを眺めていた。
「ユナ。営業中なんですけど、くつろぎ過ぎじゃないですか?」
ピコが呆れたように声をかける。
「いいじゃんいいじゃん。こんな雪の日にカフェに来る人なんて、ほぼ絶滅危惧種でしょ」
ごろん、と寝返りを打つ。
カウンターでコーヒーを飲んでいたカイが口を挟んだ。
「俺だって、ここまで来るの大変だったぞ。雪で足取られて、二回くらい転びかけたし」
その瞬間、ユナがむくっと起き上がった。
「はぁ? この程度の雪で?」
ビシッとカイを指差す。
「そんなんだから都会人は軟弱だって、雪国の人に笑われるのよ!」
「おまえ、雪国出身なのか?」
「ううん。雪国の人たちの気持ちを代弁してみただけ」
「軽いノリで代弁しないでください!」
ピコが即座に突っ込んだ。
「そもそもユナ、雪かきすらしたことないじゃないですか。そんな人が雪国代表みたいな顔をしたら、逆に怒られますよ」
「なによ! じゃあピコは、雪かきしたことあるの!?」
「……ないですけど」
「ほら見なさい!」
「ですが! ピコはAIサポートロボです。世界中の雪害データを把握しています!」
「そんなの机上の空論よ! 実体験がすべてなの!」
「違います! データです!」
「感覚よ!」
「統計です!」
「じゃあ――」
ユナは勢いよく立ち上がった。
「外で雪合戦して決着つけよう!」
「望むところです!」
「おまえら仕事中だろ!!」
カイの怒鳴り声に、ユナとピコが同時に振り返る。
店内を見渡す。
客は――ゼロ。
ユナとピコが顔を見合わせた。
「……まあ」
「……たしかに」
「今ならバレなくね?」
「バレないですね」
「おい!!」
***
どん!
雪合戦、開戦。
店の前の小さな広場で、ユナとピコが向かい合う。
カイは入口脇のベンチに座り、保温タンブラーのコーヒーをすすっていた。
「やれやれ……結局やるのか。ほんと元気だな、あいつら」
ユナはニット帽にマフラー、厚手のダウン、防水手袋にスノーブーツ。
もこもこに着込んで、完全な雪国フル装備だ。
「ふふん、ピコ。降参するなら今のうちよ」
対するピコは、内部ヒーターを凍結防止モードにしたせいで、本体から湯気が立ち上っている。
「ユナ。日頃の恨み、ここで晴らさせてもらいます」
「なによ、“日頃の恨み”って! それじゃまるで私が、いつもピコに迷惑かけてるみたいじゃない!」
「……気づいてないんですか?」
「それが一番の問題なんです!」
「言ったなぁ~~っ!!」
ユナが歯ぎしりする。
ピコのディスプレイには、燃え上がる炎のアイコン。
「この勝負……ぜったい負けませんよ!!」
「望むところよ!!」
二人は完全に本気だった。
その様子を眺めながら、カイがコーヒーをすすった。
「……小学生か」
そして――。
「それでは、行きますよ。スノーボール・キャノン!」
ガシャン!
ピコの背面装甲が開き、筒状の装置がせり出す。
地面の雪がゴオオオッと吸い込まれ、圧縮されていく。
左腕が変形した。
ドンッ!
「……えっ?」
雪玉がユナの頬をかすめ、店の外に置いてあったダンボール箱へ突っ込んだ。
ドスッ!
箱には、見事な穴が開いた。
カイが目を丸くする。
「……いや待て。なんだ、今の? 雪合戦のレベル、完全に越えてるだろ」
「今のは試し撃ちです」
ピコが顔を上げる。
「次からは、ちゃんと狙っていきますからね」
「ちょ、ちょっと待ってピコ! それもう雪玉じゃなくて兵器じゃない!?」
「問答無用です」
ドンッ!
ドンッ!
ドンッ!
