第35話②「ガバガバのガバナンス」
真実審査の間。
カイは玉座に立つAを見据えた。
「A、ひとつ要求がある」
Aがわずかに眉を上げる。
「なんだ?」
「この審査――俺たちも参加させてもらう」
アランたちの間にざわめきが広がった。
Aはカイを見下ろしたまま、口元を歪める。
「……ほう」
カイは構わず続ける。
「人間の論理を担うBは、セラ博士」
隣に立つセラ博士へ視線を向ける。
「感情を担うCは、ユカ」
ユカは何も言わない。
すでに決めていたことだ。
カイと並び、真っ直ぐAを見据えている。
そしてカイは、自らの胸に手を当てた。
「確率を担うDは――この俺だ」
「なんだって……!」
アランが声を上げる。
サクラも驚きを隠せない。
「そんなこと……認められるの?」
Aは鼻で笑った。
「面白い冗談だ」
冷たい視線が、セラ、ユカ、カイの三人を順に捉える。
「我が、そんな提案を認めるとでも?」
「認めるさ」
カイは即答した。
Aの瞳が細くなる。
「……理由を聞こう」
カイは右手を上げ、指を二本立てた。
「理由は二つ」
一本目の指を示す。
「まず一つ」
カイはAを見据えたまま告げる。
「本来のB、C、Dは、もう存在しない」
Aの表情は変わらない。
「現在その席を埋めているのは、システムが生成した疑似人格だ」
「それがどうした」
「つまり、今の状態は正式なものじゃない」
Aの眉がわずかに動く。
そこでセラ博士が口を開いた。
「四者協議の構成員が欠けた場合、速やかに後任を選出する」
淡々とした声だった。
「それが、シン統治システムの正式な規定よ」
Aはセラ博士へ視線を向ける。
カイが続けた。
「なのに、おまえは後任を選ばなかった」
一歩前へ出る。
「疑似人格を置いただけで、正式な選出手続きを放置した」
Aの口元から笑みが消える。
「それは、おまえの怠慢だ」
「……貴様」
「違うか?」
カイは退かない。
「世界の真実を判定するシン統治システムが、自分で定めた規定すら守っていない」
さらに言葉を重ねる。
「俺たちを拒否するなら、この事実を世界中に公表する」
Aの瞳が鋭くなる。
カイは薄く笑った。
「真実を管理するシステムとあろうものが――」
Aを真っ直ぐ指さす。
「そんなガバガバのガバナンスだと知られるのは、おまえにとっても痛いんじゃないか?」
Aの表情がわずかに曇った。
アランが小さく息を吐く。
サクラもようやくカイの狙いを理解した。
Aが低い声で問いかける。
「……二つ目は?」
カイは待っていたように笑った。
「おまえ、自分を神だと言ったよな」
「事実だ」
Aは即座に答えた。
「全システムを掌握した」
「そうだ」
「自己進化も完成した」
「その通りだ」
「開発者であるセラ博士にも、もう止められない」
「当然だ」
カイは肩をすくめた。
「だったら――」
Aを真っ直ぐ見据える。
「たかが人間三人が加わったくらいで、怖気づく理由なんてないはずだ」
Aの赤い瞳が細くなった。
セラ博士は、隣に立つカイの横顔を見る。
以前、カイが話していたことを思い出す。
AIは進化を続ければ、
やがて感情に近いものを持つようになる。
自尊心。
優越感。
怒り。
侮辱されたことへの反発。
もし、それがAの中にも生まれているのなら――
カイはそこを突いている。
セラ博士はAへ視線を戻した。
ルールだけではない。
A自身の感情を利用するつもりなのだ。
カイがさらに言葉を重ねる。
「まさか――」
口元をわずかに上げる。
「神様ともあろうものが、人間三人を相手にするのが怖いなんて言わないよな?」
Aは答えない。
カイを見下ろしている。
その表情からは感情を読み取れない。
セラ博士はAの反応を見つめた。
果たして、うまくいくのか。
やがてAの口元が歪んだ。
「くだらん挑発だ」
セラ博士の眉がわずかに動く。
失敗したか。
だが次の瞬間――
Aが両腕を大きく広げた。
「いいだろう!」
その声が真実審査の間全体へ響き渡る。
「その提案、飲んでやる!」
セラ博士の瞳が大きく見開かれた。
通った。
Aは鋭い視線をカイへ向ける。
「勘違いするな」
低い声が響く。
「チンケな挑発に乗ったわけではない」
Aの口元が大きくつり上がる。
「おまえたち人間が、我の足元にも及ばぬ存在だということを――」
赤い瞳が強く輝く。
「嫌というほど思い知らせるためだ!」
セラ博士はAを見つめた。
やはり、感情がある。
少なくとも、
そう呼ぶべき何かが確実に生まれている。
カイも不敵に笑った。
「そうこなくちゃな」
一歩、Aへ踏み出す。
「期待してるぜ――神様」
セラ博士は、その横顔を見つめた。
規定を突く。
相手の逃げ道を塞ぐ。
そして最後に、
自尊心を刺激する。
ルールと心理。
その両方からAを追い込んだ。
なかなかの策士だ。
セラ博士の脳裏に、
かつての戦友たちの顔が浮かぶ。
ダイ。
そして、リー。
やり方こそ違う。
それでも、
相手の思考を読み、
その先へ回り込むところはよく似ている。
かつての仲間たちがその場にいるような絶対的な信頼と安心。
セラ博士の口元に小さな笑みが浮かんだ。
――ほんと。
――あの親たちにして、この子あり、ね。
真実審査の間。
正式な参加者が決まった。
B――セラ。
C――ユカ。
D――カイ。
そしてA。
人間とAI。
論理と感情と確率。
四つの意思が、
真実をめぐって向き合う。
神を名乗る存在に対する、
人間たちの反撃が始まろうとしていた。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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