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第30話②「あしながおじさん」

数日後ーー

《Analog Mind Café》。

窓の外では、

穏やかな陽光が街を照らしている。

店内にはコーヒーの香り。

カイ、アラン、サクラの3人が

テーブルを囲んでいた。


その周囲を、

ドローンモードのピコが

静かにホバリングしている。

いつもなら聞こえるはずの

ユカの声はない。

今朝、ユカは一人で海へ向かった。


「一人で行きたい」


そう言って。

ピコを連れて行くよう勧めても、

首を横に振った。

――きっと、ソウタに

別れを告げに行ったのだろう。


頭では分かっている。

それでも。

カイは何度も入口へ視線を向けていた。

落ち着かない。

自分でも理由は分かっていた。

いつの間にか――ユカがいることが、

当たり前になっていた。

そんな沈黙を破るように、

アランがカップを置いた。


アラン

「先日のAとの戦いで、

一つ確定したことがある」


全員の視線が向く。


アラン

「情報提供者Eは実在する」


静かな声。


アラン

「そして少なくとも、

Aとは敵対している」


サクラが頷く。


サクラ

「だから私たちはEを信じる」


テーブル上のデータパッドを指で叩く。


サクラ

「提供された侵入ルートを使って、

システム中枢へ突入する。

そして全てを終わらせる」


ピコが勢いよく浮上した。


ピコ

「いよいよ最終決戦ですね!」


誰も否定しない。

その言葉の重みを、

全員が理解していた。

アランがカイを見る。


アラン

「作戦は少数精鋭だ」


指を折る。


アラン

「俺、カイ、サクラ、

リサ、ジロウ、トモ」


6本目の指で止まる。


アラン

「以上6名」


そして続けた。


アラン

「ユカはどうする」


サクラも視線を向ける。


サクラ

「連れて行くの?」


カイは少しだけ考えた。

そして答える。


カイ

「ああ」


迷いはなかった。


カイ

「一緒に行く」


アランが眉を上げる。


アラン

「意外だな」


カイ

「何がだ?」


アラン

「置いていくと思ってた」


しばらく沈黙。

カイはコーヒーを一口飲み、

小さく笑った。


カイ

「俺も最初はそう思ってた。

でも今は違う」


仮想層での戦い。

あの光景を思い出す。

怪物化したD。

それを止めたユカ。


カイ

「ユカはもう、

守られるだけの存在じゃない」


サクラが静かに頷く。


カイ

「あいつなりに、戦う理由を見つけた」


サクラ

「そうね」


優しい笑み。


サクラ

「あの子、強くなったもの」


カイ

「それに――」


少し言葉を探す。


カイ

「ユカには何かある」


アラン

「共鳴波の件か」


カイ

「ああ」


Dを包み込んだ光。

怪物化を止めた力。

あれが偶然とは思えない。


カイ

「うまく説明できないが」


少し笑う。


カイ

「たぶん、あいつは

この戦いの鍵になる」


アランは黙って聞いていた。

やがて肩をすくめる。


アラン

「なら決まりだな」


カップを持ち上げる。


アラン

「7人目はユカだ」


ぴこ……


遠慮がちな電子音。

全員が振り向く。


ピコ

「あの……」


ピコ

「ピコはどうなのでしょうか?」


一瞬の沈黙。

カイが吹き出した。


カイ

「何言ってんだ」


ピコ

「え?」


カイ

「おまえがいなかったら、

情報収集や状況把握ができないだろ」


ピコのセンサーが明るく光る。


ピコ

「そ、そうでしたか!」


カイ

「もちろん来てくれ。

サポート、頼りにしてるぜ」


親指を立てる。

 

