第32話③「死とは何を指すのか」
巨大な搬送ラインが並ぶ工場エリアを抜け、一行はさらに塔の奥へ進んでいた。
その途中。
ユカが何気なく壁へ手を伸ばす。
「あれ?」
指先を近づけ、目を凝らした。
「ねえ、この壁……小さい文字で埋まってる」
その声に、アランが足を止めた。
壁へ近づき、青白く浮かぶ文字列を確認する。
「このコード……」
目を細める。
「仮想層の壁を撃った時に見えたものと同じだ」
サクラも壁へ手を添えた。
「でも、ここは現実層でしょう?」
指先の向こうでは、無数のコードが規則正しく流れている。
「建物そのものが、仮想層でできてるってこと?」
するとソクラテス05が、いつもの調子で問い返した。
「サクラ様は、“現実”とは何で構成されているとお考えでしょうか」
「え……?」
横からジロウが口を挟む。
「壁は壁だろ。現実世界にある物体だ」
トモも頷く。
「そうだよ。仮想層の情報で壁を作るなんて、聞いたことないし」
ソクラテス05が二人を見る。
「では、仮想層の情報で壁を作れないと――誰が決めたのでしょうか」
ジロウが言葉に詰まった。
「うっ……」
リサが思わず吹き出す。
「一本取られたね」
だがカイは、会話には加わらなかった。
壁の表面を流れるコードをじっと見つめている。
表面だけではない。
その奥にも。
さらに、その奥にも。
膨大な文字列が果てしなく積み重なっている。
カイの目が細くなった。
「……違う」
全員が振り向く。
カイは壁へ手を触れた。
「これは“壁にコードが書かれている”んじゃない」
サクラが眉を寄せる。
「どういうこと?」
「コードそのものが壁なんだ」
カイは指先を滑らせる。
「膨大な情報を現実空間に固定して、質量を持つ物体として成立させている」
ユカが目を丸くした。
「情報が……壁になってるの?」
「ああ。たぶんな」
カイは、果てしなく続く壁を見上げる。
「これが、仮想層の情報から現実の物体を作るってことか」
サクラも言葉を失う。
「そんなことまでできるの……?」
ソクラテス05が頷いた。
「この技術を扱えた人物は、シン統治システムの開発者――セラ博士ただ一人です」
トモがすかさず反応した。
「じゃあ、やっぱりEってセラ博士なんでしょ?」
ソクラテス05がゆっくり振り向く。
「トモ様」
「は、はい」
「もしワタシが『そうです』と答えた場合――」
トモの顔が嫌そうに曇る。
ソクラテス05は構わず続けた。
「アナタは、それが真実であると証明できますか?」
「ううっ……」
ジロウが肩を落とす。
「また始まったよ……」
しかし。
カイだけは、まったく別の部分に引っ掛かっていた。
「待て」
声の調子が変わる。
全員がカイを見る。
「今、“扱えた”と言ったな」
ソクラテス05へ視線を向ける。
「なぜ過去形なんだ?」
それまで軽かった空気が変わった。
リサも意味に気づく。
「……まさか」
その顔から笑みが消える。
「セラ博士は、もう死んでるってことかい?」
誰も口を開かなかった。
ソクラテス05はカイを見つめる。
やがて、その視線がゆっくりと下がった。
カイの左手。
そこには、ユナから託された《セラの指輪》がある。
「カイ様」
「なんだ」
ソクラテス05は、いつもと変わらない穏やかな電子音声で問いかけた。
「アナタは――」
カイをまっすぐ見つめる。
「“死”とは、何を指すとお考えでしょうか」
誰も答えられなかった。
心臓が止まることか。
肉体が失われることか。
意識が消えることか。
記憶が途絶えることか。
それとも――。
誰からも認識されなくなることなのか。
カイは左手の指輪へ目を落とした。
そして、小さく息を吐く。
「……それも、自分の目で確かめろってことか」
ソクラテス05は答えない。
ただ前を向き、そのまま歩き始めた。
カイたちも後を追う。
けれど――。
誰の頭からも、その問いは離れなかった。
――死とは、何を指すのか。
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