第34話④「ボードゲームの力」
カイが、ふと思い出したように口を開いた。
「最後に、一つだけ」
セラ博士が微笑む。
「ええ。何かしら?」
「真実審査は、ボードゲームを模していましたよね」
「そうね」
カイは口を開きかけて、止まった。
「なぜ真実審査はボードゲームなのか……いや、違うな」
少し考える。
「あれも……ユナのアイデアなんですか?」
セラが目を丸くする。
そして、楽しそうに笑った。
「ふふっ。私への対策をしてきたのね」
「ええ。《なぜ》と聞いたら、博士は必ず問い返してくるので」
「よく分かってきたじゃない」
横で聞いていたユカが首をかしげる。
「ねえねえ。何の話?」
ピコが答えた。
「カイは、質問の仕方を変えたんですよ」
「変えた?」
「最初は《なぜ真実審査はボードゲームなのか?》と聞こうとしました」
「それじゃダメなの?」
するとセラが、楽しそうにユカを見る。
「じゃあ逆に聞くわね」
「え?」
「もしカイが《どうしてボードゲームなの?》って聞いたら、私は何て答えると思う?」
ユカは少し考え――。
「あっ。《あなたはどう思う?》かな?」
セラがぱちぱちと手を叩く。
「正解」
カイが苦笑する。
「いつもの流れですね」
「だって、その方が面白いもの」
「また考えさせられちゃうんだ」
ユカが笑う。
セラはうなずいた。
「でも、カイは聞き方を変えた」
カイを見る。
「《ボードゲームという発想は、ユナのアイデアなの?》」
そして肩をすくめる。
「そう聞かれてしまうと――」
ユカが目を見開いた。
「あっ!」
指を差す。
「《あなたはどう思う?》って返せない!」
「そういうこと」
セラが笑う。
「これは基本的に、《はい》か《いいえ》で答える質問。カイはそれを狙ったのよ」
「へぇ~! 質問にも種類があるんだ!」
「自由に答えられる質問を《オープンクエスチョン》」
セラが指を一本立てる。
「答えを限定する質問を《クローズドクエスチョン》というの」
ユカは何度もうなずいた。
「勉強になった!」
ピコがすかさず口を挟む。
「ユカ、ちょっとだけ賢くなりましたね」
「もう!」
ユカが頬を膨らませた。
「そんなことないもん! 最初から賢いもん!」
「そうでしたね。失礼しました」
完全な棒読みだった。
「絶対思ってないでしょ!」
ユカがピコを追いかける。
二人のやり取りを見て、カイとセラは顔を見合わせて笑った。
***
しばらくして、セラが話を戻す。
「それで――真実審査をボードゲーム形式にしたのは、ユナのアイデアだったのか、という質問ね」
「ええ」
「答えは、イエスでもあり、ノーでもあるわ」
ユカが首をかしげる。
「どっちなの?」
「審査そのものの設計に、ユナは直接関わっていない。だから、その意味ではノー」
カイが尋ねる。
「じゃあ、イエスというのは?」
セラは少し遠くを見る。
「AI。人間の論理。人間の感情。そして確率」
「四者協議ですね」
「ええ。四つの視点を使うところまでは決まった。でも問題は――」
カイが先を読んだ。
「そこから、どうやって《真実》に辿り着かせるか」
「そう。それよ」
セラがカイを指さす。
「異なる知性を同じ場所に集め、それぞれの視点から検証させる。そして最後には、一つの判断へ収束させる」
苦笑する。
「言葉にすると簡単だけど、実際にはものすごく難しかった」
「でしょうね。聞いただけで匙を投げたくなります」
「ふふ。私たちも何度も投げかけたわ」
そこへピコが加わる。
「かなり大変だったという話は聞いていました」
「ピコも知ってるの?」
「はい。一族の情報網を介して。
協議、ディベート、模擬戦。思いつく方法は、ほぼすべて試した、と」
セラもうなずく。
「意見を戦わせたり、互いの判断を採点したりね」
「最終的には――」
ピコが淡々と言う。
「じゃんけん百万回戦までやったんですよね」
「そうね」
「ええっ!?」
ユカが目をむいた。
「じゃんけん!? しかも百万回!?」
セラが吹き出す。
「ええ。もちろん、まったく収束しなかったけど」
「測定データを見ましたが、統計的には非常に興味深い結果でした。しかし、真実審査としては大失敗です」
「そりゃそうでしょ!」
カイも思わず笑った。
やがてセラの表情が、懐かしむように変わる。
「そんな失敗を、数え切れないほど繰り返してね」
「それで?」
「あるとき、ふと思い出したの」
「何をですか?」
「ユナのことを」
その名前に、カイの表情がわずかに変わる。
セラは優しく笑った。
「あの子、昔からよく言っていたでしょう?」
「……?」
「《ケンカしても、ボードゲームをすればすぐに仲直りできる》って」
カイにも覚えがあった。
「……言ってましたね」
「そのとき、気づいたの」
セラの声が少し真剣になる。
「私たちは、《どの知性が正しいのか》を決めようとしていた」
「……」
「でも、それが間違っていたのかもしれないって」
カイが眉を上げる。
「どういうことです?」
「ボードゲームなら、意見が違っていてもいい」
ピコも続ける。
「AIはAIの考え方で。人間は人間の考え方で。確率は確率の論理で動けます」
「それでも、全員が同じルールの上に立てる」
セラが言葉をつなぐ。
「同じ盤面を見て、相手の考えを読み、自分の考えを修正する」
カイの目が見開かれる。
「そうか……」
盤上で向かい合うプレイヤーたちを思い浮かべる。
「最初は勝つために相手を読んでいる。でも、続けているうちに――」
「相手の考え方そのものが見えてくる」
「ええ」
セラが微笑んだ。
「それが、ユナの信じていた《ボードゲームの力》だったのよ」
カイは息を吐く。
「それが……真実審査の原型になった」
「そう」
セラはゆっくりとうなずいた。
「ユナは、真実審査の設計者ではない」
カイを見る。
「でも、その《考え方》を生んだ人ではある」
カイは少し目を伏せた。
「……あいつの影響力、すごいですね」
声には、懐かしさと寂しさが混じっていた。
セラも同じように微笑む。
「だから私は、《イエスでもあり、ノーでもある》と答えたの」
「……なるほど」
「ユナは直接設計していない。でも――」
セラは三人を見渡す。
「《異なる知性が向き合うためのインターフェース》という発想をくれたのは、ユナだったと言えるわね」
カイは少し笑った。
「本人が聞いたら、得意げになりそうですね」
ピコが即答する。
「ええ。確実に調子に乗ります」
カイとセラが吹き出した。
ユカもつられて笑う。
もう、ユナはここにはいない。
それでも――。
その考え方も。
笑い方も。
誰かに残した言葉も。
確かに、今もここにあった。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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