ピコ

「了解です!」


くるくる回転する。


ピコ

「留守番はどうも性に合わなくて!」


サクラが笑う。


サクラ

「あら、意外とアウトドア派だったのね」


ピコ

「最新型AIですので!」


アラン

「意味が分からん」


思わず全員が吹き出した。

久しぶりの笑い声だった。

ソウタを失った痛みは、

まだ消えていない。

けれど。

立ち止まってはいない。

それぞれが、

それぞれの想いを抱えながら。

最後の戦いへ向かおうとしていた。


***


ひとしきり笑い声が続く。

やがて静かになると、

カイがカップを置いた。

その表情は真剣だった。


カイ

「最終決戦の前に

聞いておきたいことがある」


全員が視線を向ける。


カイ

「アラン、サクラ」


少し間を置く。


カイ

「おまえたちは、なんで

レジスタンス活動を始めたんだ?」


店内が静かになる。

アランとサクラが顔を見合わせた。

先に口を開いたのはアランだった。


アラン

「俺は昔、傭兵だった」


カイ

「傭兵か……」


アラン

「紛争地帯を渡り歩いてた」


視線をコーヒーへ落とす。


アラン

「あれはアズル・シティだった。

ある日、戦闘中に

局所的なAI異常が発生した」


表情が曇る。


アラン

「兵器制御システムが暴走したんだ」


誰も口を挟まない。


アラン

「ドローンも。戦車も。

自動砲台も全部だ。

敵も味方も関係なかった」


拳がゆっくり握られる。


アラン

「目の前で次々と仲間が吹き飛んだ」


少しだけ目を閉じる。


アラン

「地獄だったよ」


店内の空気が重くなる。


アラン

「……あの日からだ。

俺はAIを信用できなくなった」


沈黙。


今度はサクラが口を開く。


サクラ

「私も似たようなものね」


カップを指先で回す。


サクラ

「高校の修学旅行の帰り」


カイ

「……」


サクラ

「AI制御の大型バスが突然暴走した」


窓の外へ視線を向ける。


サクラ

「橋から落ちたの。

同時はかなりのニュースになったわ」


静かな声。


サクラ

「友達はみんな死んだ。

生き残ったのは私だけ」


カイは何も言えなかった。

サクラは小さく肩をすくめる。


サクラ

「それ以来、

AIに全てを任せる社会が本当に

正しいのかって思うようになった」


少し笑う。


サクラ

「だからサイトを作ったの」


カイ

「サイト?」


サクラ

「事故の記録とか。私自身の体験とか」


アランが頷く。


アラン

「そのサイトを見つけたのが俺だ」


サクラ

「ユナもね」


カイの表情が変わる。


ユナ。

その名前だけで胸が少し痛む。


アラン

「そこで初期メンバーが集まった」


サクラ

「みんな考えてたのよ。

このままでいいのかって」


カイは静かに頷いた。

ユナがそこにいたのは自然だった。

デジタルに全てを委ねる風潮を嫌い、

母親の作ったシステムを

止めようとしていた。

レジスタンスに入ったのは、むしろ必然だったのかもしれない。

しばらくしてサクラが続ける。


サクラ

「そんな時よ」


表情が変わる。


サクラ

「スポンサーを名乗る人物が現れた」


カイ

「スポンサー?」


サクラ

「そう。正体不明のあしながおじさん」


カイ

「会ったことは?」


サクラ

「ないわ」


即答だった。


サクラ

「全部ネット越し」


アラン

「名前も顔も知らない」


カイ

「話だけ聞くと、怪しさ満載だな」


サクラが笑う。


サクラ

「本当にね」


そして少し真面目になる。


サクラ

「でも、その人は本物だった」


カイ

「どういう意味だ?」


サクラ

「私たちに教えてくれたの」


声が低くなる。


サクラ

「シン統治システムは、

すでにAIに乗っ取られているって」


ピコ

「……!」


サクラ

「さらにレジスタンス設立を提案して、

莫大な資金まで提供してくれた」


カイ

「それがレジスタンス誕生の経緯か」


2人が頷く。

カイは腕を組む。

考える。

そして呟く。


カイ

「そのスポンサー……」


アラン

「ん?」


カイ

「Eにそっくりだな」


店内が静まる。

姿を見せず、情報だけを渡し、

裏から支援する。

確かによく似ていた。


アラン

「俺もそう考えている」


サクラ

「スポンサーとEは同一人物。

その正体はーー」


アラン

「セラ博士」


サクラ

「ユナのお母さん」


カイは目を伏せる。

システムの開発者。

そしてユナの母親。

もし本当にそうなら――


カイ

「今回の侵入作戦は」


ゆっくり顔を上げる。


カイ

「その答え合わせでもあるわけか」


アラン

「ああ」


短く答える。

その時だった。

カイはふとピコを見た。

珍しい。

さっきから妙に静かだった。


カイ

「ピコ」


ピコ

「は、はい!」


少し反応が遅い。


カイ

「おまえ、セラ博士のこと

何か知らないのか?」


ピコの機体がわずかに揺れた。


ぴこ……


電子音が不自然に小さい。


ピコ

「えっ……」


一瞬の間。


ピコ

「い、いや……」


どこかぎこちない。


ピコ

「ユナとセラ博士が大喧嘩してから、

まったく会っていませんので……」


カイ

「……そうか」


返事はした。

だが、胸の奥に小さな違和感が残る。


カイ

(何か隠してるのか……?)


