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第35話④「最高に楽しく」

ゲームは進んでいく。


先頭を走るのはAだった。


迷いがない。


膨大な局面を瞬時に計算し、もっとも有利な手だけを積み重ねていく。


まるで未来が、最初から決まっているかのようだった。


「速い……!」


トモが目を丸くする。


ジロウも盤面に食い入る。


「考えてねぇ……いや、もう考え終わってんのか」


セラは盤面を見つめ、わずかに目を細めた。


「なるほど……あなたは“期待値”だけで盤面を見ているのね」


自分の駒を動かす。


Aの眉がわずかに動いた。


セラは微笑む。


「その手は、しばらくの間は一番いい。でも、その先で人間が何をするかまでは読めていない」


「何を言っているのかわからんな」


Aのターン。


カイが振ったサイコロが転がる。


カラン――。


4。


Aの駒が進む。


その前方に、三つのルートが現れた。


ひとつは最短。

ただし、危険なマスが連続している。


もうひとつは中距離。


最後は大きく遠回りする代わりに、ほとんど危険のない道。


Aは即座に判断した。


「……最適解は明白だ」


駒が動く。


現在位置。

ゴールまでの距離。

それぞれの道を進んだ場合の成功率。

失敗した場合の損失。

得られるポイント。


すべてを瞬時に計算し、Aはもっとも期待値の高い道だけを選び続ける。


「……すごい」


サクラがつぶやく。


Aの駒はさらに進む。


「独走だな」


アランの視線の先に、順位が表示された。


1位 A

2位 ユカ

3位 セラ


「当然の結果だ」


Aは椅子の背にもたれ、足を組んだ。


「危険すぎる選択を避け、もっとも得になる道を選び続ける。それだけのことだ」


そして勝ち誇るように告げる。


「これが――確定による真実。誰にも覆すことはできない」


「……確かに」


リサが盤面を見る。


「これじゃ追いつけないよ……」


トモも不安そうに言った。


「勝利とは、もっとも合理的な選択を積み重ねた者に与えられるものだ」


Aの駒が、また一つ進む。


しかし――


ユカのターン。


カイがサイコロを振った。


カラン――。


6。


「えっ、また6!?」


次は――5。


さらに――6。


「ええっ!?」


ピコが解析結果を表示する。


「高い数字が続いています!」


カイは両手を上げた。


「おいおい……俺、何もしてないぞ」


ユカの駒が、一気にAとの差を詰めていく。


Aの表情が変わった。


カイにもセラにも、不正な操作をした形跡はない。


ならば――


Aがユカをにらむ。


この少女が、何かを起こしているのか。


さらにサイコロが止まる。


6。


「やった! また6!」


ユカの駒が、Aのすぐ後ろまで迫った。


「……これは」


セラが身を乗り出す。


ピコが数値を確認する。


「普通なら、こんなに続くことはかなり珍しいです」


「……まさか、ホットハンド?」


「それ、スポーツの話じゃないんですか?」


カイが尋ねる。


「ええ。でも現象としては近いわ。一度うまくいくと、そのあともうまくいく状態が続くの」


ユカが振り返る。


「調子がいいってこと?」


「そう。そんな感じよ」


「いや、偶然だ!」


Aが即座に否定した。


「回数が少ない以上、この程度の偏りは十分に起こり得る」


「……普通ならね」


そして、ユカのターン。


目の前に二つの道が現れた。


最短ルート。


そして、遠回りルート。


最短ルートには大きなボーナスがある。

ただし、失敗すれば大きく後退する。


Aがユカを見る。


「おい、貴様」


「なに?」


「最短ルートを選べ。それがもっとも得だ」


ユカは二つの道を見比べた。


「むずかしいことはわかんないけど……ユカ、こっち」


選んだのは――遠回り。


「……なんだと?」


カイも驚く。


「そこ行くかぁ?」


「うん」


Aが問い詰める。


「なぜだ?」


ユカは少し考えてから、笑った。


「だって、こっちのほうがみんなで遊べるじゃん」


「……遊べる?」


「ユカが近道したら、すぐ終わっちゃうかもしれないでしょ?」


盤面を指さす。


「こっちなら、セラ博士もまだ追いつけるよ!」


「……まあ!」


セラが目を丸くする。


Aには理解できない。


「勝つためのゲームで、自分から不利な道を選ぶ理由がない」


「でも、このゲーム、みんなでやってるんだよ?」


Aが言葉を失う。


「ユカね、最後までみんなで楽しくやりたいの」


「……楽しさを優先するというのか?」


「うん!」


ユカは屈託なく笑った。


「だって、せっかくのゲームだもん。一人だけどんどん先に行くより、最後まで誰が勝つかわかんないほうが楽しいじゃん!」


そのとき――


盤面の周囲に浮かぶ四つの光が揺れた。


AI。


Brain。


Chest。


Dice。


カイが目を細める。


「……ん?」


ユカのリンク・リングが淡く輝き始める。


