第6話①「リアライズ」
アストラタワー、50階。
AI異常の現場へ向かったカイ、ユナ、ピコの三人は、《空中庭園》へと到達していた。
人の気配はない。
風だけが植え込みの葉を揺らしている。
そのとき――
庭園の奥にある自動ドアが、誰も触れていないのにゆっくりと開いた。
まるで、三人を待っていたかのように。
ピコがカイを見る。
「どう、しますか?」
カイは開いたドアを見つめた。
「……罠かもしれない」
そして、拳を握る。
「だが、入らないことにはAI異常の原因にも辿り着けない」
するとユナがドアを覗き込んだ。
「ねえ。誰もいないよ」
そして――
すたすたと中へ入っていく。
「て言うか、もう入ってるし!」
「……あいつは」
カイは額を押さえた。
結局、カイとピコも後を追うことになった。
ドアの向こうには、長い通路が続いていた。
白い壁。
点灯した照明。
それなのに、人の姿はどこにもない。
ピコが周囲をスキャンする。
「……不気味なほど、静かですね」
「うん」
ユナが周囲を見回す。
「もっとこう、爆発とか、悲鳴とか、限定グッズの売り切れとか、大変なことが起きてるかと思ってた」
「最後の、ちょっと違いません?」
「えーっ。だってショックじゃん。限定グッズの売り切れ」
「……」
カイは通路の奥を睨む。
「とにかく、油断するな」
低い声だった。
「こういうときほど――何かある」
三人が歩き出した、そのとき。
――パッ。
照明が消えた。
――パッ。
点いた。
――パッ。
――パッ。
一定のリズムで、照明が明滅を始める。
ユナが天井を見上げた。
「……LEDの故障じゃないね」
ピコもセンサーを向ける。
「ええ。規則的すぎます。これは“偶発”ではなく、“判断”です」
「でもさ」
ユナは腕を組んだ。
「こんなにオンオフしてたら、電気代かかりそうだね」
「それは蛍光灯の場合だけです」
「え、そうなの?」
「蛍光灯は点灯時に大きな電力を消費します。そのため頻繁なオンオフで電気代が増える可能性がありますが、LEDや白熱電球では基本的に変わりません」
「へぇ~。知らなかった」
カイが呆れた顔をする。
「いま、その知識必要か?」
「こういうときこそ雑談だよ。緊張しすぎると判断鈍るし」
「……」
カイは何も言わず、先へ進んだ。
パッ。
パッ。
パッ。
明滅する光の向こうで、庭園の影が伸び縮みしている。
まるで、何かが動いているようだった。
そして次の瞬間――
ガクン!
足元が揺れた。
「……なんだ?」
カイが身構える。
ウィィィィィン!
動く歩道が突然、猛烈な勢いで逆方向へ走り始めた。
「うおっ!?」
カイとユナは慌てて走り出す。
「くそっ! これじゃ先に進めねえ!」
全力で走っているのに、景色がほとんど変わらない。
ユナはなぜか楽しそうだった。
「あはは! 無料のルームランナーだね! いい運動になりそう!」
「楽しんでる場合か!」
「ピコはドローンモードなので問題なしです」
「おまえもか!」
さらに空調まで狂い始めた。
猛烈な熱気が通路を満たす。
「暑っ……!」
ユナは汗を拭った。
「こりゃ汗もかくから、ダイエット効果、抜群だね」
「そういう問題じゃねえ!」
カイは腕時計型ガジェットを起動した。
カシュッ!
ワイヤーが天井へ射出される。
アンカーが金属音を響かせて固定された。
カイはユナの腰を引き寄せる。
「きゃっ!」
「ユナ、地面を蹴れ! 飛ぶぞ!」
二人が同時に床を蹴る。
ワイヤーが高速で巻き取られ、身体が宙へ引き上げられた。
「ピコ、押してくれ!」
「了解!」
ピコがジェットドローンモードへ変形する。
背面スラスターが唸り、二人の背中を強烈に押した。
「よし!」
カイはワイヤーを切り離し、そのまま前方へ跳躍する。
ドンッ!
