第27話③「ライアーズ・ダイス」
仮想層――。
赤、青、金。
無数のデータの光が流れ、空と地平線の境界すら曖昧な世界を形作っている。
カイはDを見据え、一歩前へ出た。
「で――何で勝負するつもりだ?」
Dは楽しそうに目を細める。
「言っただろう? 僕は人間を理解した」
くるりと身を翻し、両手を広げる。
まるで新しいおもちゃを見せびらかす子供のようだった。
「それが本当なのか確かめたい。そして勝負を通して――もっと君たちを理解したいんだ」
口元に浮かんでいるのは、純粋な好奇心。
敵意がないからこそ、かえって不気味だった。
ジロウが頭をかく。
「なんかさ……言ってることだけ聞くと、すげぇ爽やかなんだけどな」
「わかる」
トモも何度もうなずく。
「青春ラブコメに出てくる、さわやか系男子みたい」
「だから余計怖いんだろ!」
リサのツッコミにも、Dはまるで動じない。
周囲を漂っていたサイコロを一つ、指先でつまみ上げた。
「だからこそ――」
サイコロを空へ放る。
コロコロと回転した直後――
パァン!
光とともに分裂した。
一つが二つ。
二つが四つ。
四つが八つ。
そして十個。
星のように広がったサイコロを見て、トモが目を丸くする。
「増えた!?」
同時に空間が歪み、カイとDの間に長方形のテーブルが出現した。
中央には高い仕切り。
互いの手元が見えない構造だ。
十個のサイコロが五個ずつ、二人の前へ降りて整列する。
Dは一つを拾い上げ、楽しそうに笑った。
「ライアーズ・ダイスだ」
その言葉に、ユカが息を呑む。
「……!」
サクラが彼女を見る。
「知っているの?」
「うん。ユナお姉ちゃんが残したボードゲームの中にあったの」
カイの表情がわずかに動いた。
アランが腕を組む。
「どんなゲームだ?」
ユカは両手でサイコロを包む仕草をした。
「最初に全員がサイコロを振るの。でも、自分の出た目しか見ちゃダメ」
「つまり、相手の情報はわからない?」
「うん。その状態で、ぜんぶの出た目を予想するの」
ジロウが首を傾げた。
「全部の予想?」
「例えば――『5が全部で4個ある』とか」
「へえ」
感心するトモに、ユカは説明を続ける。
「次の人は、それを信じるなら、もっと大きい宣言をする。でも嘘だと思ったら――コールをかける……!」
ユカが拳を握る。
「そして、全員がサイコロを見せるの」
アランが納得したようにうなずいた。
「なるほど。宣言どおりならコールした側の負け。嘘なら宣言した側の負けってことか」
「ユカの説明の通りです!」
そこへピコが勢いよく浮かび上がる。
「つまりこれは、ただの運ゲーではありません! 確率計算! ブラフ! 心理戦! すべてを同時に行うゲームです!」
Dが満足そうに拍手した。
「その通り。人間は嘘をつく。だが同時に、嘘を見抜こうともする」
サイコロを握り、ニヤリと笑う。
「理性と感情。確率と直感。論理と願望」
そしてカイへ視線を向けた。
「人間理解には最高のゲームだと思わないかい?」
サクラが小さく息を吐く。
「なるほどね……いかにも人間理解を求めるあなたたちAIが選びそうなゲームだわ」
ユカは黙って二人を見つめていた。
脳裏によみがえるのは、カフェで遊んだ日のこと。
笑いながらサイコロを振ったソウタ。
悔しそうなカイ。
得意げなピコ。
あの時間は本物だった。
少なくとも――ユカにとっては。
けれど今、目の前にいるのはソウタではない。
Dだ。
そして、これから始まるのは遊びではない。
レジスタンスの未来を懸けた勝負だ。
胸の奥が締めつけられる。
(同じゲームなのに……まるで別物みたい……)
不安そうなユカの視線がカイへ向く。
それに気づいたのか、カイは振り返らないまま肩をすくめた。
