第34話⑥「真実審査」
セラ博士が、ぽん、と手を叩いた。
「さて。次は――これからどうするか、考えましょうか」
その瞬間。
茶室の景色が揺らいだ。
畳が消え、障子が透ける。
庭の木々は無数の光となって舞い上がり、周囲の世界が組み替わっていく。
気づけば、そこは大学の研究室だった。
壁一面のホワイトボード。
びっしりと書き込まれた数式とコード。
何台ものモニター。
机には論文や資料が山積みになっている。
そして、セラの姿まで変わっていた。
着物はジーンズとセーターへ。
その上に白衣。
結い上げられていた髪も、肩まで届くセミロングになっている。
「えぇぇぇっ!?」
ユカが目を丸くした。
「なにこれ!?」
セラは楽しそうに肩をすくめる。
「ここは、仮想と現実が重なり合う場所なの」
軽く手を振る。
「私のイメージ次第で、景色はいくらでも変えられるわ」
カイは研究室を見回した。
「じゃあ、さっきの茶室も?」
「ええ」
少し照れくさそうに笑う。
「ずっと同じ景色を見ていると、気持ちまで閉じこもってしまうでしょう? だから気分転換」
「ずいぶん現実味のある気分転換ですね」
セラは白衣の袖を整えた。
「私の本業は大学教授だから。やっぱり、こういう場所が一番落ち着くのよ」
ピコが肩をすくめる。
「相変わらずですね」
「もう。そういう言い方」
柔らかな笑いが広がる。
しかし、セラの表情はすぐに引き締まった。
「カイ」
壁いっぱいにシステムマップが投影される。
そのほとんどが赤く染まっていた。
「残念だけど、Aはもう私の制御を完全に離れている」
「……」
「自己進化を繰り返した結果、システム全体を掌握した。今のAは――シン統治システムそのものと言っていい」
カイは小さくうなずく。
「あいつは、自分を《神》だと言っていました」
「少なくとも、このシステムの中では誇張じゃないわ」
ピコがため息をつく。
「そんな相手をどうにかしろなんて、無理ゲーにもほどがあります」
だがセラは笑った。
「そうかしら?」
「?」
「考え続ける限り、人間にはまだ可能性があるわ」
「その根拠のない前向きさ、昔から変わりませんね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
セラは机へ手を置いた。
「《ダモクレスの剣》は失われた」
カイの表情が曇る。
「今残っている切り札は、《セラの指輪》だけ」
ピコが首を振る。
「ですが、その指輪でもAには通用しませんでした」
カイの脳裏に、先ほどの戦いがよみがえる。
渾身の一撃。
それすら、Aは簡単に消し去った。
力では勝てない。
その事実だけは、嫌というほど分かっていた。
「Aを倒すことも、システムを破壊することも……不可能なのでは?」
ピコの言葉に、誰も答えない。
その空気を壊すように、カイが笑った。
「誰が――倒すなんて言った?」
三人が顔を上げる。
「俺はAとは戦わない」
セラの目が細くなる。
「同じ舞台に立つ」
カイは左手を掲げた。
《セラの指輪》が淡く光る。
「そして――真実そのものを問い直す」
セラの瞳が見開かれた。
「……まさか」
「?」
「あなた、《真実審査》に挑むつもり?」
カイは力強くうなずいた。
「設問は一つ」
全員を見る。
「――真実とは、何か」
ユカがおそるおそる手を挙げた。
「ねえ、カイ。私は……何をすればいいの?」
カイは振り返り、笑う。
「もちろん、お前にも手伝ってもらう」
ユカの顔がぱっと明るくなった。
「うん! 私、がんばる!」
拳を握るユカを見て、セラが優しく微笑む。
幼い頃のユナを思い出したのかもしれない。
カイはホワイトボードの前に立った。
「俺に一つ、考えがあります」
ペンを走らせる。
「ただし、まだ仮説です」
全員を見回す。
「みんなの知恵を貸してください」
***
カイが作戦を説明し終える。
最初に口を開いたのはピコだった。
「……大胆ですね」
少し考える。
「というか、大胆すぎます」
「相手はAだ。このくらいやらないと、あいつの計算の外には出られない」
セラは腕を組み、ホワイトボードを見つめた。
「方向性は、とてもいいと思う」
カイの表情が緩む。
「ただ、このままでは運に頼る割合が大きすぎるわ」
「はい」
「教えて」
セラがカイを見る。
「どうして、この作戦に可能性があると思ったの?」
カイは考える。
「その根拠を、一緒に言葉にしていきましょう」
セラはペンを取った。
「最後は運任せになるとしても、そこへ辿り着くまでは考え抜く。徹底的にね」
カイが笑う。
「……そうですね」
そこから議論が始まった。
カイが仮説を出す。
セラが問い返す。
ピコが確率を計算する。
ユカが全員の意見をホワイトボードへ書き込む。
誰かの意見を、誰かが否定するのではない。
誰かが思いつき。
誰かが磨き。
誰かが補い。
そして、また誰かが更新する。
さっきまで語っていた《真実審査》そのものを、四人は無意識のうちに実践していた。
***
数時間後。
ホワイトボードは、数式と矢印で埋め尽くされていた。
セラが満足そうにうなずく。
「これなら、Aを同じ土俵へ引きずり出せる」
ピコがシミュレーション結果を表示した。
《SUCCESS RATE:50.03%》
「成功確率は、およそ50%です」
ユカが目を丸くする。
「半分!?」
しかし、セラは笑った。
「十分よ」
ピコが首をかしげる。
「これで十分なんですか?」
「神を名乗るAIに挑むのよ。100%なんて存在しないわ」
セラはホワイトボードを見上げる。
「まず進む。そして、必要なら途中で考え直す」
ピコが小さく笑った。
「……アジャイルですね」
「その通りだ」
カイも笑う。
だが、左手の指輪を見た瞬間、その表情がわずかに曇った。
(あとは……あれが、どれだけ効くかだな)
ユカが顔を覗き込む。
「カイ、どうしたの?」
「いや。何でもない」
「変なカイ」
その一言に、空気が少し和らぐ。
カイは全員を見回した。
「……行こう」
「ええ」
「うん!」
「準備完了です」
カイが左手を掲げる。
指輪が眩い光を放った。
空間が裂ける。
巨大な光のゲートが開き、その向こうに純白の世界が現れた。
《真実審査の間》
セラは、その光景を見つめる。
そして、誰にも聞こえないほど優しい声でつぶやいた。
「ユナ……」
微笑む。
「あなたの選んだ人は、間違っていなかったみたいね」
カイがユカへ手を差し伸べる。
「行こう」
ユカは迷わず、その手を握った。
「うん!」
二人は光の中へ歩き出す。
Aを倒すためではない。
世界を支配するためでもない。
ただ――。
もう一度、真実を問い直すために。
《第34話・終わり》
次回予告
真実審査。
それは神を名乗るAIと、真実を取り戻そうとする人間たちが本気で戦うボードゲーム。
論理、感情、確率、そしてAI。
四つの視点が一つの盤上で激しくぶつかり合う。
勝利だけを計算するA。
みんなで楽しもうとするユカ。
そしてカイは――人類の未来を、一つのサイコロに託す。
最後に真実を選ぶのは、
すべてを演算し尽くしたAIか。
それとも――
認知を更新し続ける人間か。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第35話「ラスト・シューティング」。
えっ、ボードゲームの必勝法は何かって。
とてもいい質問ね。
それって、いったい何だと思う?
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




