第35話⑤「ラスト・シューティング」
最終局面。
盤面の中央――
ユカとAの駒が、同じマスで止まっていた。
ゴールまで、あと6マス。
次の一投で6が出れば、その瞬間に決着する。
誰もが盤面を見つめていた。
「……次は、ユカの番」
リサがつぶやく。
「ここで6を出せば……勝てる」
アランの言葉に、ジロウがユカを見る。
「でも、見てただろ? ユカは今、完全に“ゾーン”に入ってる」
「ゾーン?」
トモが首を傾げる。
「ずっといい目が続いてるってことだ。この流れなら、次も6が出るかもしれない」
「じゃあ……」
「ユカの勝ちだ」
「よっしゃ!」
トモが拳を握る。
しかし、サクラだけは険しい表情のままだった。
「……でも」
全員が振り返る。
「Aが、このまま黙っているとは思えない」
その瞬間。
Aがゆっくりと立ち上がった。
天井へ向かって右手を掲げる。
「……四力接続、解除」
ドゥゥゥゥン……!
空間全体が低く唸った。
盤面を覆っていた四つの光が、次々と消えていく。
そして――ユカの左手。
リンク・リングの光も消えた。
「……え?」
「ユカの共鳴波――消えました!」
ピコが解析画面を見る。
「なに……?」
カイの表情が変わる。
セラも立ち上がった。
「A……!」
「その少女と四力との接続を解除した」
Aの口元に薄い笑みが浮かぶ。
「ホットハンドなどという現象を、我は信じていない」
盤面へ一歩近づく。
「だが、訳の分からない現象を、これ以上放置しておく理由もない」
「そんなぁ……」
ユカの肩がしゅんと落ちる。
「ユカ……」
ピコが心配そうに見る。
カイはそんなユカへ顔を向けた。
「ユカ、気にするな。最初に戻っただけだ」
「でも……」
「それに――」
カイはサイコロを手に取った。
「俺が次に6を出せばいいだけの話だろ?」
「……カイ」
「な?」
カイが笑う。
Aが鼻で笑った。
「強がりを言いおって」
「……そう見えるか?」
「当然だ」
「そっか」
カイはサイコロを握り直した。
「じゃあ――強がりついでに、勝たせてもらうさ」
全員の視線が、カイの手元へ集まる。
リサも。
サクラも。
アランも。
ジロウも。
トモも。
セラも、ピコも。
そして――ユカも。
カイはサイコロを見つめる。
(……この一投で、人類の未来が決まる)
指先に力が入る。
左手の指輪が淡く光った。
(まさに……事実上の“最後の投擲”だな)
心臓が大きく鳴る。
サイコロを握る手には、わずかに汗がにじんでいた。
(やっべ……緊張してきた)
思わず苦笑する。
(自分じゃ結構ふてぶてしいほうだと思ってたんだけどな)
息を吸う。
(意外と……俺もちゃんと緊張するんだな)
カイはサイコロを掲げ、腕を引いた。
そのとき――
キィィィィン……。
高く澄んだ音が響いた。
「……?」
カイの動きが止まる。
空間がわずかに揺らぎ――声が聞こえた。
(なかなか大変そうだね)
カイの瞳が見開かれる。
(手伝ってやろうか? カイ・セイラン)
「……!」
聞き覚えのある声だった。
(……その声、Dか?)
敵としてカイの前に立ち。
戦いの中で人間を知り。
最後には、カイたちを守るために消えていった存在。
(正確には、システムの深層に残ったDのデータ残滓だ)
(残滓、か……)
カイは小さく笑う。
(で? 手伝うって、何をする気だ?)
(今の僕でも、ほんの一瞬ならDiceにかかっている確率拘束を解除できる)
「……!」
(つまり――君のお得意の“イカサマ”で、サイコロの目を操れるってわけ♪)
楽しそうな声だった。
(“お得意の”とか言うなよ)
(よく言うよ。僕との勝負で散々使ったくせに)
かつてのDとの戦いが脳裏をよぎる。
(……まあ、否定はしないけどな)
(あはは。やっぱりそうじゃん)
昔と変わらない笑い声。
(さあ、どうする?)
カイはサイコロを見る。
必要なのは――6。
たったそれだけ。
Dの力を借りれば、確実に出せる。
(ちょっと……持ち帰って検討させてくれ)
(何だか役所の人みたいなこと言うんだね)
(うるせえ)
カイの口元が緩んだ。
さっきまで張りつめていた緊張が、少しだけほどける。
だが、すぐにサイコロへ目を戻した。
(……6を出せる)
確実に勝てる。
この一投で、人類の未来を決められる。
(どうする、カイ・セイラン?)
そのとき。
一人の女性の笑顔が、脳裏に浮かんだ。
ユナ。
初めて会った日。
一緒に遊んだバックギャモン。
そして、あの言葉。
《数値を操るなんて、AIと同じだよ》
《遊びだからこそ、嘘はついちゃダメなんだ》
「……ああ」
カイは息を吐いた。
そして、笑う。
「……そうだな、ユナ」
サイコロを握り直す。
(わりぃ、D。やっぱ俺――イカサマしないわ)
(……へえ。珍しいね)
少し意外そうな声。
(何がだよ)
(どうしちゃったの?)
カイは照れくさそうに笑った。
(惚れた女との約束なんだ)
Dはしばらく答えなかった。
やがて――
(……あはは。せっかく確実に勝てるのに、それを捨てるなんて)
Dの声が、少しだけ柔らかくなる。
(まったく人間は――)
そこで言い直す。
(……いや。君は、不合理で――本当におもしろいな)
「……」
Dの声が、少しずつ遠ざかっていく。
(最後に話せて、楽しかったよ)
(ああ。俺もだ)
(……ユカちゃんに、よろしく)
(そういうのは、自分で言え)
(……あはは)
笑い声が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
カイはゆっくり目を開ける。
目の前には盤面。
その向こうにはA。
そして――ユカ。
カイはサイコロを握り直した。
「俺は――」
大きく息を吸う。
「すべてを、運に委ねる」
そして――
振った。
サイコロが盤面を跳ねる。
カランッ――!
転がる。
誰も声を出さない。
そして――止まった。
全員の視線が、出目へ集まる。
5。
「……!」
リサが息を呑む。
「……5……」
トモの声が震える。
ジロウがゴールを見る。
「あと……1……」
ユカは、ただサイコロを見つめていた。
カイも何も言わない。
あと一歩。
ゴールには――
届かなかった。
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