その瞬間――


カラン。


ドアベルが鳴った。

全員が振り向く。

入口には、

海風の匂いをまとったユカが立っていた。


***


ユカは店内を見渡した。

カウンター。コーヒーの香り。

聞き慣れた話し声。

ほんの数日前まで、

ソウタもここにいた。

胸の奥が少しだけ痛む。

そんなユカに、

サクラが優しく微笑みかけた。


サクラ

「おかえりなさい」


ユカ

「あっ……ただいま」


返事はしたものの、

どこか上の空だった。

まだ心の一部が、

あの海辺に残っているようだった。


サクラ

「みんなでコーヒー飲んでたんだけど、

ユカも何か飲む?」


ユカは首を横に振る。


ユカ

「今は、いい……」


小さく答える。

そして、そのままカイのもとへ歩いていく。

カイは椅子に腰掛けたまま、

近づいてくるユカを見上げた。


カイ

「どうした?」


ユカは拳を握る。

一度深呼吸。

そして真っ直ぐカイを見た。


ユカ

「これから、システムに行くんでしょ」


カイ

「ああ」


ユカ

「私も連れて行って……!」


迷いのない声だった。

店内が静かになる。

アランも。サクラも。ピコも。

誰も口を挟まない。

ユカの覚悟を感じていた。

しかし――


カイ

「いいぞ」


あっさり。


ユカ

「だから、ダメって言われても――!」


言いかけて止まる。

数秒の沈黙。


ユカ

「……え?」


ぱちぱちと瞬きをする。


ユカ

「今、なんて?」


カイ

「だから、いいって言った」


ユカ

「えっ?」


カイ

「ユカ、一緒に来てくれ」


穏やかな声だった。


カイ

「おまえはもう、

守られるだけの存在じゃない」


ユカの瞳が揺れる。


カイ

「おまえは俺たちの仲間だ」


一拍置く。


カイ

「AIからシステムを取り戻そう」


その言葉を聞いた瞬間――


へなへな……


ユカの膝から力が抜けた。

その場にぺたんと座り込む。


ピコ

「ユカ!?」


ユカ

「うぅ……」


ピコ

「どこか具合でも!?」


ユカ

「違う……」


ぽかんとした顔。


ユカ

「絶対反対されると思ってたから……」


アランが吹き出しそうになる。

サクラも口元を押さえた。


ユカ

「いっぱい説得する練習してきたのに……」


カイ

「してたのかよ」


ユカ

「うん、してた……」


真顔。


カイ

「無駄になったな」


ユカ

「うん……」


しょんぼりする。


ピコ

「希望が叶ったのに落ち込む人、

初めて見ました」


ユカ

「だって思ってたのとぜんぜん

違ったから……」


ピコ

「やれやれ」


呆れたように電子音を鳴らす。


ピコ

「システム中枢へ乗り込む前から

そんな調子では先が思いやられますね」


むかっ!


ユカが即座に反応する。


ユカ

「そんなことないもん!

ピコよりも役に立つもん!」


ぴしっと立ち上がる。


ピコ

「何を根拠にそんなことを言うんですか!?」


ユカ

「だって、ピコなんて電源切られたら

すぐに止まっちゃうじゃん!」


ぴこぴこん!


ピコ

「失礼な!」


負けじと詰め寄る。


ピコ

「内部バッテリーで

600時間以上の連続稼働が可能です!」


カイ

「おいおい」


ピコ

「ユカこそ3時間ごとに

『お腹空いた〜』と言って

動けなくなるじゃないですか!」


びしっと指をさす。


ユカ

「特大おにぎりと、おやつを

たくさん持っていくから大丈夫だもん!」


ピコ

「ピクニックじゃないんですよ!」


ユカ

「なによーっ!」


ピコ

「なんですか!」


ぎゃあぎゃあ。


店内に賑やかな声が響く。

アランは肩をすくめた。


アラン

「やれやれ」


サクラがくすりと笑う。


サクラ

「でも、元気になったみたいね」


カイも視線を向ける。

言い争っているユカとピコ。

その光景は、

いつもの日常そのものだった。


カイ

「そうだな」


自然と笑みがこぼれる。

ソウタを失った悲しみは消えない。

これから始まる戦いも厳しい。

それでも――

少しだけ。本当に少しだけ。

アナログマインドカフェに、

いつもの空気が戻っていた。



※作者の活動報告に各話の設定や裏話などのコメントを書いています。

https://syosetu.com/userblog/list/


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