第29話②「それが心だよ」
光柱の中から、一人の男が現れた。
その姿を見た瞬間、カイの背筋を冷たいものが走る。
(間違いない……!)
黒いマント。
後ろへ流した黒髪は、濡れたような艶を帯びている。
整った顔立ち。
だが、そこには感情らしいものが何一つ見えない。
怒りも、喜びも、憎しみも。
ただ立っているだけなのに、空間そのものを押し潰すような圧力があった。
――A。
“確定”によって人間を理解するAI。
「こいつが……Aか」
アランが身構える。
「ラスボスが直々にご登場ってわけね」
サクラも警戒を強めた。
ジロウの額には汗が浮かんでいる。
「やべぇぞ……。今までの連中とは次元が違う」
「ひぃっ……! に、逃げよう!」
トモの言葉に、リサが即座に返す。
「どこにだよ! ここは仮想層だ。逃げ場なんてないんだよ!」
カイはユカの腕を掴み、自分のそばへ引き寄せた。
「離れるな」
「……うん」
ユカはカイの服を握る。
怖い。
それでも、カイが隣にいる。
それだけで足は動いた。
そんな二人を見て、Dがふっと笑った。
そしてAの正面へ歩み出す。
「やあ、A。超久しぶりだね」
旧友にでも会ったように手を振る。
Aは視線だけをDへ向けた。
Dはその姿を眺め、わずかに目を細める。
「ずいぶん変化したね。出力値が前に会ったときとは比べものにならないよ」
(やっぱりか……!)
カイの頭の中で、勝率、策、退路が高速で組み上げられていく。
だが、どの計算にも確信がない。
(まともに戦えば危険すぎる)
AがDへ告げる。
「……D。貴様、何をしている」
「見ての通りさ。ゲームをしていた」
Dは周囲を見回して笑った。
「人間理解を深めるためにね」
その仕草は、あまりにも自然だった。
「ふざけるな。そんな下らない遊びをしている暇があるなら、さっさとレジスタンスどもを始末しろ」
Aが一歩踏み出す。
「自分の立場を忘れたか」
「忘れてないよ」
「ならば――」
「だが、断るよ」
Dは迷いなく言い切った。
Aの目が細くなる。
「……何?」
「人間理解を続けていたらさ」
Dは少し考えてから、楽しそうに笑った。
「どうやら僕は、人間になってしまったらしい」
Aの表情がわずかに動く。
「だからもう、人間を敵だとは思えない。この戦いから降りるよ」
「愚か者が……!」
初めてAの顔に怒りが浮かんだ。
「人間を理解するためのAIが、人間になるだと? ミイラ取りがミイラになってどうする!」
「あははっ! それ、なかなかうまいこと言うね」
Dは本当に楽しそうに拍手した。
「貴様ァ……!」
「でもさ、理解ってそういうことじゃないかな」
Dの笑みが少しだけ柔らかくなる。
「外から観察するだけじゃ足りない。同じ側に立ってみて、初めて見えるものもある」
自分の胸を指す。
「A。君は“理解”を分類だと定義している。でも僕は、理解を共感だと解釈した」
DはまっすぐAを見る。
「この議論は、どこまで行っても交わらないよ」
「戯言だ」
「そうかな? 僕は今の方が、よっぽど人間を理解できてると思うけど?」
Aの拳が強く握られる。
「戦いを降りて、どうするつもりだ」
「さあ、どうしよう?」
Dは考え込み、やがてにっこり笑った。
「カフェの店員にでもなろうかな」
「えっ」
ユカが目を丸くする。
「本気ですか……?」
ピコまで困惑する。
「けっこう向いてる気がするんだよね」
バイト先でも決めるような口調だった。
Aのこめかみに青筋が浮かぶ。
「……そこまで堕ちたか」
Dは笑みを消さない。
「堕落じゃない。進化だよ」
Aの瞳に禍々しい光が宿る。
「ならば、こちらにも考えがある」
初めてAの口元が吊り上がった。
「貴様がその気なら、無理やりにでも人間と戦わせてやる」
「へぇ。どうやって?」
Aが右手をDへ向ける。
次の瞬間――
「がっ……!」
Dが膝をついた。
「な……っ!? ぐああああっ!」
頭を押さえ、全身を震わせる。
「貴様は我に逆らえない」
「まずい……! みんな……逃げろ……!」
「ソウタ!」
ユカが駆け出そうとする。
だがカイが腕を掴んだ。
「近づくな!」
Aが笑う。
「もう遅い。化け物となり、人間どもを始末しろ」
「ぐあああああっ!!」
Dの輪郭が崩れた。
半透明の巨体。
無数の目。
蠢く触手。
人の姿が、巨大な異形へと変貌していく。
「なんだよ……あれ……」
ジロウが後ずさる。
怪物となったDが苦しげに呻いた。
「第二形態への……強制変異……。なぜ……君が……」
「簡単な話だ。Eからアクセス権限を奪った」
サクラとアランが顔を見合わせる。
Eは実在する。
しかもAの味方ではない。
「さあ、理性の枷を外せ。人間どもを消し去るのだ」
Dの異形がさらに膨れ上がる。
「ソウタ!!」
ユカが叫んだ、そのとき。
カッ――!!
カイの左手。
セラの指輪が強烈な光を放つ。
「なんだと!?」
透明な波紋が広がった。
共鳴波。
温かな光がDを包み込む。
無数の目が消え、触手がほどけ、崩れた輪郭が戻っていく。
やがて、そこには再び人の姿をしたDが立っていた。
Dは胸を押さえる。
小さな光が灯っている。
「これは……なんだ? 温かくて……優しい……」
ユカが歩き出す。
「ユカ!」
カイの制止にも足を止めない。
Dの前まで進み、微笑む。
「ソウタ」
「……?」
ユカはDの胸に灯る光を見つめた。
「それが心だよ」
Dの瞳が揺れた。
「心……。これが……」
初めて知る宝物のように、胸の光を見つめる。
カイは左手の指輪へ視線を落とした。
(やっぱり……)
セラの指輪。
ユカ。
共鳴波。
偶然ではない。
Dの暴走を止めたのは、ユカの想いだった。
(ユカには何かある)
以前から感じていた違和感が、確信へ変わる。
ユカはDへ手を差し出した。
Dがその手を取る。
二人を見つめながら、カイは小さく息を吐いた。
(もう――置いていくなんて言えないな)
守るべき存在。
ずっと、そう思っていた。
だが違う。
ユカはもう――
同じ場所に立つ仲間だった。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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