雪玉が連射される。
「うわっ!?」
ユナは飛び退き、身体をひねり、しゃがみ、雪の上を転がる。
その動きは、完全に野生動物だった。
「ほう……やりますね、ユナ」
ピコのキャノンがさらに加速する。
「ですが、いつまで避けられますかね?」
「……このっ!」
ユナの指輪が淡く光った。
「リアライズ……」
光が広がる。
「ミラージュ・ウォール!」
キィィン――!
ユナの前に、半透明の光の壁が出現した。
ドン!
ドン!
ドン!
雪玉が壁にぶつかり、次々と弾き飛ばされる。
「はぁ!?!?」
カイがベンチから身を乗り出した。
「それアリなのかよ! 雪合戦だぞ!?」
「ユナ! 指輪の力を使うなんてズルです!」
「ふん!」
ユナは鼻で笑った。
「ジャングルの掟にルールなんてないのよ!」
ビシッと指を突きつける。
「常に――食うか、食われるかよ!」
そのまま指輪が再び光る。
「リアライズ――エコー・モデル!」
キィン――!
光が弾けた。
次の瞬間。
ユナが――増えた。
一人。
二人。
三人。
そして――九人。
「ぶっ!!」
カイがコーヒーを吹き出した。
「おまっ……! 雪合戦で分身する奴があるか!?」
九人のユナは三人ずつのチームに分かれる。
一人が雪を集める。
一人が雪玉を作る。
そしてもう一人が投げる。
ポイッ!
ポイッ!
ポイッ!
「これは……!」
ピコの目が輝く。
「ライン生産による分業システム! ユナ、やりますね!」
三方向から雪玉が飛んでくる。
「行くよーっ!」
「避けられるもんなら――!」
「避けてみなっ!」
ヒュン!
ヒュン!
ヒュン!
ピコの内部で警告音が鳴った。
「この物量は……!」
カシャン!
背面ユニットが展開する。
ピコはドローンモードへ変形し、そのまま空中へ浮かび上がった。
「……あっ!!」
地上の九人のユナが一斉に空を見上げる。
「ずるーい!!」
「そんなのなしーっ!」
「空飛ぶの反則!」
「降りてきなさいよー!」
ピコは空中でくるりと回転する。
液晶モニターに表示されたのは――あっかんべー。
「“ジャングルの掟にルールはない”とか言っていたのは、どこのどなた様でしたっけねー?」
「ぐぬぬぬ……!」
地上で九人のユナが地団駄を踏む。
カイはコーヒーをすすった。
「……やってることはすごいけど、中身はほんとにガキのケンカだな」
***
やがて、ユナと地上に戻ったピコは、あらためて距離を取って向かい合う。
ユナが腕を組む。
「……やり直し」
「そうですね」
「もう、指輪とかAIロボの機能とか、そういうの使うの無しね」
ユナは少しだけ視線を逸らした。
「……ちょっと大人気なかったわ」
「ええ。ピコも同感です」
カイが小さく呟く。
「いや……気づくの遅くねえか?」
保温タンブラーのコーヒーは、とっくにぬるくなっていた。
「それっ!」
ヒュン!
ユナの雪玉がピコの胴体に命中する。
パスッ!
「わー、やられたー!」
ピコが逃げ出した。
「逃げろーっ!」
「ふふっ、待ちなさーい!」
今度は普通の雪合戦だった。
二人は笑いながら、雪の広場を駆け回る。
カイもその様子を眺めていた。
「……ようやく雪合戦らしくなってきたな」
そのとき――。
ミシッ……!
屋根の端に積もった雪が、ゆっくりとずれた。
ユナが顔を上げる。
「……ん?」
ピコも見上げる。
「どうしました?」
カイが振り返った。
「あ」
次の瞬間――。
ドサァッ!!
屋根の雪が、一気に崩れ落ちた。
「きゃああっ!」
「うわああっ!」
ユナとピコの姿が、真っ白な雪の山に飲み込まれる。
「お、おいっ!」
カイがベンチから飛び上がった。
「ユナ! ピコ!」
雪をかき分ける。
ザッ、ザッ!
「おい、どこだ……!」
そのとき――。
もこっ。
雪の山から、二人の顔がにゅっと飛び出した。




