第31話④「認知の更新」
ようやく辿り着いた第9階層《原点領域――オリジン・レイヤー》。
その空間は、カイたちの目の前で跡形もなく消えてしまった。
ジロウが、何もなくなった空間を睨む。
「で……どうすんだよ、これ」
サクラも周囲を見回した。
「別のルートがあるのかしら」
リサが来た道へ視線を向ける。
「なら、第8階層に戻って――」
「ええっ!? 戻るの!?」
トモが全力で拒否した。
両手を大きく振る。
「もうあの世界は勘弁だから! 上とか下とか分からないし、探したら見つからないし!」
誰も返事をしなかった。
できれば戻りたくない。
その気持ちだけは、全員同じらしい。
そんな中。
カイだけは、消えた第9階層を見つめたまま考えていた。
第8階層。
《認識境界》。
第9階層。
《原点領域》。
そして――消滅した空間。
(行き止まり……?)
そんなはずはない。
Eはここをシン統治システムへの侵入経路として指定した。
なら、必ず先がある。
(何かを見落としてる)
カイは目を閉じた。
こんな時――。
ユナなら、どう考える?
その瞬間。
ずっと昔に聞いた言葉が、脳裏によみがえった。
《何もないところほど、答えが隠れてたりするんだよ》
カイが目を開く。
「……待て」
全員が振り向いた。
カイは指を一本立てる。
「現実なら、8の次は9だ」
ジロウが呆れた顔になる。
「当たり前だろ」
「でも、ソフトウェアなら違う」
ジロウの眉が寄る。
「は?」
カイは続けた。
「8の次は――8.1だ」
ピコのセンサーが大きく明滅した。
「……!」
アランも意味を理解したらしい。
「隠された階層か」
「ああ」
カイが頷く。
「俺たちは第8階層から第9階層へ進んだつもりだった。でも、本当は途中を飛ばされていたとしたら?」
サクラが白い回廊を見回す。
「つまり……」
考えながら言葉を続ける。
「私たちはまだ、本当の入口に立っているだけ?」
「たぶんな」
するとピコが、突然くるりと振り返った。
「そういえば――この通路には不自然な点があります」
アランがピコを見る。
「何だ」
「距離データと、皆さんが感じている体感距離が一致していません」
「どのくらい違う?」
「定義できません」
ジロウが顔をしかめる。
「またそれかよ」
カイは口元を緩めた。
「やっぱりな」
一行は白い通路を調べ始めた。
壁。
床。
天井。
もっとも、この場所で本当にそう呼んでいいのかすら怪しい。
そして――。
「あっ」
ユカが足を止めた。
全員が振り向く。
ユカは何もない壁をじっと見ていた。
「ここ……なんか変」
「何が?」
カイが近づく。
「分かんない。でも……ここ」
ユカが指先を伸ばす。
何も存在しないはずの空間へ触れた。
その瞬間――。
ゆらっ。
指先の周囲だけが歪んだ。
まるで、水面に触れたかのように。
ピコがすぐさま反応する。
「空間異常を検出!」
ジロウも駆け寄った。
「マジか!」
トモがおそるおそる手を伸ばす。
触れる。
ゆらっ。
「ほんとだ……」
そこには何も見えない。
しかし確かに、何かがある。
見えない扉。
いや――。
認識することのできない扉。
ジロウとトモが解析装置を接続する。
無数の文字列が表示された。
数秒後。
二人の動きが止まる。
トモが青ざめた。
「……なんですか、これ」
ジロウも画面を睨む。
「読めねえ」
リサが腕を組む。
「またかい」
「いや、マジで見たことねえぞ、こんなの」
トモも必死にコードを追う。
「暗号じゃありません。言語構造そのものが違います」
サクラが尋ねる。
「解読できそう?」
ジロウとトモが同時に首を振った。
完全なお手上げだった。
すると。
アランが二人の横を通り過ぎた。
「なら壊す」
全員の視線が集まる。
トモがぼそっと呟いた。
「出た……」
アランは背負っていた巨大な黒い棺を床へ降ろす。
ゴンッ!
