第35話③「ズルはダメだぜ」
ユカの手が震えていた。
「カイ……こわいよ……」
カイはそんなユカへ優しく笑いかける。
「大丈夫。《Analog Mind Café》で遊んでたゲームをやるだけさ」
肩に手を置かれ、ユカは視線を落とした。
「そっか……」
それから胸に手を当て、大きく息を吸う。
「……わかった!」
顔を上げた、そのときだった。
Aが右手を掲げる。
――カッ!
一本の光が空間を駆け抜け、無数の光点へ分裂した。
それらが結びつき、巨大なホログラムの盤面を形成していく。
現れたのは――双六。
「えっ、双六?」
ユカが目を丸くする。
「……ずいぶんオーソドックスなゲームを選んできたな」
「ええ。だからこそ奥深いのよ」
セラが盤面を見つめる。
マス目はいくつものルートへ枝分かれしていた。
最短距離でゴールへ向かう道。
大きく遠回りする道。
途中から一気にショートカットできる道。
「ルートがいっぱい分かれてる……」
ピコが即座に解析を開始する。
盤面の上に数字やグラフが展開された。
「近道ルートには『1マス戻る』『振り出しに戻る』など、高リスクのイベントが多く設定されています。一方、遠回りのルートは進行速度こそ遅いものの、リスクは比較的低いようです」
「じゃあ、早くゴールしたいなら近道。安全に行くなら遠回り……」
「そう。そして――」
セラが指を動かすと、盤面上の分岐が一斉に光った。
「どの道を選ぶか。その選択そのものが真実審査のデータになる」
「……!」
ただゴールを目指せばいいわけではない。
どの道を選ぶのか。
なぜ、その道を選ぶのか。
そのすべてが審査される。
議長AIの声が響いた。
「これより、真実審査を開始する。審査議案を提示する」
盤面の中央に文字が浮かぶ。
『真実は、システムの外にあるのか。
それとも、人間の中にあるのか』
続いて四つの席に光が灯った。
AI。
Brain。
Chest。
Dice。
AIにはA。
Brainにはセラ。
Chestにはユカ。
そしてDiceにはカイ。
カイは用意されたサイコロを見つめた。
「……俺が確率を預かる」
それを聞いたリサが拳を握る。
「ユカ……セラ博士……頼んだよ」
サクラが首を傾げた。
「でも……どうしてカイがDiceを担当するの?」
アランは盤面を見つめたまま答える。
「あいつのことだ。何か考えがあるはずだ」
「……そうね」
議長AIが告げる。
「それでは順番を決定する」
AI、Brain、Chestの文字が高速で入れ替わり――止まった。
①Chest
②AI
③Brain
「ユカ、A、セラ博士の順か!」
ジロウが声を上げる。
「ユカ、がんばって!」
トモも身を乗り出した。
カイはサイコロを手に取る。
その感触とともに、真実審査直前の作戦会議が脳裏に蘇った。
***
ホログラムスクリーンを囲み、カイ、セラ、ユカ、ピコが向かい合っていた。
「じゃあ、セラ博士がB、ユカがC、俺がDを担当する」
「えっ……」
ユカの顔に不安が浮かぶ。
「ユカ、どうしました?」
「だって……BとCって、本番でゲームをやる大事な役でしょ? だったら私じゃなくて、カイのほうが……」
「いいえ」
セラが首を振る。
「ユカ。Dはカイじゃなきゃ駄目なの」
「……なんで?」
セラが微笑む。
「なんでだと思う?」
「あっ!」
ユカが口を押さえた。
「“なんで?”って聞いちゃった!」
「ふふっ。つい、いつもの癖で問い返しちゃったわ」
「もーっ!」
ユカは頬を膨らませ、それでもスクリーンへ目を戻した。
「えーっと……カイがDをやると、何かいいことがある?」
「正解」
「やった!」
セラがホログラムを操作する。
Aを中心にシステム構造が展開された。
「Aはシン統治システムのすべてを掌握している。つまり、サイコロの目に介入してくる可能性が高いの」
「それ、めちゃくちゃヤバいじゃん!」
「だから、それを阻止する役が必要になる」
セラがカイを見る。
「……それが俺だ」
カイは指先でサイコロを弾いた。
「ユカ。俺はAが邪魔するのを止める。おまえはセラ博士と一緒にゲームに集中しろ」
そう言ってウインクする。
「……うん、わかった!」
ユカが大きくうなずいた。
そこでピコが割り込んでくる。
「ちなみに、カイがDを担当するのであれば、こちら側でサイコロを操作し、有利な目を出すことも可能では?」
「イカサマか……」
「それなら、あっさり勝っちゃうかも!」
「その選択肢もあるが――」
