第34話③「大好き」
カイは何か言おうとして、口を開いた。
けれど、言葉が出てこない。
脳裏に浮かぶのは、腕の中で光となって消えていったユナの姿だった。
「……すみません」
絞り出すように言う。
「俺が、もっとしっかりしていれば……」
その先は続かなかった。
セラ博士は、ゆっくり首を横に振る。
「あなたが謝ることじゃないわ」
声は穏やかだった。
「ユナが逝ったと知ったとき、私は気が狂うほど取り乱した」
膝の上の手を見つめる。
「シン統治システムなんていう、神の領域へ踏み込むものを造ってしまった」
苦しげに笑った。
「その報いを受けたんだと思ったわ」
「報い……」
「まるで、バベルの塔を築いて神の怒りに触れた、バビロンの人々みたいにね」
カイは何も言えなかった。
やがてセラが目を閉じる。
「……でも、そんなときだった」
カイが顔を上げる。
「私の前に、ユナが現れたの」
「ユナが……?」
「ええ」
セラは小さくうなずいた。
「あの子は《セラの指輪》の力を使って、最後の最後に私へ会いに来てくれた」
その瞳に、遠い記憶がよみがえる。
***
ユナの訃報を受けた瞬間、セラはその場に崩れ落ちた。
何も考えられない。
何も信じられない。
自分が造ったものが、娘を奪った。
そう思うだけで、息すらできなかった。
そのとき――。
柔らかな光が、部屋を包んだ。
セラが顔を上げる。
「……え?」
光の中に、一人の少女が立っていた。
淡い粒子で形作られた身体。
その輪郭は、少しずつ薄れている。
「……ユナ」
震える声が漏れる。
「あなたなの……?」
少女は、いつものように笑った。
「ママ」
その声を聞いた瞬間、セラの胸が締めつけられる。
「ごめんね。お別れを言いに来た」
「そんな……」
姿を見れば分かった。
もう時間がない。
ユナは、この世界から消えようとしている。
「待って。まだ……まだ話したいことが……」
ユナは首を横に振った。
「そんなに自分を責めないで」
「でも……」
「ママは悪くないよ」
柔らかく笑う。
「人類が前へ進むために必要なことを、精いっぱいやっただけなんだから」
「でも……AIは暴走した」
「うん」
ユナは素直にうなずいた。
そして、少し遠くを見る。
「でもね。いつか人は、真実を誰かに判定してもらう時代を卒業すると思う」
「……卒業?」
「そう」
ユナは胸へ手を当てる。
「真実は、システムの中にあるものじゃない」
セラは黙って聞いている。
「人が問い続けて、迷って、認知を更新し続けた先にあるものだから」
セラの目から、涙がこぼれた。
「でも……」
声が震える。
「あなたがいなくなったら、私はどうすればいいの……」
その言葉を聞いたユナは、困ったように笑った。
「大丈夫」
「……?」
「私の想いは、カイに託したから」
「カイ……?」
ユナは楽しそうに笑う。
「もうすぐ会えるよ」
少し考えて。
「口は悪いし、ちょっとひねくれてるけど」
「……」
「でも、本当は誰よりも人のことを考えられる人」
ユナの身体が、さらに透けていく。
「だから、きっとママも好きになる」
「待って……!」
セラが手を伸ばす。
けれど指先は、ユナの身体をすり抜けた。
「ユナ!」
「ママ」
光の粒が、少しずつ空へ昇っていく。
ユナは最後まで笑っていた。
「今まで、ありがとう」
「嫌よ……」
「大好き」
「ユナ……!」
光がほどけていく。
「ユナーーーッ!!」
伸ばした手は届かなかった。
娘の姿は、光の中へ消えていった。
あとに残ったのは、泣き崩れる母親の声だけだった。
***
セラ博士の頬を、一筋の涙が伝っていた。
カイは何も言えない。
「……そんなことが、あったんですね」
ようやく、それだけを口にした。
すると後ろから、小さなすすり泣きが聞こえた。
振り返る。
いつの間にか、ユカとピコが目を覚ましていた。
話の最後を聞いていたらしい。
ユカは目元をぬぐいながら、震える声でつぶやく。
「ユナお姉ちゃん……かわいそう……」
そして耐えきれなくなったように、カイへ抱きついた。
「うぅ……」
「……ユカ」
カイは泣きじゃくるユカの背中へ、そっと腕を回した。
その姿を見つめていたセラが、ピコへ視線を向ける。
「……久しぶりね、ピコ」
ピコは身体を起こし、丁寧に頭を下げた。
「ユリこそ、ご無事で安心しました」
セラが苦笑する。
「もう。何度も言っているでしょう?」
「?」
「今は《ユリ》じゃなくて、《セラ》よ」
涙をぬぐいながら、柔らかく笑う。
「失礼しました。族長セラ」
ピコが姿勢を正す。
カイは首をかしげた。
「ユリ……?」
セラがカイを見る。
「族長セラの称号を継ぐ前の、私の名前よ」
「本名ってことですか?」
「ええ」
穏やかに微笑む。
「ユリ・セラフィム」
「ユリ……」
その声に反応して、ユカが顔を上げた。
涙で赤くなった目のまま、セラを見る。
「……あなたが、セラ博士なの?」
「そうよ」
セラは優しくうなずいた。
「初めまして。あなたのお名前は?」
ユカは目元をぬぐう。
少し照れながら答えた。
「私、ユカです」
「ユカ……」
セラは、その名前を確かめるように口にした。
「素敵な名前ね」
「ほんと?」
「ええ」
セラの目が優しく細められる。
「ユナや、昔の私の名前と響きが似ているわ」
そう言って、ユカの頭へ手を伸ばす。
そっと撫でる。
ユカは少しくすぐったそうに笑った。
その姿を見て、セラの表情がほんの少しだけ和らぐ。
失った娘と同じではない。
けれどそこには、どこか懐かしい温かさがあった。
セラはカイへ向き直る。
「カイ」
「はい」
「ユカは、どうしてあなたと一緒に?」
カイは左手の指輪を見る。
「ユナが……最後に引き合わせてくれました」
セラの表情が変わる。
「ユナが?」
「それに、この子には少し不思議な力があるんです」
「不思議な力?」
「俺もうまく説明できないんですが……」
カイは《セラの指輪》を掲げた。
「ユカは、この指輪と共鳴できる」
セラが動きを止める。
「……共鳴?」
今度は、はっきりと驚きが浮かんだ。
セラは立ち上がり、ユカへ近づく。
ユカも不思議そうに見上げる。
二人の視線が重なった。
セラはユカをじっと見つめる。
まるで、そこにまだ自分の知らない何かを見つけたように。
「……あなた、一体……」
その瞳に、驚きと期待の光が宿っていた。
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