第28話①「敵に因りて勝を制す」
カイ対D。
ライアーズダイス、第二戦。
現在のHPは――
【カイ:4】
【D:5】
二人が同時にダイスを振る。
転がる音が止まったところで、Dはふとカイを見た。
(何だ、この違和感は……?)
うまく言葉にできない。
だが、何かが引っかかる。
その視線に気づいたカイが、ちらりと顔を上げた。
「どうした?」
「いや、何でもない」
Dは自分のダイスへ目を戻す。
【2・3・4・5・6】
(綺麗に散ったね)
思わず笑みが漏れる。
偏りがない。
確率計算だけなら扱いやすい盤面だ。
こちらは五個。
カイは四個。
数の上ではDが有利。
だが、Dはもう知っている。
人間相手に、数の有利は絶対ではない。
人間は確率を裏切る。
だから面白い。
二人の宣言が何度も積み重ねられていく。
やがてDが告げた。
「4が4個」
十分にあり得る数字。
カイは表情ひとつ変えず、即座に返した。
「5が5個」
観戦していたトモが目を丸くする。
「また攻めてる……」
隣ではアランが眉をひそめた。
「根拠があるのか?」
Dは目を細める。
(面白い)
カイの行動傾向は把握している。
無謀な賭けをする男ではない。
だが、追い詰められれば踏み込む。
ピコが行った分析も記憶している。
(何かあるな)
Dは、ここまでのカイの動きを思い返した。
何度かダイスへ触れていた。
指先。
手首。
掌。
ごくわずかな動き。
普通の人間なら見逃す。
だが、Dは見逃さない。
(なるほど。さっきの違和感は……)
答えにたどり着く。
(こいつ、イカサマしたな)
口元が緩んだ。
実に人間らしい。
もしカイがダイスを操作したのなら、残った四個すべてを同じ目に揃えることも可能だ。
仮にすべて5なら――
カイの5が四個。
Dの5が一個。
合計五個。
「5が5個」という宣言は真実になる。
ここでコールすればDの負け。
(だが――)
思考がさらに先へ進む。
カイは、自分がイカサマを見抜くことまで計算しているのではないか。
ならば。
本当に5なのか?
予測が枝分かれしていく。
カイが5を揃えた可能性。
別の目を揃えた可能性。
あえて何もしていない可能性。
こちらが深読みすることまで狙った可能性。
無数の選択肢を追い始めたDへ、カイが笑った。
「動きが止まっているぞ」
Dの眉がわずかに動く。
「怖くなったか?」
(怖い?)
妙に引っかかる言葉だった。
カイはさらに続ける。
「人間理解、完成したんじゃないのか?」
Dは答えない。
「なら読めるだろ」
カイが自分を指さす。
「俺を」
Dの中に、新たな違和感が生まれた。
読める。
理解できる。
予測できる。
それこそが自分の強みだった。
そうやって人間という存在を理解してきた。
だが今、カイはそこを突いている。
(僕は、カイがイカサマをしたと理解した)
それは間違いない。
(だけど――)
Dの思考がさらに深く潜る。
(それを理解した僕を、カイは理解している)
なら、この宣言は罠なのではないか。
初めて判断が揺らいだ。
確率ではない。
心理だ。
気づけばDはダイスではなく、カイの顔を見ていた。
カイは何も言わない。
ただ、薄く笑っている。
その時点で、主導権はすでに移っていた。
Dは決断した。
「……コールしない」
(おそらく、5は本当に五個ある。ここではコールできない……!)
そして宣言を重ねる。
「6が5個」
カイの口元が大きく吊り上がった。
「コールだ」
Dの瞳が開く。
早い。
迷いがまったくない。
《オープン》
仕切りが消える。
Dの出目。
【2・3・4・5・6】
そして――
カイの出目。
【5・5・5・5】
「うおっ!?」
ジロウが声を上げる。
「全部5!?」
トモも身を乗り出し、サクラが目を見開いた。
「まさか……!」
Dは盤面を見つめる。
読めていた。
カイがダイスを揃えていることも。
その目が5である可能性も。
そこまでは読めていた。
だからこそ――
さらに読んでしまった。
カイは、そこを狙ったのだ。
「やはり、イカサマを……」
Dが苦笑すると、カイは肩をすくめた。
「よく分からないな。ただ……」
「ただ?」
「人間はさ」
カイはDを見る。
「理解されると、それすら利用するんだよ」
Dはカイの顔を見つめたあと、ふっと笑った。
「ありがとう。また一つ理解できた」
負けたというのに、本当に楽しそうだった。
パリン――。
Dのダイスが一つ砕け散る。
残り四個。
しかし、その瞳は敗北する前よりも輝いていた。
***
《勝者――カイの攻撃》
機械音が仮想層へ響く。
Dは両手を軽く広げ、大げさに肩をすくめた。
「どうぞ」
まるでゲームの続きを促しているかのようだった。
カイは左手の指輪へ目を落とす。
「リアライズ――」
青白い光が溢れ、無数の粒子が空中へ舞い上がる。
それらは一本の剣へと収束していく。
「パラレル・アーカイブ――エクスカリバー・ライトエディション」
現れたのは、白銀に輝く聖剣。
Dが興味深そうに眺める。
「へぇ……それが指輪の力」
カイが踏み込んだ。
ブォン――!!
聖剣が大きな弧を描く。
斬ッ――――!!
光の斬撃が一直線に走った。
「っ――!」
Dの身体が光に飲み込まれる。
激しい衝撃に弾き飛ばされ、地面を何度も跳ねる。
数メートル先で止まったDを見て、ユカが息を呑んだ。
Dは片膝をつき、胸を押さえる。
「ぐっ……」
それでも、口元には笑みが浮かんでいた。
「さすがに効くね」
口元を拭った指先から、赤い光の粒が散る。
空中のゲージが変化した。
【5 → 4】
「やったあ!」
トモが拳を突き上げる。
「これで同点だ!」
ジロウも喜ぶ。
だが――
ユカだけは笑えなかった。
(……違う)
胸の奥が締めつけられる。
Dは敵だ。
危険なAIだ。
そんなことは分かっている。
それでも脳裏によみがえるのは、カフェにいたソウタだった。
コーヒーを淹れていた姿。
困ったように笑う顔。
ボードゲームに負けて悔しがっていた姿。
あの日々も。
あの時間も。
全部が偽物だったとは、どうしても思えない。
(こんなの……)
カイが傷つく。
Dが傷つく。
どちらを見ても胸が痛んだ。
(こんなの、間違ってるよ……)
ユカは拳を強く握る。
それでもゲームは終わらない。
カイとDは、もう一度向かい合う。
何事もなかったかのように。
その光景が――
ユカには、ひどく残酷に見えた。
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