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第6話 マセラシオン――醸し

 翌朝、恭介とヴァレリーは久島ワイナリーへと赴いていた。

 警察車両と思しき車が駐車場に並んでいた。昨日、犯行現場となったワイナリーのレストラン棟では、まだ鑑識や捜査員が慌ただしく調査を続けている。

 従業員もどこか落ち着かない様子でそちらを見たり、ひそひそと何か噂話をしているのが目についた。

 久島ワイナリーの醸造所は白い切り石とガラスが織りなすモダンな醸造施設だった。周囲には広大なブドウ畑が広がっており、一見すると自然と見事に融合した美しい造りとなっていた。

 ワイナリーの玄関に渡辺が立っていた。

 渡辺は恭介とヴァレリーに気が付くと、会釈した。


「本来であれば、オーナー自らが案内をする予定でしたが、昨日の事件の件で対応に追われておりまして、代わりに私が案内させていただきます」


「今日は無理を言って、すみません」


 恭介は渡辺に謝った。

 その言葉に渡辺は苦笑を浮かべる。


「いや、大変なのはオーナーですから。こちらこそ、千束さんにご迷惑をおかけして、すみませんでした」


「それは渡辺さんも一緒ですよ。今日はよろしくお願いします」


「はい。では、ご案内します。ただ、猫ちゃんもということですので、一部ご案内できない個所もありますのでご了承ください」


「それは構いません」


「では、ここの歴史などは省いてもよろしいですか?」


 ヴァレリーが頷くのをみて、恭介は


「ええ。構いません」


「では、ブドウ畑に参りましょうか……こちらです」


 渡辺に先導されて建物の外に出た。

 ブドウ畑には観光客がおらず、畑全体が静寂に包まれていた。

 畑のブドウの葉は醸造所に飾られていた青々とした葉の茂る写真と違い、赤や黄色と鮮やかに色づいていた。気の早い葉は足元に落ちている。風に揺れる葉擦れの音だけが聞こえていた。


「もう少ししたら冬の休眠に向けて一斉に落葉します。葉がすべて落ちることで、ブドウの木は無駄な水分の蒸散を防ぎ、厳しい冬を乗り切るための「休眠期」に入ります。休眠期に剪定作業を行い、次の年の実りに備えるんです」


「冬に剪定ですか……寒いでしょうね」


「ええ。嫌になります。寒風の中、悴む手に鋏を持って葡萄の枝を剪定していくんですから」


 渡辺が懐かしそうに笑ったのを恭介は見た。


「さて、つぎは仕込み場と発酵タンク室ですが、外廊下からの見学となります」


 果汁を絞るための大型機械(プレス機)が置かれている仕込み場見て、発酵タンク室へと移動する。

 見学通路から大きなガラス窓の向こう側に、ずらりと並ぶ銀色のステンレス製発酵タンクを見下ろした。ガラスに渡辺とヴァレリーを抱いた恭介が映っていた。

 見学通路のガラスは、外や通路側が明るく、タンク室内が薄暗かった。

 ガラスの向こうの奥の壁にある毒劇物保管庫の赤いラベルがチラリと見えた。


「渡辺さん、毒薬保管庫って見えたんですが?」


「ワインの製造過程において、日常的に劇物に指定されている薬剤や洗浄剤を使用しています。そのために鍵付きの堅牢な保管庫に収納しているんです」


「どんなものがあるんですか?」


「亜ヒ酸やエタノール、硫酸銅、ニコチン、水酸化ナトリウムなどです」


 ニコチン。

 加藤の死因となった毒物。

 ヴァレリーのしっぽが恭介の腕を叩く。


「怖いですね。厳格な管理がされているんでしょうね」


「ええ、もちろんです。「毒物劇物取扱責任者」の有資格者、ここでは私とオーナーだけしか保管庫の鍵を持っておらず、他の者は開けられません。使用記録も残しますよ」


 歩きながら渡辺が説明した。


「ここが、発酵を終えたワインを寝かせるエリア、バレルセラーです」


 ワインの品質を守るために意図的に薄暗く、ひんやりとした静寂な空間。オーク材の木樽が整然と美しく並んでいるのをガラス越しに眺めた。


「これで終わりとなります。普通はこのあとは試飲とショップへの案内となりますが……気になる銘柄はありますか?」


「実は、それほどワインには詳しくないんです。銘柄と聞かれても、昨日飲んだ山吹の雫としか言えないです」


「あはは、正直ですね。私のお勧めでよければ、持ってきましょうか?」


「お願いします」


「では、少し待っていてください」


 渡辺が試飲用のワインを取りに行こうとした時、二人の刑事が寄ってきた。

 渡辺の表情が、一瞬だけ強張った。


「渡辺さんですか」


「そうですが?」


「加藤さんのことで、少し署でお話をお伺いしたいのですが?」




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