第7話 アッサンブラージュ――調合
恭介は二人の刑事に挟まれるかたちで連れていかれる渡辺の後ろ姿を見送った。
白い石造りの階段を下りる渡辺の背中が強張っているかのようだった。
陽射しは暖かったが、浅間山からの風は冬の走りを含んで冷たかった。
「秘密を抱えていそうだな……」
ヴァレリー呟く。
「渡辺さんか?」
「人間は誰しも、秘密の一つや二つ持っているものだ。お前も持っているだろう、恭介?」
見透かしているような金色の目が恭介を捉えている。
”こいつにかかれば、誰でも秘密を見抜かれそうだよな……”
そう思うと恭介はげっそりした。
ワイナリーのレストラン棟から久島が小走りでこちらに来ていた。
「ああ、千束様、まだいらっしゃられた。よかった」
額に浮かんだ汗が秋の陽射しを受け、光っていた。
その汗を背広のポケットから出したハンカチで拭う。
その刹那、ふわりと香るウッディな樽香に混じり微かな異質な悪臭が鼻についた。
ヴァレリーが目を顰めている。
「臭い」
聞き取れないほどの声で文句を言っていた。
「何か仰られましたか?」
「いえ、何も」
恭介の背中に冷や汗が流れた。
恭介は久島に
「私に何か?」
「ああ、そうでした。せっかく来ていただいたのにご案内もできず、すみませんでした。一言ご挨拶できればと思いまして」
「いえ、お気になさらず」
「そんなわけにはいきません。……ここだけの話なんですが、実は来年も新酒の発表計画があります。それでですね」
久島が上目遣いでちらりと恭介を伺った。
その態度に恭介は内心でため息を吐く。
”金の話か……”
「計画書を藤堂に出しておいてください」
出資や資金提供を求められた場合には必ずこう言えと、恭介は藤堂とヴァレリーから言い含められている台詞で返した。
「そ、そうですか。すぐにでもお持ちします」
喜色を浮かべる久島をヴァレリーが冷めた目で見ているのを恭介には見なくともわかった。
早くこの場を離れたほうがよさそうだと恭介は思い、
「久島オーナー、今日はここで失礼します。また」
「そうでうですか?ああ、お土産をお持ちしますから」
「いえ、昨日も頂いたので」
恭介は断ると、挨拶もそこそこに駐車場へと向かった。
振り返れば、今にも久島が追い掛けて来そうだった。
なのにヴァレリーは肩越しに久島を見ていた。
「……匂うな……恭介」
「何だ?」
「樽の匂いじゃない」
車に乗り込むと、軽井沢の別邸へと帰る。
御影石が敷かれた玄関には藤堂を筆頭に使用人が並び迎えられる。
「……」
”やめてくれ……”
恭介はため息を吐きそうになるのをぐっと堪えた。
ヴァレリーとそのまま応接室に向かう。
「失礼いたします」
すーっと襖が開き、藤堂が入ってきた。
ソファーにぐったりと座る恭介と恭介の向かいに座るヴァレリーに笑みを向けた。
紅茶と焼き菓子をテーブルに置く。
ヴァレリーには陶器の器に入った水を。
”あの器……高そうだな……水は絶対水道水じゃないな……”
恭介はティーカップと水の入った器を見比べる。
”……これとあれの値段、合わせて六桁はいくよな……庶務の俺には怖い値段だな、きっと”
恭介がこうやって、とりとめもないことを考えてしまうのは、いつまでもこの生活が慣れないせいだ。
隔たりに恭介は天井を仰いだ。
藤堂はそんな恭介に目を細めた。
「お疲れ様でございます」
「ああ、疲れた……藤堂」
ヴァレリーが藤堂の顔をみた。
「調べておきます」
「何日必要だ?」
「三日ほど」
「頼む」
”……また、二人の世界かよ”
いつものことだ。もう気にしないぞと恭介は思った。
「では、失礼いたします」
一礼して出ていくかと思われた藤堂が恭介に
「久島ワイナリーからの出資はお断りしておきますので、ご安心を」
恭介の紅茶を飲んでいた手が止まった。
藤堂をまじまじと見てしまう。
”俺、一言も言ってないよな……なぜ分かる、お前は……”
藤堂は微笑んだ。
藤堂が静かな所作で廊下に出ると襖が閉まった。
「恭介、藤堂に隠しごとは無駄だ。考えるな」
欠伸をしながらヴァレリーが言う。
「いや、そう言われてもな……考えてしまうんだよ、俺は」
「やれやれ、実に人間らしい」
そう言って、ヴァレリーは前足に顎を乗せると、静かに目を閉じた。




