第31話②「やってられねえ」
アランが周囲を見渡した。
どこまで行っても続く、白い空間。
いや――白ですらない。
見た瞬間に色が変わり、距離は伸び縮みし、上下左右の感覚さえ曖昧になる。
《認識境界――コグニティブ・ホライズン》。
その異常な世界を睨みながら、アランが口を開く。
「この階層のどこかに、入口か、それを開く鍵があるはずだ」
背負った《グノーシス・ランサー》を担ぎ直す。
「手分けして探すぞ」
リサも周囲へ視線を走らせた。
「何でもいい。違和感があったら報告しな」
全員が散開する。
だが――。
何もない。
本当に、何もない。
建物もない。
端末もない。
座標表示もない。
目印になりそうなものすら存在しない。
歩いても。
探しても。
見つかるものは、何ひとつなかった。
***
数時間後。
「むりぃ〜……」
ユカがその場にへたり込んだ。
両足を投げ出し、完全に動く気をなくしている。
「もう歩きたくない〜……」
ピコがユカの頭上へ浮かぶ。
「現在までの移動距離を換算すると、約8キロです」
ユカが勢いよく顔を上げた。
「そんなに歩いたの!?」
「はい。なお、成果はゼロです」
「最悪じゃん!」
ユカが再び地面へ崩れ落ちる。
少し離れた場所では、リサが苛立ったように舌打ちした。
「手掛かり一つなしとはね」
サクラも珍しく眉をひそめている。
「おかしいわ。ここが侵入経路なら、何かあるはずなのに」
ピコのセンサーが明滅する。
「空間解析は継続しています。しかし、有意な反応は検出できません」
その言葉に、トモが肩を落とした。
「やっぱり無理なんじゃ……」
誰にも聞かせるつもりがないような声で続ける。
「Eって、セラ博士なんでしょ?」
トモは口を尖らせた。
「百年に一人の天才が考えた仕掛けなんて、私たちに分かるわけないよ……」
誰も否定しなかった。
歩き疲れた体。
何ひとつ見つからない空間。
少しずつ、諦めが広がっていく。
そんな中――。
カイだけは、遥か彼方の水平線を見つめていた。
(認識境界……)
名前を頭の中で繰り返す。
(認識そのものが世界を決める場所)
普通に探す。
目で見る。
歩き回る。
位置を測る。
その全部が、この場所では意味を持たないのだとしたら。
(普通の探し方じゃ駄目だ)
カイは目を閉じた。
何かを見落としている。
しかも、細かな手掛かりではない。
もっと根本的な――。
(認識の盲点……)
そのとき。
どさっ。
背後から音がした。
振り返ると、ジロウが大の字になって倒れている。
「あーっ、もう無理だ!」
リサが即座に睨みつけた。
「こら! サボるんじゃないよ!」
ジロウは寝転んだまま両手を広げる。
「だって何もねえじゃねえか!」
「だから探すんだろ」
アランが低い声で返す。
しかしジロウは動かない。
「探しても探しても、何もねえ!」
「立て」
「嫌だ」
即答だった。
アランの眉間に皺が寄る。
だがジロウは気にもしない。
「やってられねえ……。もう疲れた……」
完全に諦めた顔で、ぼんやりと上を見る。
「…………」
ジロウの目が止まった。
眉が寄る。
「……あった」
トモが振り返る。
「え?」
ジロウが勢いよく起き上がった。
「あれ、見ろ!」
全員が一斉に顔を上げる。
そして――息を呑んだ。
そこに、道があった。
白い空間の上方。
どこから始まっているのかも分からない。
どこへ続いているのかも分からない。
それでも確かに、一本の白い通路が伸びている。
まるで――。
最初から、ずっとそこにあったかのように。
サクラの目が見開かれる。
「……っ!」
ピコのセンサーが激しく明滅した。
「空間変化を確認! 先ほどまで存在しなかった構造物を検出しました!」
アランが上空を見据える。
「何だと……?」
誰も気づかなかった。
いや。
気づけなかった。
そんな中で、カイだけがゆっくり笑った。
「そういうことか」
隣にいたユカが首を傾げる。
「え?」
カイは上空の通路を見たまま言う。
「ジロウのおかげで道が開けた」
「いやいやいや!」
ジロウが慌てて両手を振る。
「待て待て! 俺なんもしてねえぞ!?」
カイが振り返る。
「だからだよ」
「は?」
ジロウの顔が固まる。
カイは再び通路を見上げた。
「俺たちはずっと、入口を探していた」
サクラの表情が変わる。
カイは続けた。
「でも、この世界は認識が法則になる場所だ」
ピコの機体がぴくりと動いた。
「まさか……」
「ああ」
カイが頷く。
「俺たちが“入口を探している”と認識している限り、入口は存在しない」
ユカがぽかんとする。
「えっ?」
「でもジロウは、完全に探すのをやめた」
ジロウは不満そうに腕を組む。
「あれだけ探して何もねえんだから、普通そうなるだろ」
「それが正解だったんだ」
「はァ!?」
カイは笑う。
「探すことをやめた。だから見えた」
トモが上空の通路とジロウを交互に見る。
「それって、つまり……」
カイが頷いた。
「探している限り、絶対に見つからない」
ユカが勢いよく立ち上がる。
「何それ!? 意地悪すぎるよ!」
トモも即座に同意した。
「ほんとだよ! 私たちの8キロ返してよ!」
二人の抗議に、サクラが思わず笑った。
「ふふっ……」
上空の通路を眺めながら、感心したように呟く。
「さすが、セラ博士」
カイが振り返る。
「ん?」
サクラは少し呆れたような笑みを浮かべた。
「天才であるだけじゃない。一筋縄ではいかない性格みたいね」
リサも腕を組み、鼻で笑う。
「間違いないね。性格、いい感じにねじ曲がってるよ」
トモが拳を握った。
「会ったら絶対、文句言ってやる!」
その言葉に、アランまで苦笑する。
カイも小さく頷いた。
そして――白い通路の先を見据える。
「ますます会いたくなったな」
ユナの母。
シン統治システムの創造者。
そして――すべての真実を知る人物。
カイたちは、頭上へ伸びる奇妙な通路を見上げた。
次に越えるべき境界は、もう目の前にある。
ただし――。
そこへどうやって行くのか。
それは、まだ誰にも分からなかった。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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