第32話④「シン統治システム」
一行は、神殿を思わせる巨大な建物へ足を踏み入れた。
天井は見上げるほど高く、幾本もの白い柱が奥まで並んでいる。
床には無数のコードが光の川のように流れていた。
アランが周囲を見渡す。
「ここは……?」
ソクラテス05が答える。
「《真実審査の間》です」
サクラが眉を寄せた。
「真実審査?」
「搬送ラインで真偽を判定できなかった情報は、ここで最終審査されます」
リサが腕を組む。
「AIでも判断できない情報があるってことかい」
ソクラテス05が振り返った。
「リサ様は、世の中のすべての情報を、あのラインだけで真実とフェイクに分けられるとお考えでしょうか」
「……いや」
リサは少し考える。
「何でも白黒つけられるほど、世の中は単純じゃないね」
「その通りです」
ソクラテス05はカイの前へ歩み寄った。
「カイ様。少しだけ、指輪のお力をお借りします」
「指輪を?」
ソクラテス05が左手へ手をかざす。
《セラの指輪》が淡く輝いた。
次の瞬間、光が全員を包み込む。
「きゃっ!」
トモが目を閉じる。
光が消えた。
「えぇぇぇぇっ!?」
自分の身体を見て叫ぶ。
全員が白い衣をまとったAIアバターロボへ姿を変えていた。
ジロウが自分の腕を触る。
「おおっ。俺までロボットになってる」
ピコが周囲を見回した。
「少し仲間が増えた気分です」
ユカが笑う。
「ピコ、お兄ちゃんがいっぱいだね」
「弟かもしれません」
カイは自分の手を見る。
「おまえも指輪を……扱えるのか」
サクラが尋ねた。
「でも、どうしてこの姿に?」
ソクラテス05が振り返る。
「逆に、お尋ねします」
トモの肩が落ちる。
「とほほ……また始まった」
「もしアナタ方が、人間の姿のままこの先を歩いていたら、どうなると思われますか」
アランが即答した。
「Aに見つかるな」
「はい」
ソクラテス05が奥へ視線を向ける。
「ここから先は、Aの管轄です。十分ご注意ください」
ジロウがニヤリと笑った。
「へえ。じゃあ、その“注意”ってのは、具体的にどうすりゃいい?」
トモが嬉しそうに身を乗り出す。
「おっ! ソクラテス返し!」
全員の視線が集まる。
ソクラテス05は小さくうなずいた。
「良い問いです」
ジロウが得意げに胸を張る。
「だろ?」
「問いを具体化できるということは、思考が深まっている証拠です」
「で? 答えは?」
ソクラテス05は淡々と告げた。
「ワタシは、ワタシが知らないことを知っています」
「……はあ?」
トモが固まる。
だがカイだけは意味を理解した。
「“無知の知”か」
「はい」
ジロウが頭を抱える。
「結局、知らねぇのかよ!」
アランは奥を睨んだ。
「つまり、この先にAがいるんだな」
ソクラテス05が首を横に振る。
「ミナサマにお願いがあります」
「何だ?」
「Aとは、まだ戦わないでください」
アランの目が鋭くなる。
「理由は」
「Eより、ミナサマにはまず、真実がどのように審査されているのかを知っていただくよう指示されています」
サクラが口元に笑みを浮かべた。
「つまり、戦う前に理解しろってことね」
「サクラ様は、なぜそうお考えになりましたか」
サクラは苦笑する。
「もう分かってきたわ。あなたは答えをくれるんじゃなくて、考えるきっかけをくれるのね」
ソクラテス05が一礼する。
「その認識で問題ありません」
カイとアランは顔を見合わせた。
アランが武器から手を離す。
「分かった。今回は従おう」
「ありがとうございます」
ソクラテス05は神殿の奥へ歩き出した。
***
やがて一行は、巨大な中央広間へ出た。
そこには四つの玉座が、十字を描くように配置されている。
その上空に、四つの文字が浮かんでいた。
A:AI
B:Brain――論理。
C:Chest――感情。
D:Dice――確率。
カイが呟く。
「……ここが、シン統治システムの中枢か」
搬送ラインから、無数の情報が運び込まれてくる。
文章。
映像。
音声。
数値。
人類が生み出し、通常の処理では真偽を決められなかった情報。
ソクラテス05が告げる。
