第6話④「たったひとつの望み」
任務を終えた帰り道。
夜の街を、柔らかな風が通り抜けていた。
街灯に照らされた歩道を、カイとユナが並んで歩いている。
二人の間に会話はなかった。
やがてカイが足を止める。
「ユナ。おまえ……」
「ん?」
ユナが振り返った。
カイは少しだけ視線を逸らし、それからまっすぐ彼女を見る。
「……俺のこと、好きなんだろ」
「えっ」
ユナの心臓が大きく跳ねた。
「ちょ! な、なにそれ!?」
顔が一気に赤くなる。
「そ、そんなこと! あるわけ……ないような……! ある、ような……!」
自分でも何を言っているのかわからなくなり、ユナは両手を振り回した。
そのときだった。
カイが一歩近づいた。
そして、ユナの身体をそっと抱き寄せる。
「……!」
突然のことに、ユナの声が止まった。
カイの腕が、優しく彼女を包んでいる。
「……俺も、ユナのことが好きだ」
カイは照れくさそうに、それでも真っすぐ告げた。
「付き合ってくれ」
「えっ……」
あまりにも予想していなかった言葉だった。
ユナは目を見開いたまま、カイの顔を見つめる。
その隣で、ピコが淡々と告げた。
「ユナ、よかったですね。恋に勝ちましたよ」
「カイ……ピコ……」
ユナの瞳が潤んだ。
次の瞬間。
ぽろっ。
大粒の涙が頬を伝った。
「お、おいおい。どうしたんだよ?」
カイが困ったように笑う。
「うえ〜ん!」
ユナは涙を拭いながら、しゃくり上げた。
「だって……カイのこと大好きなのに……ずっと……意地張って、我慢してたから……」
涙が次々とこぼれる。
「もう、無茶苦茶うれしくて……」
カイは苦笑しながら、ユナの頭をぽんと撫でた。
「なんだよ、それ。バカだなあ」
「ふえ〜ん! バカって言う方がバカなんだよ〜!」
ユナは泣きながら、カイの胸をぽかぽか叩く。
その姿を見つめながら、カイは胸の奥で思った。
――この瞬間を、一生忘れない。
やがてユナは、カイの胸に顔を埋めたまま、ゆっくり呼吸を整えていった。
それでも腕は離れない。
カイも何も言わず、その身体を抱きしめていた。
しばらくして、ユナが小さく顔を上げる。
目はまだ赤い。
「……ねえ、カイ」
「どうした?」
「私ね……AIも、デジタルも……大キライなの」
カイは苦笑した。
「ああ……知ってるよ」
「ひとつだけ約束して」
「ん?」
ユナの表情が変わる。
今度は、冗談のない真剣な目だった。
「こんなフェイクだらけの世界でも……自分で考えることを、やめないで」
カイは黙ってユナを見る。
「誰かに決められた答えじゃなくて、自分だけの『真実』を……ずっと求め続けて」
「なんで、そんなこと言うんだよ」
ユナは少しだけ笑った。
その笑顔には、どこか寂しさが混じっていた。
「……それが、私のたったひとつの望みなの」
そしてユナは、もう一度カイに抱きついた。
逃がさないように腕へ力を込める。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
カイが何か言おうとした、その瞬間。
ユナは背伸びをした。
そして――
カイの唇に、そっとキスをした。
ほんの短い触れ合いだった。
けれど、二人には十分だった。
「カイ……」
名前を呼ぶユナ。
カイは完全に固まっていた。
「…………」
「カイ?」
「……」
「ねえ?」
カイはまだ動かない。
その背後で、ピコが二人を見つめていた。
「ほんと、恋についてはポンコツな人ですね」
ピコは小さく首を振る。
「でも……それがユナらしいです」
そのときだった。
ジジ……。
ピコの視界に、小さなノイズが走った。
「……?」
ユナの輪郭が、一瞬だけ揺らいだ。
まるで映像信号が乱れたように、身体の周囲へ細かなノイズが走る。
ピコの瞳が強く発光した。
「……データ異常、検知」
ピコは即座に周囲のスキャンを開始する。
空間データ。
生命反応。
量子通信。
そして――。
「……?」
解析画面に表示された情報を見て、ピコの処理が止まった。
「ユナの存在情報が……?」
認証キー。
個体識別。
存在座標。
すべての数値が、不自然な揺らぎを見せている。
ピコはユナを見つめた。
「これは……」
解析画面に、新たな警告が表示される。
《存在同期エラー》
カイとユナは、まだ気づいていなかった。
二人の間に生まれたばかりの幸福の裏側で――
想像を絶する真実が、すでに動き始めていることを。
***
《第6話・終わり》
次回予告
雪の日のカフェ。
なぜか始まった雪合戦は、いつの間にか兵器まで飛び出す大騒ぎになっていた。
いや、これほんとにただの遊びだよな?
さらに、まともな一日になると思った矢先。
今度はアサリ地獄に巻き込まれる。
なんで俺がフルコース作ってんだよ……
そんな騒がしい日々の中で、何気なく始まったゲーム。
そこで俺は、初めて「勝った」。
盤面ではなく、相手を見る。
その意味を、ほんの少しだけ掴んだ気がした。
けれど――。
あの違和感。
そして、あの視線。
楽しいだけでは終わらない。
何かが、動き始めている。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース~最後の投擲~』
第7話「初めての勝利!」
世界のどこかで、誰かが最初の一手を打っている。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




