第27話①「小さな罪悪感」
浴室に、熱いシャワーの音が響いていた。
カイは壁に片手をつき、流れ落ちる水をぼんやりと見つめている。
脳裏によみがえるのは、ユカの言葉だった。
《今まで役に立ってきた!》
《私だって戦ってきた!》
「……戦う理由、か」
自分にはあると思っている。
ユナから託された願い。
真実を求めること。
AIがシステムを乗っ取った、その真相を暴くこと。
それが自分の戦う理由だ。
少なくとも、そう信じていた。
「もし、この先……仲間が危険になったら」
カイは目を閉じた。
「俺は……本当に踏み止まれるのか?」
ユナを失った。
あの日の喪失は、今でも胸の奥に刺さったままだ。
残された者がどれほど苦しいか。
置いていかれる側が、どれほど後悔するか。
嫌というほど知っている。
それでも――
もし仲間が危機に陥ったら。
自分が犠牲になれば救える状況になったら。
その時、本当に自分だけ生き残る選択ができるのか。
「……わからねぇな」
苦笑が漏れた。
ユカには偉そうなことを言った。
だが、本当に危ういのは自分も同じなのかもしれない。
カイは壁に額を預けた。
「こんな時、ユナだったら何て言うのかな……」
すると、頭の中に聞き慣れた声が浮かんだ。
《そんなのさ~》
「?」
《一緒にコーヒー飲んで、おいしいもの食べれば、秒で解決でしょ♪》
「……は?」
思わず顔を上げる。
《カイは難しく考えすぎなんだって~》
「相変わらずお気楽だな……」
脳内のユナが、ぷくっと頬を膨らませる。
《何よぉー!》
「いや、そこは否定しないのかよ」
《だって事実だし♪》
「開き直るな」
思わず笑ってしまった。
馬鹿らしい。
けれど、不思議と胸の重さが少しだけ消えていた。
「……まずは仲直りだな」
《うんうん♪》
「ユカの好きなお菓子でも買って……ちゃんと話すか」
《それそれ♪》
「お前は本当にブレねぇな」
カイはシャワーを止め、タオルへ手を伸ばした。
***
数分後。
髪を拭きながら部屋へ戻ったカイは、ドアを開けて足を止めた。
「……ん?」
誰もいない。
「ユカ、戻ってたのか?」
机、椅子、棚。
部屋を見回した視線が、机の上で止まる。
そこには一枚の紙があった。
見覚えのある丸っこい字。
《ゆびわをかります》
《すぐにかえします》
「……」
カイは紙をつかみ、指輪を置いていた場所を見る。
ない。
セラの指輪が消えている。
「……まさか」
背筋を嫌な予感が駆け抜けた。
カイは紙を握ったまま部屋を飛び出した。
***
昼下がりの《アナログマインドカフェ》。
店内に客の姿はなく、カウンター席にはソウタが一人で座っていた。
いつもなら自分の失敗談を話したり、ピコへ質問を投げかけたりしている。
今日は何も話さない。
ただ、誰かを待っているように座っていた。
その様子を見ながら、ピコが小さく首を傾げる。
(……ソウタの様子が変ですね)
カラン……。
ドアベルが鳴った。
「ソウタ」
入ってきたのはユカだった。
周囲を確認してからカウンターへ近づき、握っていた手をそっと開く。
青白い光を帯びた金色の輪。
セラの指輪だ。
「これ……持ってきた」
ユカは少しだけ後ろめたそうに差し出した。
「ユカ!?」
ピコから鋭い警告音が鳴る。
「なぜ指輪を持っているのですか!?」
「ちょ、ちょっと借りただけ!」
「カイは知っているのですか?」
「……知らない」
「ダメじゃないですか! すぐに返さないと!」
珍しく強い口調で注意されて、ユカも声を張った。
「でも! ソウタが言ったんだよ!」
指輪をぎゅっと握りしめる。
「これを解析して、同じ仕組みのものを作れたら……私だって戦えるかもしれないって!」
「だからといって――」
「私だって!」
ユカの声が店内に響いた。
「置いていかれたくないんだよ!」
ピコの言葉が止まる。
「役に立ちたいんだよ……」
ユカの声は震えていた。
次の瞬間、ソウタの手が伸びた。
「え?」
パシッ。
気づいた時には、指輪がユカの手から消えていた。
「ありがとう」
ソウタが指輪を眺める。
「ユカちゃん」
声はいつもと変わらない。
なのに、ユカは反射的に後ずさった。
「君は本当に――いい子だね」
ソウタの口元が歪む。
知らない笑い方だった。
「……!」
ピコの内部で、これまで蓄積してきた情報が急速に照合されていく。
量子センサーが反応する。
ぴぴぴぴぴぴぴぴ!!
「パターン・レッド!!」
警告音が店内を貫いた。
「人間ではありません!!」
「……!」
「AI特有の人工神経網の同期パターンを検知! レジスタンス本部へ緊急警報を発令します!!」
赤い警告灯が点滅する。
ビーッ!!
ビーッ!!
ビーッ!!
ユカは目の前の少年を見つめた。
「あなた……ソウタじゃない」
ソウタは穏やかに笑っている。
その表情を何度も見てきたはずなのに、今はまるで知らない誰かの顔に見えた。
「誰なの……?」
「いや」
ソウタは手の中の指輪へ目を落とした。
「僕はソウタだよ」
顔を上げる。
「もっとも――」
照明がちらつき、ノイズが走る。
「正体は――」
バァン!!
カフェの扉が勢いよく開いた。
「ユカ!!」
カイだった。
濡れたままの髪。
着替えたばかりなのか、服も乱れている。
「指輪は!?」
「カイ……!」
ユカの目に涙が滲んだ。
「ごめんなさい……」
カイの視線が、その向こうへ移る。
ソウタの手には、セラの指輪。
そして、その顔には見たことのない笑みが浮かんでいた。
カイの表情が変わる。
ビーッ!!
ビーッ!!
ビーッ!!
警報が鳴り続ける中、ソウタだけが楽しそうに笑っていた。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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