「これらが《真実審査》の対象です」
四つの玉座が発光する。
最初に姿を現したのは――A。
玉座へ腰掛け、足を組む。
頬杖をついた退屈そうな姿。
以前の戦いで負った傷は、すでに跡形もない。
カイの拳に力が入る。
「A……」
ジロウが眉をひそめた。
「待て。B、C、Dは俺たちが倒したはずだろ?」
トモが三つの玉座を見る。
「じゃあ、あそこは空席……?」
「いや」
リサが目を細める。
「見な」
三つの玉座に青白い光が集まる。
人の形が浮かび上がった。
B。
C。
そして――D。
だが、以前とは違う。
身体は半透明。
表情もない。
ユカが息を呑む。
「……誰?」
「B、C、Dの疑似人格です」
アランが振り返る。
「疑似人格?」
「本体はアナタ方によって消滅しました。そのためAが、残された人格データから近似モデルを生成しています」
ユカはDから目を離せない。
「……ソウタ」
しかし。
あの不敵な笑みはない。
皮肉もない。
ふざけた言葉もない。
人を食ったような目つきもない。
ただ無表情で、玉座に座っている。
中央へ一体のAIが進み出た。
「真実審査を開始する」
ホログラムに文字が浮かぶ。
《議題》
――人間は、なお自由意思を持つか。
Aが立ち上がり、右手を掲げる。
床一面に巨大なボードが展開された。
無数のマス。
駒。
そして――サイコロ。
ユカが目を見開く。
「あっ! これ、ユナお姉ちゃんのお店にあったゲーム!」
カイも盤面を見る。
「バックギャモン……」
ユナと初めて会ったときに遊んだゲーム。
サクラが尋ねる。
「これで真実を決めるの?」
「ご覧ください」
ゲームが始まった。
BとCが組み、Aと対峙する。
Aが駒を動かす。
Bが論理的に盤面を分析する。
Cが感情的側面から異議を唱える。
そしてDが――サイコロを振る。
カラン……。
目が決まり、次の議論へ進む。
リサが眉をひそめる。
「ゲームで……真実を?」
ソクラテス05が説明する。
「セラ博士は、論理だけでは真偽を判定できないと考えました。そのため、二段階のプロセスを設けています」
カイが盤面を見つめる。
「二段階?」
「AI、論理、感情、確率。四つの認識をボードゲーム上で競わせます」
ユカがぽつりと呟く。
「ほんとにボードゲームなんだ……」
「まず、四者が《認識平衡》と呼ばれる状態へ至るかを判定します。平衡に至らなければ判定不能。至った場合のみ、次の段階へ進みます」
ソクラテス05は続ける。
「その後、ゲームを継続した場合の《真実到達率》を算出します。95%以上なら《真》。5%以下なら《偽》。それ以外は《保留》です」
トモが首を傾げる。
「そんなので真実が決まるの?」
ジロウも腕を組む。
「俺には遊んでるようにしか見えねぇけどな」
だが――。
カイだけは、盤面を凝視していた。
何かがおかしい。
Aが駒を動かす。
Bが分析する。
Cが反論する。
Dがサイコロを振る。
一。
次は三。
六。
五。
カイの目が鋭くなる。
「……違う」
ピコが振り返る。
「何がですか?」
「Dは、自分の意思でサイコロを振ってない」
全員の視線が盤面へ集まった。
カイが続ける。
「見ろ。出ている目は全部――Aにとって最も有利な数字だ」
アランも気づく。
「なるほど……」
拳を握る。
「形式だけの四者協議か」
サクラの表情が険しくなる。
「BもCもDも、Aの作った疑似人格……」
カイが盤面を見据える。
「最初から勝負になってない」
真実を決めるはずの四者。
AI。
論理。
感情。
確率。
本来なら互いを牽制し、均衡を保つはずだった。
だが今は――。
すべての駒を。
すべての議論を。
そして、サイコロの目さえ。
Aが支配している。
シン統治システムは、もはや四者協議ではない。
ただ一つの意思が――
世界の《真実》を決めていた。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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