「安心しろ」
そのまま椅子へ腰を下ろす。
「俺は負けない」
Dも向かい側へ座った。
その顔は、本当に楽しそうだった。
「それじゃあ始めようか。人間代表、カイ・セイラン」
カイもニヤリと笑い返す。
「後悔するなよ」
二人が同時にサイコロを握る。
そして――勝負の幕が上がった。
***
半透明のテーブルを挟み、カイとDが向かい合う。
それぞれ五個のサイコロを手に取った。
「では始めようか」
「ああ」
二人が同時にサイコロを振る。
転がった出目を確認する。
中央の仕切りがあるため、相手の数字は見えない。
カイの出目は――
【1・2・3・5・6】
(もう少し偏っていた方が、いろいろ仕掛けられるが……ここからどうするかな)
対するDは表情一つ変えない。
まるで出目など存在しないかのようだった。
(読めねぇな)
システム音声が響く。
《先攻:D》
Dが口を開いた。
「3が全部で2個」
無難な宣言。
カイは即座に返す。
「3が3個」
「4が3個」
淡々と数字が積み上がっていく。
ユカが二人を見つめる。
「始まった……」
「ずいぶん慎重ね」
サクラの言葉に、ピコが答える。
「序盤は情報収集です」
Dが自分のサイコロへ視線を落とし、口元をわずかに吊り上げた。
「6が4個」
その数字に、観戦していた全員の表情が変わる。
カイは自分のサイコロを見る。
【1・2・3・5・6】
(俺の手元には6が一つ)
ということは、D側にあと三つ必要になる。
あり得ない数字ではない。
だが、安全な宣言とも言い難い。
(かなり攻めている)
Dを見る。
表情は変わらない。
それでも宣言には迷いがなかった。
(何か根拠があると見るべきだな……)
カイは小さく息を吐く。
「乗ろう」
「……!」
ユカの目が見開かれる。
Dも興味深そうに瞳を細めた。
次はカイの番。
普通なら、ここで降りる。
あるいは比較的安全な数字を積む。
だが――
(さて……ユナならどうする?)
すると頭の中で、いつものユナが笑った。
《まだ始まったばっかりだし♪ 相手の出方を見るためにも、ここは行っちゃえーっ!》
(そう言うよな……)
思わず苦笑する。
無茶なのはわかっている。
それでも、その声が不思議と背中を押した。
カイはDを見据え、ニヤリと笑う。
「6が5個」
「おっ」
ジロウが身を乗り出す。
「攻めた!」
トモの声に続き、リサも眉を上げる。
「いきなり行くねぇ……」
ユカは息を呑んだ。
Dはその宣言を聞くと、どこか嬉しそうに目を細める。
「なるほど」
指先でサイコロを弾いた。
「面白い」
そして、あっさりと言い放つ。
「コールだ」
カイの目がわずかに細くなる。
「5個は存在しないだろう」
断言だった。
その声には確信がある。
《オープン》
ブゥン――。
二人を隔てていた仕切りが消失した。
全員の視線がサイコロへ集まる。
カイ。
【1・2・3・5・6】
D。
【6・6・6・4・5】
「あっ……!」
ユカが声を漏らす。
カイの6が一つ。
Dの6が三つ。
合計――四つ。
アランが盤面を確認する。
「足りないな」
「コール成功か……!」
ジロウが唸る。
カイは並んだサイコロを見つめた。
「……そうか」
不思議と悔しさはなかった。
無茶を承知で踏み込んだ。
結果は外れ。
だが――データは取れた。
Dは満足そうにうなずく。
《Dの勝利》
パリン――。
カイの前に浮かんでいたサイコロの一つが砕け、光の粒となって消えていく。
残り――四個。
「カイ……」
ユカの不安そうな声が漏れる。
その光景を見つめながら、ユカの背筋を冷たいものが走った。
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