「それは期待しないほうがいいわ」
セラがホログラムを切り替えた。
サイコロの周囲を、複雑な力場が包み込む。
「Diceには確率拘束が作用している。サイコロが投げられた瞬間、複数方向から異なる強度の力場が発生し、しかも審査の進行に応じて変動する」
映像の中で、サイコロが複雑な軌道を描く。
ユカが理解したように声を上げた。
「だからサイコロで出したい目を出すのは、無理なんだ」
「つまり、ズルはできないと」
ピコが答える。
「そういうこと」
「残念です」
カイが横目で見る。
「おまえ、意外と腹黒いな?」
「訂正します。ズルではなく、“あらゆる布石を打つ”です」
「ものは言いようだな」
セラが苦笑した。
「Dに求められているのは、有利な結果を出すことじゃない。不確実性そのものを、公平な状態で審査の中に存在させることよ」
カイがサイコロを見る。
「つまり、俺が目を操作する必要はない」
「そう。Aが操作しようとすることを阻止すればいい」
「……わかりました。でも、博士がそこまで警戒するってことは――」
カイがセラを見る。
「Aは、その確率拘束そのものにも介入できるんですね?」
セラの表情が引き締まった。
「ええ。彼はシステムのすべてを掌握している。確率拘束を生み出す力場さえ操れる。それが、Aが自らを神と呼ぶ理由のひとつよ」
「そんな相手に……本当に勝てるのでしょうか」
ピコの言葉に、ユカが振り返った。
「ダメだよ、ピコ! 戦う前からそんなこと言っちゃ!」
「ええーっ!?」
ユカは拳を握る。
「たかがボードゲームでしょ? 神様だろうが何だろうが――絶対、勝つよ!」
「なんですか、その根拠のない自信は!?」
カイが吹き出した。
「いいぞ、ユカ。その意気だ」
セラも笑う。
「ふふっ。頼もしいわね」
「当たり前でしょ!」
ユカは胸を張った。
***
カイの意識が現在へ戻る。
手の中でサイコロを転がしながら、盤面の向こうに立つAを見据えた。
「……さて」
神を名乗る存在が、こちらを見ている。
「神様相手のサイコロ遊びか」
カイの口元が上がった。
「考えようによっちゃ、これ以上ないくらい面白いシチュエーションだな」
サイコロを放つ。
コロッ――。
盤面へ落ちたサイコロが転がる。
だが、その軌道は普通ではない。
左右へ大きく揺れ、止まりかけた直後に再び回転する。
周囲に展開された《四力均衡場》。
重力。
電磁気力。
強い相互作用。
弱い相互作用。
複雑に変化する力場が、サイコロの運動へ干渉している。
「確率拘束フィールド、変動しています!」
「すごく変な動き……」
「これがDiceに与えられた確率拘束よ」
セラが答えた直後――
Aが右手を掲げた。
「ふんっ……」
空間が歪む。
ブゥゥゥン――。
黒い波動が生まれ、サイコロへ伸びていく。
「……!」
「やはり!」
セラが声を上げた。
「サイコロへ直接介入するつもりね!」
Aが笑う。
「システムは――すべて我が手の中だ」
黒い波動がサイコロへ迫る。
だが――
パァァァンッ!!
サイコロの直前で、黒い波動が弾け飛んだ。
「……なに?」
Aの表情が変わる。
カイの左手。
その指輪が淡い光を放っていた。
サイコロの周囲には、幾重もの透明な壁が展開されている。
「……リアライズ」
指輪の輝きが増す。
「――《ミラー・ウォール》」
防壁がサイコロを包み込む。
Aの波動が触れるたびに弾き返され、霧散していく。
カイはAを真っ直ぐ見据えた。
「神様と言えども――」
にやりと笑う。
「ズルは、ダメだぜ」
「カイ、やった!」
「さすがです!」
「……ちぃっ!」
Aが右手を下ろした。
だが、サイコロはまだ転がっている。
コロ、コロ――。
やがて速度を落とし、
カラン。
止まった。
上面に現れた数字は――
「――6!」
ユカの表情が一気に輝く。
「よしっ! たくさん進める!」
Chestの駒が六マス進んでいく。
カイも口元を上げた。
「……悪くない」
「ええ。Aの介入も阻止できた。幸先のいいスタートね」
Aは答えない。
ただカイを見つめている。
その赤い瞳に浮かぶのは、苛立ち。
そして――興味。
盤面の上で、駒が動き始めた。
AI。
Brain。
Chest。
Dice。
真実をめぐるゲームが、始まった。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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