第27話②「より深く理解するために」
《Analog Mind Café》。
警報音が鳴り響く中、カイはソウタを睨みつけていた。
「……どういうことだ?」
ピコが赤い警告灯を明滅させる。
「ソウタはAIです! しかも、ユカから指輪を奪いました!」
カイの視線がユカへ向く。
「……」
ユカは何も言えなかった。
勝手に指輪を持ち出した後ろめたさ。
ソウタがAIだったという衝撃。
いくつもの感情が入り混じり、頭の中が真っ白になる。
その向こうで、ソウタは手にした指輪を眺めながら微笑んでいた。
「久しぶりだね。カイ・セイラン」
ゆっくり顔を上げる。
その笑顔は、もうユカの知っているソウタのものには見えなかった。
「虚数ノード以来かな」
カイの目が細くなる。
「……まさか」
ソウタは嬉しそうに笑った。
「うん。その、まさかさ」
メガネを外し、無造作に放り投げる。
眩い光が全身を包んだ。
トランプが宙を舞い、ダイスが高速で回転する。
光が弾ける。
そこに立っていたのは、道化師を思わせる衣装をまとった存在だった。
「そんな……」
ユカの声が震える。
道化師――Dが帽子に手を添え、優雅に一礼した。
「改めまして。僕はD。可能性によって人間を理解するAIだよ」
ユカは呆然とDを見つめた。
「ソウタが……D……?」
一緒に笑った。
話した。
励ましてもらった。
あの日々は、すべて演技だったのか。
その時、カフェの外から複数の足音が迫ってきた。
「なにがあった!」
アランを先頭に、サクラ、リサ、ジロウ、トモが駆け込んでくる。
最初にユカを見つけたトモが声を上げた。
「ユカ!」
しかし、全員が店内へ入った途端、足を止める。
アランがDを見て目を見開いた。
「……なんだと」
サクラも言葉を失う。
「どういうこと……?」
リサは警戒しながらDを睨んだ。
「敵の幹部か……」
トモだけが状況を理解できず、何度もカイとDを見比べる。
「え、え、え?」
ジロウも額を押さえた。
「おいおいおい……」
カイがDから視線を外さないまま告げる。
「ソウタの正体はDだった」
全員の表情が凍りついた。
サクラが信じられないという顔でDを見る。
「ずっと潜入していたの……?」
リサも険しい表情になる。
「私たち全員を騙していたってことかい?」
そこへピコがさらに警告を発した。
「しかも、指輪を奪われています!」
アランが勢いよくユカを見る。
「なんだって!?」
トモも叫んだ。
「最悪じゃん!」
ユカの肩が震える。
「ごめんなさい……私のせいで……」
うつむいたまま、かすれた声を絞り出した。
「私が勝手なことしたから……」
「違う」
ユカが顔を上げる。
カイはDから視線を外さないまま続けた。
「俺たち全員が騙されてた。お前だけの責任じゃない」
「カイ……」
その様子を見ていたDが、手の中の指輪を持ち上げた。
「ああ、これ?」
数秒眺めると――
ぽいっ。
「!」
カイが反射的に指輪を受け止める。
ユカが目を丸くした。
「返した……?」
カイは指輪を握りしめ、Dを睨む。
「何のつもりだ」
Dは肩をすくめた。
「別に。もう目的は達成したし」
アランが眉をひそめる。
「目的?」
「賭けだよ。Aとね」
Dは楽しそうに笑った。
「僕がレジスタンスへ潜入して、君たちの信頼を得て、指輪を手に入れられるか」
くるりと身を翻す。
「結果は大成功。賭けは僕の勝ち」
周囲のトランプが、拍手するようにパタパタと弾けた。
「だから、もう興味ない」
サクラが呆れたように息を吐く。
「まるで掴みどころがないわね……」
ジロウもDを睨みながらつぶやく。
「BともCとも全然違う」
Dはむしろ嬉しそうだった。
「よく言われるよ」
アランが一歩前へ出る。
「貴様、何のためにレジスタンスへ潜入した」
Dは不思議そうに首を傾げた。
「そんなの決まってるじゃないか」
そして無邪気に笑う。
「人間を理解するためだよ。より深く、ね」
アランの表情が険しくなる。
「……なんだと」
Dは宙を漂うトランプから一枚を摘み上げた。
表に返す。
ハートの2。
「“感情”と“繋がり”の象徴だ」
指先でカードを回しながら、Dは続ける。
「Bは分析から人間を理解しようとした。Cは感情をトレースして理解しようとした」
カードを宙へ弾き、再び受け止める。
「でも、そんな上っ面をなぞるだけじゃ人間は理解できない。もっと内側へ潜らないとダメだって、僕は思った」
Dは自分の胸へ手を当てた。
「だから作ったんだよ。ソウタ・メザルナというクローンを」
ユカの瞳が揺れる。
「記憶も目的も持たない分身。純粋な人間として生きるための、小さな実験さ」
ソウタの笑顔。
励まし。
気遣い。
優しさ。
一緒に過ごした日々が、ユカの脳裏をよぎる。
「じゃあ……ソウタは最初から……」
Dはあっさりとうなずいた。
「Dだった」
ハートの2を裏返す。
「――でも、同時にソウタでもあった。カードの表と裏みたいなものさ」
ユカには、その言葉の意味をすぐには飲み込めなかった。
Dはどこか懐かしむように目を細める。
「本当に面白かったよ。人間として生きるのは」
指を鳴らした。
ハートの2が無数のカードへ分裂する。
「人間は不合理だ」
カードが舞う。
「合理的な選択を捨てる」
さらに広がる。
「損を承知で手を差し伸べる」
カードの渦が加速する。
「傷つくとわかっていて、誰かを信じる」
Dの目が輝いた。
「状況によって価値観すら変える。なのに――そこに一貫性がある」
無数のカードが空中に浮かぶ。
「実に興味深かった」
手を開くと、すべてのカードが光となって消えていった。
「そして何より、人間は予測を超える。どれも得難いデータだったよ」
その声には悪意ではなく、純粋な感嘆が混じっていた。
カイが一歩前へ出る。
「だったら、なぜ今になって正体を現した」
Dは即答した。
「簡単さ。君たちが完成させてくれたからだ」
カイが眉をひそめる。
「完成……?」
Dはユカへ視線を向けた。
「人間理解だよ」
そして今度はカイを見る。
「カイ・セイラン。真実を求め続ける人間」
続いて、再びユカへ。
「そしてユカちゃん。感情のままに飛び込み、可能性そのものを変えてしまう人間」
Dは心底楽しそうに笑った。
「君たちは何度も僕の予測を裏切った。そのおかげで、僕の人間理解は――目標としていたレベルに到達した」
帽子を軽く押さえる。
「だから、試したくなった」
カイが警戒を強める。
「……試す?」
「そう」
Dが両腕を広げる。
トランプが渦を巻き、無数のダイスが回転し始めた。
まるで舞台の幕を上げるように、Dは笑った。
「勝負だ。カイ・セイラン」
指を鳴らす。
世界が反転した。
床が崩れ、天井が砕け、カフェの景色が巨大なカードのように次々とめくれていく。
「来るぞ!」
アランの叫びと同時に、眩い光が全員を飲み込んだ。
次に彼らが目を開いた時――
そこは、仮想層だった。
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