「これは……Dを怪物から戻したときの……!」


「え?」


「ユカ。おまえから共鳴の波動が出てる」


セラがすぐに解析画面を開いた。


大量の数値が走る。


「あり得ない……四力均衡場が変化している?」


ピコも声を上げる。


「重力、変動! 電磁気力も変動! 強い力、弱い力も変化しています!」


四つの波形が別々に揺れる。


そして――


重なった。


セラの目が見開かれる。


「四つの力が……共鳴している」


「ユカの共鳴と、全部同じ動きになっています!」


「……馬鹿な」


Aが初めて盤面から目を離した。


「四力均衡場は、人間の感情で変わるようには設計されていない」


「そう。あなたの言う通りよ」


セラはユカを見る。


「ただの感情ならね」


「……?」


ユカが首を傾げる。


セラはその目線までしゃがんだ。


「ユカは、自分だけ勝ちたいんじゃないのよね?」


「うん。みんなで楽しくしたい!」


「それよ」


セラが立ち上がる。


「自分だけが勝つためじゃない。みんなが楽しめるように、自分の行動まで変えている」


柔らかな共鳴波がユカから広がっていく。


「普通なら、みんな自分が勝とうとする」


ピコも説明を続けた。


「Aは一番得する方法を選ぶ。セラ博士はよく考えて勝とうとする。Diceは運も使います」


カイが腕を組む。


「つまり、基本的には全員、自分が勝つために動く」


「そう。でも――」


セラはユカの駒を見る。


「ユカだけは違う」


Aが吐き捨てる。


「……非合理的だ」


「えっ、そうなの?」


「自分から勝つ可能性を下げている」


「違うよ」


ユカは笑った。


「ユカ、ゲームに勝つだけじゃなくて――」


盤面いっぱいを指さす。


「このゲームを、最高に楽しくしたいの!」


その瞬間――


ドンッ!!


盤面全体が輝いた。


四つの光がユカを中心に大きく波打つ。


「共鳴、強くなっています!」


「……そういうことね」


セラの目が輝く。


「ユカの行動が四つの力を動かしている」


「どういうことです?」


カイが尋ねる。


「今までは、サイコロを振れば結果が出るだけだった。でも今は、その結果を生む仕組みそのものが変わり始めている」


ピコが続ける。


「ユカが何かをする。四つの力がそれに反応する。その変化で盤面が変わる。そして変わった盤面を見て、またユカが行動する」


セラがうなずく。


「それが繰り返されて、次に何が起こりやすいかまで変わっているの」


画面に文字が浮かぶ。


PROBABILITY STATE : ALTERED


RESONANCE : ACTIVE


「つまり……」


カイがユカを見る。


「ユカが“みんなで楽しく”って動くほど、いい流れが続きやすくなってる?」


「ええ」


セラが答えた。


「それが今起きているホットハンドよ」


Aが盤面を見る。


「……そんなことが」


ユカの駒は、滑らかに前へ進み続ける。


「確率とは、起きる出来事の分布のはずだ。それ自体が変化するなど――」


「ユカは、出たサイコロの目を変えているんじゃない」


セラが告げる。


「サイコロの目が決まる“場所そのもの”を変えているのよ」


Aの目が見開かれる。


カイが笑った。


「なるほどな」


そしてAを見る。


「おまえが期待値を計算して、盤面の中で一番いい手を探すなら――」


ユカへ視線を向ける。


「ユカは、その盤面そのものを変えちまうってわけだ」


「なん……だと……」


「えへへ」


ユカは照れくさそうに笑った。


Aは眉を寄せる。


「……理解できない」


「じゃあ、一緒に遊べばいいじゃん」


「……?」


ユカは当たり前のように言った。


「そのうちわかるよ!」


Aはユカを見つめる。


その表情に、これまでとは違うものが浮かんだ。


――知りたい。


カイはそれを見逃さなかった。


Aが信じていた“確定による人間理解”。


その絶対性が、少しずつ揺らぎ始めている。


カイの口元が上がる。


「少しは効いてきたみたいだな」


盤面では、ユカの駒がまた進む。


カラン――。


サイコロが転がる。


出た目は――


6。


Aが目を見開く。


「……また、6」


「やったー!」


四つの光が再び重なる。


真実審査システムの中央に表示された数値が動いた。


TRUTH CONVERGENCE


99.73% → 99.81%


「……なんだと?」


「ほら!」


ユカは満面の笑みを浮かべた。


「もっと楽しくなってきた!」


Aは初めて理解する。


この少女は、ただ勝とうとしているのではない。


みんなで楽しむために――


ゲームそのものを変えている。


それこそが、


Aにはもっとも理解できない、


ユカという人間の「力」だった。



※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


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