動く歩道の終端へ着地。
ユナも隣へ降り立った。
「カイ、やるじゃん! さすが、私が惚れ――わわっ!」
慌てて口を押さえる。
カイが振り向いた。
「……“さすが”、なんだって?」
「いやいやいや! なんでもない!」
ピコが半眼になる。
(もう、素直に好きだって言えばいいのに……)
カイは背後を振り返った。
猛烈な速度で逆走する動く歩道。
「……なあ」
「ん?」
「この建物……まるで、生きてるみたいじゃないか」
ユナは通路の奥を見る。
「うん。しかも――私たちを、試してる感じ」
その表情から、いつもの軽さが消えていた。
***
ようやく制御区画へ到着すると、疲れ切った男が待っていた。
「あんたが、ここの責任者か?」
「……カイ・セイランか」
男は大きく息を吐いた。
「エージェントのマイクから聞いてる。ここの担当……ブルース・マクレーンだ」
カイは男を見た。
シャツはよれ、ネクタイは曲がり、髪は乱れている。
目の下には、深いクマ。
どう見ても、限界だった。
「……大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか?」
即答だった。
「いや……」
「だろ?」
ブルースは遠い目をした。
「三日前から寝てない。昨日はAIに会議をキャンセルされて、今日はAIに会議そのものを乗っ取られた」
「それは……大変だったな」
「まだ序の口だ」
「え?」
ブルースは制御区画の奥を指差した。
「この先に、もっと大変なのがいる」
ユナが目を輝かせる。
「なにそれ、面白そう!」
「面白くない」
ブルースは即座に否定した。
「絶対に面白くない。俺はもう帰りたい」
ブルースは三人を見る。
「とにかく……来てくれて助かった。ここまで来るのも大変だったろう」
「えー? 空、飛べたり、ルームランナーしたり、楽しかったよ?」
ユナが笑う。
「楽しくねえ!」
「冗談を言える余裕があるのは頼もしいな」
ブルースが苦笑した。
「AIネットワークが連鎖的に自己学習している。停止信号が……届かない」
ユナの表情が変わる。
「……もう、外から止める段階じゃないね」
カイも頷いた。
「仮想層に潜るしかない」
「任せろ。ダイブなら慣れてる」
「ダイブマシンは?」
「その奥だ」
一同はアクセスルームへ駆け込んだ。
そこには、無数の光ケーブルに囲まれた巨大な装置があった。
青白い光が、心臓の鼓動のように明滅している。
「よし、行くぞ」
「うん!」
「了解です!」
三人は接続カプセルへ乗り込む。
次の瞬間――
視界が白く弾けた。
***
仮想空間。
そこには、無数のモニターが浮かんでいた。
偽のニュース。
存在しない人物の演説。
書き換えられた歴史。
ピコが息を呑む。
「これは……AIが生成した“嘘の世界”です。現実との区別がつきません!」
「これを全部修正するのか?」
ユナは首を横に振った。
「違う……」
彼女は空間の奥を見る。
「この先にいる」
「何が?」
「フェイクを生み出してる“大元”」
カイが眉をひそめる。
「そいつを叩けば、AI異常は止まるのか?」
「たぶんね」
そのとき――
ザッ。
重い足音が響いた。
振り返る。
中世の甲冑をまとった兵士が立っていた。
しかし、その顔には目も鼻も口もない。
ただ、白い空白だけがある。
「……こいつら、データか?」
兵士が槍を構えた。
そして一直線にユナへ突進する。
「ユナ!」
鋭い槍が迫る。
だが――
ユナは動かなかった。
むしろ、楽しそうに笑った。
「へぇ……バトル?」
一歩、前へ出る。
「ちょっと面白いじゃない」
左手の指輪が、淡い光を放つ。
「リアライズ――」
光が一気に弾ける。
「パラレル・アーカイブ――」
ユナの瞳が輝く。
「クサナギ・カムフローラ!」
次の瞬間。
無数の花びらが仮想空間を舞った。
ガシィィィン!
兵士の槍が、何かに弾き返される。
ユナの手には――
光に包まれた伝説の剣が握られていた。
クサナギ。
ユナは剣を軽く振る。
花吹雪が舞い散る。
そして――
「本気で来ないと……」
にやり。
「ケガするわよ?」
仮想空間に、戦いの幕が上がった。




