第28話②「人間の戦い方」
勝負はさらに進んでいた。
Dの残りは3ポイント。
カイは2ポイント。
まだDが一歩リードしている。
二人がダイスを振る。
Dの手元には――
【2・2・6】
それを確認し、Dが告げた。
「2が3個」
カイも自分のダイスを見る。
「6が3個」
「また攻めた!」
ジロウが声を上げ、アランも眉をひそめる。
「この状況でか……」
Dは黙ってカイを見つめた。
自分の手元に6は一個。
宣言が成立するには、カイの二個がどちらも6でなければならない。
可能性はある。
だが、高くはない。
(またイカサマか……?)
そう考えた直後、Dは思い直す。
(いや。カイ・セイランなら、そこまで読ませる可能性もある)
イカサマを疑わせる。
そして、その疑いさえ利用する。
前の勝負で、すでに見せられた。
判断材料を探した、そのときだった。
Dの記憶に、ある仕草が浮かぶ。
ダイスを振った直後。
カイはほんの一瞬、右頬に触れていた。
(右頬……)
ソウタとして過ごしていた頃。
ユカとカイがボードゲームで対戦している姿を眺めていた。
追い詰められた終盤。
考え込んだカイは、何度も右頬に手をやっていた。
(カイさんって、緊張すると右頬を触るんだな)
その勝負は、カイの敗北で終わった。
Dは目の前のカイを見る。
表情は平静。
だが、あの仕草だけは確かにあった。
(つまり、緊張している)
そして、その理由は――
(ブラフ)
本当に6を二個持っているなら、ここまで神経を尖らせる必要はない。
カイは大胆だ。
だが、無謀ではない。
(イカサマの可能性は……)
Dは最後にもう一度考え、否定する。
右頬に触れる癖。
あれは演技ではない。
無意識だからこそ価値がある。
(なら、答えは一つ)
Dは顔を上げた。
「……コール」
「えっ!?」
サクラが驚き、アランも身を乗り出す。
「継続じゃないのか!?」
Dはカイから目を離さない。
「成立していない」
そして断言する。
「カイ・セイラン。君はブラフをかけている」
カイは何も言わず、ダイスを開いた。
【6・6】
Dの【2・2・6】と合わせれば――
6は3個。
成立。
「うそぉぉぉっ!?」
「マジかよ……!」
トモとジロウの声が響く。
Dの目がわずかに開いた。
だが、すぐに何かを理解したように笑う。
「……なるほど」
「何がだ?」
「僕は読まされた」
カイが小さく笑う。
「右頬を触る仕草……」
「さすがだ」
「ソウタだった頃の記憶を思い出した。君は緊張すると右頬を触る」
カイは否定しない。
「だから僕は、君がブラフをかけていると判断した」
「その通りだ」
「だが、実際は違った。なぜだ?」
カイは肩をすくめた。
「その癖は、ユカとピコに指摘されてたんだよ」
「……!」
ユカも思い出す。
以前、カイとボードゲームをした後のこと。
『カイってさ、負けてくると手でほっぺた触るよね』
『え、そうか?』
『約64%の確率で行っています』
『その癖が出たら、“カイ、困ってるんだ〜”って分かるから、一気に攻めようと思うんだ』
『ユナみたいだな。今度から気をつけるよ』
『気をつけてもムダだよ〜』
あのとき、自分は笑っていた。
(あの癖を……逆手に取ったんだ)
カイが挑発するようにDを見る。
「だから、利用させてもらった」
「……」
「お前なら、そこまで読むと賭けた」
Dはしばらく黙り込み、やがて苦笑した。
「僕は君の癖を見抜いたつもりだった」
「実際、見抜いてたよ」
「だが、その情報自体がすでに古かったわけか」
カイは笑った。
「人間は更新されるからな」
Dも笑う。
「なるほど。本当に人間はおもしろすぎるよ」
そこで言葉を切り、カイを見る。
「いや――君が、かな」
パキッ――
Dのダイスが一つ砕ける。
残り2ポイント。
2対2。
勝負は振り出しへ戻った。
***
さらに勝負は進む。
D、残り1ポイント。
カイ、残り2ポイント。
今度はカイが優勢だった。
「これで一気に決められたら……」
「終わるな」
サクラとアランが見守る中、ダイスが転がる。
Dの手元。
【6】
Dはその一個を見つめたあと、顔を上げた。
「6が3個」
「はぁ!?」
「3個!?」
トモとリサが同時に声を上げる。
成立する条件は一つ。
カイの残る二個が、両方とも6。
これまでのDなら、まず選ばない宣言だった。
「コールだ」
カイは即答した。
「即答かい」
「ああ」
カイはDを真っ直ぐ見据える。
「正直、ここまで来たら、お前が何を考えてるかは読めない」
「確かに……」
サクラが呟く。
「だから直感だ」
すると、Dも笑った。
「僕もさ」
「……何?」
「AIらしく確率を計算するのも、君の性格や過去の行動から未来を予測するのもやめた」
カイの眉が動く。
「だってそうだろ? 人間は予測通りになんて動かない」
Dはどこか晴れやかな顔をしていた。
「君たちは常に更新される」
誰もがDを見る。
「だから思ったんだ。理解するだけじゃ足りない」
ゆっくりと笑う。
「同じ場所まで降りなきゃ」
「まるで人間だな」
カイの言葉に、Dの笑みが深くなる。
「その通りさ」
両手を広げる。
「直感、期待、願望、運――そんな不合理なものに身を委ねることも含めて、人間なんだろう?」
Dはカイを見据えた。
「どうだい、カイ・セイラン?」
カイの口元が上がる。
「こいつは……強敵だな」
ユカは胸の前で手を組んだ。
Dが自分のダイスを開く。
【6】
続いて、カイも開く。
【6・6】
誰もすぐには声を出せなかった。
「え……」
「マジかよ……」
「成立してる……」
6が3個。
宣言成立。
カイが1ポイントを失う。
1対1。
ついに、最後の一個ずつ。
「意外だったかな」
Dが尋ねる。
カイは少し黙ったあと、笑った。
「……ああ」
「当然だ。以前の僕なら、絶対に選ばなかった」
「だろうな」
「でも、それが人間の戦い方なんだろう?」
Dの瞳は心底楽しそうだった。
「君から学ばせてもらったよ。最高の気分だ」
そして、満足そうに告げる。
「僕はまた一つ、人間を理解した」
「違うな」
「ん?」
「お前は理解したんじゃない」
カイは笑った。
そこに敗北への焦りはなかった。
目の前の相手への、奇妙な敬意があった。
「人間になったんだよ」
ユカが目を見開く。
Dも言葉を失った。
まるで、予想もしなかった答えを受け取ったように。
そして次の瞬間――
「ははっ……!」
Dは心の底から楽しそうに笑った。
「それは最高の褒め言葉だよ」
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