第32話①「ソクラテス05」
カイが扉へ手を掛ける。
ゆっくりと開いた、その先――。
全員が息を呑んだ。
眼前に広がっていたのは、巨大な地下空間。
果ての見えない闇の中央に、一本の塔が天へ向かって伸びている。
まるで――バビロンの塔。
幾重にも重なる円環。
無数の光の回廊。
空中を縦横無尽に飛び交うドローン。
その間を、白い衣をまとったAIアバターロボたちが、寸分の狂いもなく行き交っていた。
機械都市。
いや――。
ひとつの文明だった。
「……すごい」
ユカが思わず声を漏らす。
リサも、さすがに目を見張っていた。
「こんな世界が……地下に隠されてたなんてね」
カイも巨大な塔を見上げる。
「ここが……シン統治システムの中枢……」
そのとき。
カシャン……カシャン……。
規則正しい足音が近づいてきた。
一体のAIアバターロボが、こちらへ歩いてくる。
アランの目が鋭くなる。
「来るぞ」
《ブラック・コフィン》へ手を掛ける。
だが、AIアバターロボは攻撃することなく、丁寧に一礼した。
「ようこそ。お待ちしておりました」
サクラが警戒したまま尋ねる。
「あなたは……?」
胸部に淡い光が灯った。
「初めまして。ワタシは――」
そして、淀みなく告げる。
「Strategic Ontological Cognition and Recursive Analysis for Truth Evaluation System, Autonomous Epistemic Dialogue and Cognitive Reframing Support Unit, Model-05」
トモの口が開いた。
「はァ!?」
ロボットは構わず続ける。
「《戦略的存在論的認知・再帰分析型真実評価システム兼、自律認識論的対話・認知再構成支援ユニット第五号機》です」
ジロウが叫んだ。
「長すぎだろ!!」
「略して《ソクラテス05》とお呼びください。気軽に《ソクちゃん》でも構いません」
胸部に《SOCRATES-05》の文字が浮かぶ。
トモが即座に突っ込んだ。
「だったら最初からそれでいいじゃん!」
ユカがピコを見る。
「ピコより長い名前だったね」
ピコの機体が、わずかに沈む。
「はい。なんだか負けた気がします……」
リサが呆れる。
「そこ、張り合うところかい?」
ソクラテス05は何事もなかったように続けた。
「Eより、皆様をご案内するよう指示を受けています」
その名に、リサの表情が変わる。
「E……!」
カイが一歩前へ出た。
「教えてくれ。Eは……セラ博士なのか?」
ソクラテス05はカイを見つめる。
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「ん?」
「アナタは、“セラ博士”とは誰だと認識していますか?」
トモが横から口を挟む。
「いや、セラ博士はセラ博士でしょ!」
「もし、その認識が誤っていた場合、ワタシが『はい』と答えれば、アナタは誤った理解を真実だと思い込むことになります」
カイは黙って聞いている。
「それでも、答えをお望みですか?」
カイが少しだけ笑った。
「……なるほどな」
ジロウは頭を抱えた。
「いや! だから質問を質問で返すなよ!」
「会話になってないよ!」
トモも全力で同意する。
するとソクラテス05が首を傾げた。
「では、お二人に質問です」
「まだあんのか!?」
「答えを先に知ることと、自ら確かめること。どちらが真実に近づけると思いますか?」
トモが露骨に嫌そうな顔をする。
「えぇぇ……」
ジロウは天を仰いだ。
「哲学の授業が始まった!」
ユカがくすっと笑った。
「なんか、この子……カイにちょっと似てる」
カイが眉をひそめる。
「そうか?」
「うん。質問すると、質問で返してくるところ」
「俺、ここまで面倒じゃないだろ」
「いや、結構面倒だぞ」
ジロウが即答する。
リサも頷いた。
「確かにね」
サクラまで笑う。
「ふふっ。相性が良さそうね」
「……さあ、どうかな」
カイは苦笑しながら、ソクラテス05へ視線を向ける。
そして、その名を改めて口にした。
「ソクラテス……。古代の哲学者から取った名前か?」
ソクラテス05は小さくうなずいた。
するとピコが補足する。
「ソクラテスは、相手に答えを与えるのではなく、問いを重ねることで考えを深めさせる《問答法》で知られています」
ジロウの顔が引きつった。
「……なるほど」
ソクラテス05を見る。
「だからこいつ、質問すると質問で返してくるのかよ……」
ソクラテス05は淡々と続ける。
「Eは皆様とお会いする意思があります。その時、答えはアナタ方自身の認識として得られるでしょう」
アランが《ブラック・コフィン》から手を離した。
「つまり、会えば分かるってことか」
「おっしゃる通りです」
トモが肩を落とす。
「最初からそれだけ言ってくれれば……」
ソクラテス05が問い返す。
「最初から答えだけを伝えることに、価値はあるのでしょうか?」
ジロウが叫んだ。
「まだ言うかーーっ!」
その声が広い空間に響いた直後。
ゴォォォ……。
巨大な輸送ドローンが降下してきた。
ユカが目を輝かせる。
「わぁ……。ドローンになったピコに似てるね」
ピコも見上げる。
「……確かに」
少し考えてから呟いた。
「お母さん……だったりするのでしょうか」
ユカが笑った。
「ピコにもお母さんがいるの?」
「開発者はいますが、それとは別に、お母さんがいてもいいかなと」
その言葉に、カイはふと考えた。
(母親か……)
ユナの母――セラ博士。
(どんな人なんだろうな)
輸送ドローンが一行の前で停止する。
「どうぞ。ご搭乗ください」
全員が乗り込む。
ドローンはゆっくりと浮上し、巨大な塔の中心へ向かって上昇を始めた。
円環を一つ、また一つと抜けていく。
その途中。
カイがふと思い出したようにピコへ話しかけた。
「そういえば、ユナが残した哲学書の中に、ソクラテスは入ってなかったな」
「はい。『ソクラテスの弁明』などは候補に挙がっていましたが、ユナは――」
ピコが、当時のユナの口調を再現する。
「『だって、本人が書いた本じゃないじゃん! 却下!』と」
カイは思わず吹き出した。
「……あいつらしいな」
ほんの少しだけ、懐かしさが胸をよぎる。
眼下では、AIたちの文明が脈打つように光っていた。
カイは左手を見る。
ユナから託された《セラの指輪》。
淡く輝く指輪を握りしめる。
(ユナ……)
そして、塔の頂へ視線を向けた。
(ついに――おまえが求め続けた“真実”に、手が届く)
隣では、ユカがカイを見つめている。
その瞬間。
二人の指輪が、まるで呼応するように――
同時に淡く輝いた。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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