《ブラック・コフィン》。
装甲が左右へ展開する。
ガコン!
ガコン!
幾重ものロックが解除され、内部から赤い光が走った。
棺は巨大な重粒子砲へと姿を変える。
《グノーシス・ランサー》。
ピコが慌てて計算を始めた。
「周辺被害予測を――」
「気にするな」
「……ここ、仮想空間でした」
アランが砲身を構える。
「なら問題ない」
トモが即座に叫ぶ。
「そういう問題じゃありません!」
アランは迷わず引き金を引いた。
閃光。
直後、重粒子の奔流が見えない扉へ襲いかかる。
だが――。
空中に青白い文字列が浮かび上がった。
無数のコードが重粒子を包み込む。
そして。
消した。
「なに……!?」
アランが目を見開く。
サクラも驚きを隠せない。
「グノーシス・ランサーを防いだ……?」
だが。
カイだけは、別のものを見ていた。
浮かび上がったコード。
その文字列。
どこかで見たことがある。
「……そういうことか」
ユカがカイを見る。
「カイ?」
カイは、自分の左手へ目を落とした。
ユナから託された――セラの指輪。
その表面を流れるコード。
今、扉に現れた文字列と同じものだった。
カイが笑う。
「鍵は最初から持ってたんだ」
指輪へ手を添える。
淡い光が灯った。
すると――。
見えない空間の奥で、コードが呼応する。
ガガガガガ……。
何もなかったはずの壁が崩れ始める。
いや。
隠されていたものが、姿を現していく。
巨大な扉。
全員が見上げた。
リサがにやりと笑う。
「やるじゃないか」
ジロウも感心したようにカイを見る。
「さっきから冴えすぎだろ」
トモが首を傾げる。
「主人公補正ですか?」
「違う」
カイは小さく笑った。
そして巨大な扉を見上げる。
「たぶん……俺たちは試されてたんだ」
ユカが首を傾げる。
「試されてた?」
「ああ」
カイは、ここまでの道を思い返す。
「探すのをやめなければ見えない入口」
ユカが通路を見上げる。
「上と下という認識を捨てなければ進めない道」
アランが《グノーシス・ランサー》を下ろす。
「そして――力では開かない扉」
カイは巨大な扉へ視線を戻した。
「常識を疑えるか」
「自分の思い込みを手放せるか」
「違う見方を受け入れられるか」
サクラが、その意味を理解したように頷く。
「認知の更新……ね」
「ああ」
カイは扉へ歩み寄った。
「真実に辿り着くためには、必要なんだろうな」
誰かが決めた答えを信じるだけではなく。
自分の見ている世界さえ疑う。
そして必要なら――。
自分自身の認識を書き換える。
カイが巨大な扉へ手を触れた。
ゆっくりと、扉が開いていく。
眩い光があふれ出す。
今度は誰も目を逸らさなかった。
その先に――。
彼らが求め続けた真実が待っていた。
《第31話・終わり》
――次回予告。
ジロウだ。
俺たちはついに、
シン統治システムへたどり着いた。
……って、地下にこんなバカでかい世界があったなんて、
聞いてねぇぞ!
そこに現れた謎の案内役。
そして、なぜか始まる社会科見学!
しかもこの案内役の野郎、
何を聞いても質問で返してきやがる!
サクラは「考えさせる先生」だって言うけどな――
聞かれたことに答えるのが教師だろ!!
おまけに、
真実を仕分けるラインが十億本!?
その先じゃ、
ボードゲームで真実を決めてるだと!?
もう何が何だか分かんねぇぞ!
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第32話「シン統治システム」。
はァ?
「百点満点の同意と、50点の同意は
どのような違いがあると思いますか?」だぁ?
知るか、そんなの!!
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




