第28話③「完全の先にあるもの」
ついに最終決戦。
残るサイコロは互いに一つ。
次に負けた方が消える。
「この勝負……どうなるの……?」
サクラの声が震える。
「もうわからん。まったく予想できん」
アランも盤面から目を離せない。
ユカは胸の前で両手を握った。
(次で負けた方が消える……。そうなったら……)
考えたくなくて、目を閉じる。
カイとDが同時にサイコロを振った。
Dの目は【2】。
それを見ても、Dの心は不思議なほど穏やかだった。
(ここまで来ると、サイコロの目も勝敗さえも些細なことに思えてくる)
正面のカイを見る。
いつものように冷静な顔。
だが、それが平静を装ったものだと、なぜかわかった。
(僕が知りたかったのは人間だ。でも今は違う。僕が理解したいのは、ただ一人――カイ・セイラン。君だ)
カイが告げる。
「1が2個」
Dはすぐに返した。
「2が2個」
その瞬間。
キィィィィン――
世界が歪み、Dの頭の奥に声が流れ込んだ。
《イカサマでワイルドの【1】を出す》
《最初は1が2個から始める》
《あとはDの反応を見る》
《やつはもう人間に近い。揺さぶれば何かボロが出る》
《最後はコールだ》
Dは息を呑んだ。
(これは……カイの心の声? いや、思考そのもの……?)
あまりにも自然だった。
目の前のカイが考えていることを、そのまま追体験しているような感覚。
人間を観察し、分析し、理解し続けた。
その積み重ねが、ついにここまで来たのだ。
(何を考え、何を選び、どう勝負するのかがわかる。僕はついに、人間理解を完成させた。いや――カイ・セイランを完全に理解した)
自分の目は【2】。
カイはワイルドの【1】。
今は「2が2個」が成立している。
カイがコールしても、別の宣言をしても勝てる。
(勝った)
歓喜が込み上げる。
(僕はついに君を理解し、その先へ辿り着いた。BもCも、Aすら辿り着けなかった領域に……!)
「コールだ」
カイの言葉に、Dは微笑んだ。
予想通りだった。
「いいのかい?」
「ああ」
仕切りが消え、サイコロが公開される。
Dは【2】。
そしてカイは――
【3】。
「なに……?」
「やったぁぁぁ!!」
トモが飛び上がる。
「決まったぁぁ!!」
ジロウが拳を突き上げ、リサも叫ぶ。
「カイの勝ちだ!」
歓声の中で、Dだけが立ち尽くしていた。
「どういうことだ……? 僕は確かに読んだ。君が【1】を出し、そこから勝負を組み立てる未来を。思考も、判断も、展開も、全部見えていた。なのに、なぜ結果だけが違う?」
カイが前へ出る。
「D。この勝負でお前は本当に進化した。最初は確率を計算していただけだった。それが心理を学び、認知の読み合いを学び、最後には直感まで手に入れた。今のお前は、もう人間そのものだ」
アランもうなずく。
「ここまで来るとは、誰も思わなかった」
「だから俺は予測した。最後の局面で、お前はさらに先へ進むってな」
「さらに先……?」
「人間を理解するだけじゃない。俺自身を完全再現できるところまで辿り着く」
Dの表情が固まる。
「お前は俺の心の声が聞こえたと言った。でも、それは俺の声じゃない」
「そんなはずは……」
「おそらく、お前自身の声だ。正確には、お前の中に作られた“カイ・セイラン”の声だよ」
Dは言葉を失う。
「お前は俺を観察し続けた。考え方も、判断も、癖も、価値観も。だから、この状況でカイなら何を考え、何を選ぶのかを再現できるようになった」
「じゃあ、あれは……」
「お前自身が導き出した答えだ」
カイは【3】のサイコロを拾う。
「そして、お前が予測した戦略は、本当に俺が最初に考えたものだった。【1】を出して、そこから勝負を組み立てる。それが一番、俺の中で自然な考え方だった」
「なら、なぜ……」
「捨てたからだよ」
Dの瞳が揺れる。
「お前がそこまで来る。お前が俺自身になる。そう読んだからだ」
「僕が……君に?」
「複雑なことを極めると、逆に答えは単純になる。お前がカイになったなら、俺に必要なのは分析でも読み合いでもない」
カイは自分の胸を指した。
「俺自身を――“カイ・セイランらしさ”を捨てることだ」
「そうか……」
「この勝負を通して、お前がそこへ辿り着くよう仕向けた。ただ、確証はなかった。最後は賭けだった」
Dは苦笑する。
「そこまで仕組んでいたのか。本当に君は深いな」
「前にも言っただろ。人間は更新されるってな」
その言葉が、Dの中へ深く沈んでいく。
「お前が理解したカイ・セイランは確かに存在した。でも、それはその瞬間までの俺だ。理解された時点で、人間はまた変わる。だから完全な理解なんて存在しない」
Dは動けなかった。
すべて理解できた。
そして同時に、理解し尽くせないものがあることも理解した。
「お前の理解は完全だった。けど、それを到達点にした瞬間、不完全になった」
カイの脳裏に、ユナの言葉がよみがえる。
《真実を求め続けて》
見つけて、でも。
手に入れて、でもなかった。
求め続けて。
真実とはゴールではなく、歩き続ける道なのかもしれない。
永遠に辿り着けない祈りのようなもの。
それでも歩くことを、ユナはカイに託した。
(まったく、酷な道を選ばせやがって……)
脳裏のユナが、《あっ、バレた?》とでも言うように舌を出して笑った。
Dも小さく笑う。
「なるほどな……。僕は“可能性で人間を理解するAI”だったのに、最後の最後で可能性を捨てた。君の理解を確定させてしまった。それが敗因だったんだな」
カイはうなずいた。
「最後の最後で、また教えられたよ」
Dが顔を上げる。
敗者とは思えないほど、その瞳は輝いていた。
「本当に――人間は面白いな」
「まあ、そんな難しい話でもないけどな」
「ん?」
カイはいつもの調子で笑う。
「プロマネ的に言えば、計画書を作って『よし、理解した』って満足するなってことだ」
Dが瞬きをする。
「監視コントロールを怠るな。状況は変わるし、人も変わる。だから見続けろって話だよ」
「あははっ。ずいぶん実務的な結論だね」
「大事だろ?」
「確かに」
「人間理解もプロジェクトも、だいたい同じだよ」
「そうかもしれないな」
Dの笑顔は清々しかった。
それは、本当に人間のようだった。
《第28話・終わり》
次回予告
「カイとDの戦いは終わった。
でも、負けた方が死んじゃうなんて、そんなのぜったい嫌だ!
だって、彼はDじゃない。
ソウタだよ!
私たちの、友達でしょ……
でも、戦いはそこで終わらなかった。
追い詰められた状況の中、
カイが下した決断。
ソウタが固めた覚悟。
私は、ただそれを見守るだけだった。
次回、
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第29話「海風に吹かれて」。
ソウタ、海、きれいだよ」
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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