第32話②「百点満点の同意」
巨大な輸送ドローンは、塔の中心部へ向かって音もなく上昇していく。
眼下には、幾重にも重なる回廊。
無数の光のラインが血管のように塔全体を巡り、その中を膨大な情報が流れていた。
壁も床もあるはずなのに、どこまでが建造物で、どこからが光なのか判別できない。
まるで――電子で築かれた神殿。
その異様な光景を眺めながら、アランが口を開いた。
「Eは……俺たちに何を見せようとしている?」
ソクラテス05が振り返る。
「逆に、お尋ねします。アラン様は、何を見たいと思っていますか?」
「……何?」
「敵の正体でしょうか」
アランの目が細くなる。
「それとも――世界の真実でしょうか」
答えに詰まるアランへ、ソクラテス05は続けた。
「見たいものが異なれば、見えるものも異なります」
サクラが考えながら口を開く。
「それはそうかもしれないけど……Eが私たちに何を見せたいかは変わらないんじゃない?」
今度はソクラテス05がサクラを見る。
「では、Eは何を見せるべきだとお考えでしょうか」
「また質問……」
サクラが苦笑する。
リサも呆れたように腕を組んだ。
「あんたは、何でも質問で返すのかい?」
「はい」
即答だった。
「では、リサ様に質問です。答えを与えられることと、自ら答えに至ること。どちらが理解につながると思われますか?」
リサが少し考える。
「つまり……全部見た上で、自分で判断しろってことかい」
ソクラテス05が首を傾げた。
「なぜ、その結論に至ったのでしょうか」
「えっ?」
「その理由を説明できるなら、すでに理解は始まっています」
リサはしばらくソクラテス05を見つめ――ふっと笑った。
「……なるほどね」
その横で、トモが頭を抱えていた。
「もう勘弁してぇ……」
ジロウも大きく息を吐く。
「こいつ、会話するたびにテストしてきやがる」
ソクラテス05が二人へ顔を向けた。
「では、お二人に質問です」
「まだあるの!?」
トモの悲鳴を無視して、問いが続く。
「学ぶとは、答えを覚えることでしょうか。それとも、問いを持つことでしょうか」
「うぅ……」
トモが完全に困り果てる。
ジロウは額を押さえた。
「もう哲学は腹いっぱいだ!」
その様子を見て、ユカがくすっと笑う。
「なんだか学校の先生みたい」
サクラが首を横に振った。
「ただの先生というより、考えさせる先生ね。しかも、かなり面倒くさいタイプ」
トモがぼそっと呟く。
「私は普通に説明してくれる先生の方が好き……」
ジロウが力強く頷いた。
「百点満点で同意だ」
その言葉に、何人かが吹き出す。
だがソクラテス05だけは、真顔のままだった。
「では、次の質問です」
ジロウの顔が引きつる。
「……まだやるのか?」
「百点満点の同意と、50点の同意には、どのような違いがあるのでしょうか」
トモが叫んだ。
「まだあるのぉーーっ!?」
ジロウも耐えきれず声を上げる。
「もういいから案内してくれぇーー!!」
二人の悲鳴をよそに、巨大ドローンは上昇を続ける。
さらに。
さらに上へ。
見上げても、塔の頂はまだ見えなかった。
***
やがてドローンは、巨大な工場のような区画へ降り立った。
そこには、数え切れないほどの搬送ラインが果てしなく伸びていた。
何百。
何千。
いや――そんな規模ではない。
ラインの上を流れているのは、文字、映像、音声、数値。
人類が発信した、あらゆる情報だった。
その脇では、無数のAIアバターたちが慌ただしく動き回っている。
頭上には、三つの表示。
《真実》
《フェイク》
《仕分け不能》
運ばれてきた情報が、次々と三方向へ振り分けられていく。
大量のデータを抱えたAIが別のAIとぶつかりそうになり、慌てて避ける。
別の場所では、数体が一つの情報を囲んで忙しそうに相談していた。
その様子は、どこか人間の職場を思わせる。
ユカが思わず笑った。
「ふふっ。なんだか楽しそう」
ピコも電子音を鳴らす。
「とてもコミカルですね」
ソクラテス05がラインの間を歩きながら説明する。
「ここ《タワー》には、人類が発信するあらゆる情報が集約されます」
巨大な搬送ラインを示す。
「真実と判定された情報はネットワークへ。フェイクは隔離、または削除されます。そして、判定できない情報は――」
カイが反応した。
「真実審査に回される?」
「その通りです」
「真実審査って何?」
ユカが尋ねる。
ソクラテス05は前方を見たまま答えた。
「それは、後ほどお見せします」
トモは目の前のラインを見上げていた。
「ねえ……これ、いったい何本あるの?」
ソクラテス05が振り返る。
「いい質問ですね」
トモの顔が少し明るくなる。
「えへへ。それほどでも……」
「では、お尋ねします」
笑顔が消えた。
「また?」
「トモ様なら、何本あると推測しますか」
トモは真面目に辺りを見渡す。
「この広さなら……千本くらい?」
ジロウが鼻で笑った。
「甘いな。三千……いや、五千はあるだろ」
「じゃあ一万!」
「なんで張り合うんだよ!」
二人のやり取りに、リサが額を押さえる。
「あんたたち、オークションでも始めたのかい」
ソクラテス05は淡々と答えた。
「現在、約十億本です」
全員の動きが止まった。
リサが聞き返す。
「……は?」
「約十億本です」
「いや、聞こえてるよ」
ジロウが周囲を見回す。
「十億……?」
ソクラテス05は当然のことのように続ける。
「それでも、処理能力は不足しています」
トモの口が開いたままになる。
「これで足りないの……?」
「はい。人類が生み出す情報量は、今も増え続けていますので」
果ての見えない搬送ライン。
そこを流れ続ける、無数の情報。
ジロウがぽつりと呟いた。
「……桁がバグってやがる」
誰も、その言葉を否定できなかった。
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