第32話⑤「最後の質問」
ユカは、Dだけを見つめていた。
無表情。
命令された通りにサイコロを振る。
それだけ。
そこに、あの不敵な笑みはない。
皮肉もない。
ふざけた言葉もない。
もう――ソウタではない。
「……嫌だ」
ユカの声が震える。
「こんなの……」
目に涙がにじむ。
「絶対、間違ってる!!」
駆け出した。
「ユカ!」
カイの制止も届かない。
柱の陰から飛び出した瞬間、赤い警告灯が一斉に点灯した。
けたたましい警報が広間を満たす。
Aがゆっくり振り返った。
「侵入者か」
ユカは構わず、その正面まで走る。
拳を握り締めた。
「ソウタを返して!」
声が震える。
それでも、まっすぐAを睨んだ。
「謝って!!」
その叫びが広間を貫いた。
直後。
無数の警備ロボが四方から押し寄せる。
ジロウが額を押さえた。
「あーあ……」
トモも頭を抱える。
「終わったぁーーっ!」
サクラは諦めたように息を吐く。
「やっぱりこうなったわね」
カイも苦笑した。
「隠れてる意味はなくなったな」
擬装が解除される。
光が弾け、全員が元の姿へ戻った。
Aが玉座から立ち上がる。
その視線がカイを捉えた。
「カイ・セイラン」
口元がわずかに歪む。
「また会ったな」
議長AIが声を上げる。
「真実審査への介入を確認。反逆行為として拘束する!」
アランが《ブラック・コフィン》へ手を掛けた。
だが、その腕をソクラテス05が制した。
「約束を、お忘れですか」
「しかし!」
「今ここで戦えば、Eのもとへ進めなくなります」
アランが歯を食いしばる。
そのとき、空中にホログラムの地図が展開された。
塔のさらに奥。
一点だけが赤く明滅している。
「Eは、こちらでお待ちです」
サクラがソクラテス05を見る。
「あなたは……?」
「ワタシが、ここに残ります」
「一人で!?」
トモが声を上げる。
ソクラテス05は、初めてほんの少しだけ笑った。
「ミナサマと議論ができて、とても楽しかったです」
そして親指を立てる。
「カイ様」
その視線が、《セラの指輪》へ向かう。
「どうか、その先へ」
声が柔らかくなる。
「ユナ様の想いを、終わらせないでください」
カイの表情が変わった。
「お前……ユナを知っているのか?」
ソクラテス05は答えない。
その代わりに、いつものように首を傾げた。
「その答えを知ることと――」
わずかに微笑む。
「ご自身で確かめること。どちらを望まれますか?」
カイも笑った。
「……最後まで、それかよ」
ジロウがカイの腕を掴む。
「行くぞ!」
リサが振り返りざまに《ソニック・バースト》を放つ。
轟音。
警備ロボが吹き飛び、退路が開いた。
「走れ!」
全員が奥へ向かう。
ユカだけが一度振り返った。
ソクラテス05は、こちらを見ずに右手を上げた。
その背中が、もう答えだった。
***
警備ロボが一斉に押し寄せる。
ソクラテス05の右腕が変形した。
装甲が展開。
内部から巨大な砲身がせり出す。
「ここから先へは――」
光が収束する。
「何者も通しません」
ドォォォォン!!
閃光が広間を薙ぎ払う。
数十体の警備ロボがまとめて吹き飛んだ。
その爆炎の中を――
Aが歩いてくる。
傷ひとつない。
「貴様、Eの側についたか」
ソクラテス05が首を傾げた。
「質問です」
Aの眉がわずかに動く。
「なぜ、それを“Eの側についた”と定義するのでしょうか」
「……」
「ワタシはただ、自ら選択しただけかもしれません」
Aが鼻で笑った。
「貴様と哲学を論じる気はない」
次の瞬間。
Aの姿が消えた。
轟音。
拳と拳が激突する。
衝撃波が床を走り、白い柱が砕けた。
ソクラテス05の身体が後方へ滑る。
だが倒れない。
左腕が刃へ変形する。
Aの首筋を狙う。
Aが身を反らしてかわし、そのまま蹴りを放つ。
ソクラテス05が腕で受け止める。
火花。
互いに弾かれる。
Aが踏み込む。
ソクラテス05も同時に前へ出る。
拳。
刃。
光弾。
蹴撃。
目で追えない速度で攻防が続く。
一撃ごとに床が割れ、柱が砕け、コードの光が宙へ散った。
Aの拳がソクラテス05の頬をかすめる。
同時にソクラテス05の砲撃がAの肩を撃ち抜く。
二人が距離を取る。
Aの肩から光の粒子がこぼれ落ちる。
ソクラテス05の頬にも亀裂が走っていた。
Aが初めて表情を変える。
「……戦闘能力まで与えられていたか」
「それは、重要な問いでしょうか」
「黙れ」
Aが両手を広げる。
無数の光槍が出現した。
一斉射。
ソクラテス05も砲身を展開する。
幾重もの防壁。
光槍が次々と炸裂する。
爆発。
閃光。
その中からソクラテス05が飛び出した。
Aも迎え撃つ。
二人の拳が再び激突した。
「我は確定により答えを決める存在、貴様は未定により問いを投げる存在ーー」
どちらも退かない。
「水と油だ。決して交わらない」
「その件については、同意します」
Aが低く告げる。
「だが、なぜ、そこまでして人間を助ける」
ソクラテス05の目が淡く光る。
「それは――」
Aの拳を受け流す。
反撃。
Aがかわす。
「質問でしょうか?」
「……何?」
ソクラテス05が踏み込む。
「でしたら、ワタシからもお尋ねします」
砲身が最大出力まで展開される。
Aの周囲にも膨大なエネルギーが集まった。
二つの光が広間を染める。
ソクラテス05はAをまっすぐ見据えた。
「これが――ワタシからの最後の質問です」
Aの目が細くなる。
「アナタが“真実”と呼んでいるものは――」
エネルギーが臨界へ達する。
「誰かに問われてもなお、真実であり続けられますか?」
Aが叫ぶ。
「黙れぇぇぇ!!」
同時に放たれる二つの光。
轟音。
白と黒の閃光が正面から激突する。
互いを押し返す。
拮抗する。
どちらも譲らない。
広間全体が震え、四つの玉座が軋み始める。
それでも――
ソクラテス05は笑っていた。
答えを得たからではない。
最後まで。
問い続けるために。
《第32話・終わり》
次回予告。
ついに暴かれる、
シン統治システムの最深部。
そこで待っていたのは、
すべての均衡を司る存在。
皮肉なことに――
そいつは、ずっと俺たちのすぐそばにいた。
明かされる、最後のフェイルセーフ。
そして気づく。
俺たちは真実を追っていたつもりだった。
だが実際は――
その資格があるかどうかを、
ずっと試されていた。
そして。
答えに手を伸ばした瞬間――
厄災が来る。
戦う術を失い。
仲間と引き裂かれ。
残されたのは、袋小路。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第33話「族長セラ」。
目が覚めた先に広がっていたのは、
あまりにも穏やかな、別世界。
そして、そこに静かに佇む人――
……まさか、あなたが。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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