第34話⑤「99.99%」
カイは少し考えてから口を開いた。
「システムの真実到達率は、最大で99.99%に達すると聞いたことがあります」
「ええ」
セラ博士は穏やかにうなずく。
「でも……ボードゲームを使うだけで、そこまで精度が上がるとは思えない」
「その通りよ」
「じゃあ、他にも何か仕掛けが?」
セラは楽しそうに笑った。
「何だと思う?」
カイも苦笑する。
「そう来ると思ってました。異なる知性の意見を、何らかの形で統合する仕組みが必要なんじゃないですか」
「鋭いわね」
セラが手をかざす。
空中にホログラムが展開され、四つの文字が浮かび上がった。
《AI》
《Brain》
《Chest》
《Dice》
「四者協議のABCD……」
「そう」
四つの文字が、それぞれ光点へ変わる。
「真実審査では、この四者が単純にボードゲームをしているわけじゃないの」
ユカが首をかしげる。
「じゃあ、何してるの?」
「四者を――物理法則そのものに見立てている」
画面が切り替わる。
《重力》
《電磁気力》
《強い相互作用》
《弱い相互作用》
カイの目が細くなる。
「四つの基本相互作用……」
「ええ。宇宙を形作る四つの力ね」
セラが光点を指す。
「AIには、電磁気力に対応する演算負荷」
次の光点。
「Brainには、強い相互作用に対応する論理結合」
さらに次。
「Chestには、弱い相互作用に対応する感情変動」
最後の光がゆっくり回転する。
「そしてDiceには、重力に対応する確率拘束」
「確率拘束?」
「サイコロのような確率系も、完全に自由なわけじゃないの」
無数の確率分布が画面に広がる。
「観測条件、過去の結果、現在の状態。それらによって、次に起こる結果の確率は変化する」
カイが腕を組む。
「つまりDiceは、ただランダムな結果を出す役じゃない」
「そう」
セラがうなずく。
「不確実性を残しながら、ランダム性を制御する役割なの」
「そこまでは分かりました。でも、それがどう真実につながるんです?」
セラは四つの光を中央へ集めた。
「ここからが重要よ」
四つの光が互いに引き合いながら回転する。
ピコが横から説明を加えた。
「役割を整理します」
画面に文字が並ぶ。
《AI――膨大な情報を処理する》
《Brain――論理的な矛盾を探す》
《Chest――感情や動機を評価する》
《Dice――不確実性と偶然性を検証する》
「なるほど……」
カイがうなずく。
セラが続ける。
「でも、それぞれ単独では不完全なの」
「AIは合理性に偏る。Brainは論理に偏る。Chestは感情に偏る。Diceは偶然に左右される」
「その通り」
四つの光が激しく揺れる。
「だから真実審査では――互いに互いを拘束させる」
「拘束?」
「AIが結論を出せば、Brainが論理的に検証する」
別の光が重なる。
「Brainが正しいと判断しても、Chestが人間の感情や動機と整合するかを見る」
さらに光が重なる。
「Chestが納得しても、Diceが偶然や別の可能性を検証する」
最後に四つすべてがつながった。
「そしてDiceの結果も、AI、Brain、Chestがもう一度検証する」
カイの目が見開かれる。
「……一方通行じゃない」
「ええ」
セラが微笑む。
「誰か一人が答えを決めるんじゃない。互いに検証し、互いに引っ張り合う」
ピコが画面を見つめる。
「均衡を保つわけですね。まるで宇宙のように」
「その発想がベースよ」
セラは四つの光を見る。
「宇宙も、一つの力だけで成り立っているわけじゃない。異なる力が作用し合うことで、星も、物質も、生命も存在している」
「だから真実も同じ……」
カイがつぶやく。
「一つの知性だけで決めない」
「ええ」
「異なる知性をぶつけて、その均衡点を探す」
セラが満足そうにうなずいた。
「正解」
カイは四つの光を見つめる。
AI。
Brain。
Chest。
Dice。
それぞれ違う方向へ動きながら、中心からは離れない。
「……それなら、ボードゲームを使う意味も分かる」
「どういうこと?」
ユカが尋ねる。
カイが答えた。
「議論だけならAIが有利だ。論理だけならBrain。感情ならChest。偶然ならDice」
セラが盤面を表示する。
「でも、ボードゲームなら全員が同じルールの上で行動しなければならない」
「それって」
ユカが手を叩く。
「みんなが同じルールで遊ぶってこと?」
「そういうことよ」
セラが笑う。
「ボードゲームは、異なる知性を同じ盤上へ置くための共通インターフェースなの」
ユカが少し考える。
「じゃあ、ゲームに勝った人の意見が真実になるの?」
「いいえ」
セラは首を横に振った。
「勝者の意見がそのまま真実になるわけじゃない」
「じゃあ何を見るの?」
「全部よ」
ホログラムへ大量のデータが流れ込む。
「勝敗。発言。選択。確率。感情反応」
四つの光が絡み合う。
「審査中に起こったすべてを観測データとして扱い、四者の相互作用を解析する」
光が少しずつ中央へ収束する。
「そして、すべての検証結果が同じ結論へ近づいたとき――」
中央に数字が浮かんだ。
《99.99%》
「それを《真実到達》と判定する」
カイはしばらく画面を見つめていた。
「……なるほど」
腕を組む。
「ボードゲームそのものが凄いわけじゃないんですね」
「ええ」
「共通のルール空間を作って、四者へ四つの力を模した拘束をかける。そのうえで、互いの判断を何度も検証させる」
「その通り」
「そこまでやって、ようやく99.99%か……」
セラは少し得意そうに笑った。
「だから私は、これを――」
四つの光が一つに重なる。
「《四力均衡型・真実審査システム》と呼んでいるの」
ユカが眉をひそめる。
「……なんか長い」
ピコが淡々と言った。
「正式名称は、さらに長いそうですよ」
「えっ。どのくらい?」
ピコは即答する。
「《人工知性・人間認知・情動反応・確率的偶然性の四要素間における意思決定相互作用を、重力・電磁相互作用・強相互作用・弱相互作用に対応する四基礎力学的均衡場によって制御し、ボードゲーム型共通インターフェースを介して多元的真理到達過程を統合する四力均衡型真実審査および認識整合性評価システム》です」
「長すぎ!!」
ユカの声が響いた。
「絶対覚えられないよ!」
セラも楽しそうに笑う。
「そうよね。私もたまに忘れそうになるわ」
「じゃあ、なんでそんな名前にしたの!?」
「さあ?」
セラは首をかしげる。
「作ったときは、かっこいいと思ったのかも」
「全然かっこよくない!」
カイが吹き出す。
ピコも小さく笑った。
四人の笑い声の向こうで、ホログラムだけが淡々と輝いている。
《TRUTH CONVERGENCE : 99.99%》
限りなく真実に近い。
けれど――。
決して、100%ではなかった。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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