琥珀第19話 天使の分け前
本日は2話投稿となります。18:00のエピローグを投稿し、琥珀色の嘘は完結となります。
ギギギギギ
松島の手により、倉庫の扉が重い音を立てて開いた。
埃っぽい匂いに混じり、以前に嗅いだ青臭い匂いが微かにあった。
だが、倉庫内には山のようにあった大麦はなく、木製のパレットだけが虚しく積まれていた。
松島が倉庫を見回して、淋しげに
「様変わりしていて、驚かれましたか?」
呆然としている恭介に言った。
「あんなことがありましたから、全て廃棄処分しました。ケチの付いたもので作ると、直ぐにあらぬ中傷を言われませんからね」
「ネット社会の弊害だな。処分したとなると相当な損害だろう」
「ええ、馬鹿になりませんよ」
「産廃業者は儲かったな」
松島の口元が一瞬引きつった。
「……刑事さん、どういうことですか?ウィスキー作りをしていると廃棄することもあります」
松島が咎めるような口調で言うと、猪熊は首を竦めたが悪いとは思っていないようだった。
猪熊が倉庫の中を歩き出した。
福島と浩美の遺体があった場所に立ち、天井の梁を見た後、床に膝を付き指を這わした。
「ふ〜ん……松島さん、ここ、二階があるな。見てもいいかい?」
「かまいませんよ」
少し離れたところにいたヴァレリーと恭介は二人のやり取りを見ていた。
「あの男、欲しいな」
ヴァレリーが呟いた。
「はっ?」
「ああ見えるが、あの男はデキるぞ。飄々としているが、目はいつもなにかを探っている」
「そうなのか?」
「刑事にしておくには惜しい」
「いや、お前と藤堂さんの毒牙にかけるのは気の毒じゃないか」
「なんだ?嫉妬か?」
「そんなんじゃねぇよ」
二階に続く階段を上がると、広い室内に剥き出しの鉄柱や鉄製の手押し車などがあった。
猪熊は目についたコンクリートでできたプールについて尋ねた。
「二階はこうなっているんだな……あれはなんだ?」
「浸麦槽、大麦に水分と酸素を交互に与える場所ですね」
「水に浸けるんだな……で、浸けた後は?」
「手押し車に入れ運んだ後、専用のシャベルを使って、こちらの床に広げて発芽させます」
「ふ〜ん……ここにはあの後、誰も入ってないのかい?」
猪熊の目がじっと鉄製の手押し車を見、エレベーターへと視線を動かした。
「いえ、千束様が倉庫にお入りになられましたよ。そうですよね?」
松島が恭介に確認をすると、猪熊が恭介に
「そうなのか、探偵さん」
「ええ。この場所も見せて貰いました」
「その時と変わっていることはあるか?」
「ないですね。強いていえば、埃が積もっているくらいですよ」
「まぁ、埃はな……松島さん、後日、ここを調べさせて貰うかもしれないが、その時には協力してくれよ」
「わかりました」
「あらかた見たし、下りるか……」
猪熊はさっさと階段へ向かった。
松島が慌てて後を追う。
恭介はヴァレリーに小声で尋ねた。
「なにか掴んだかな、あの人」
「多分な……だが、惜しいかな、七十点だな」
「厳しいな、お前の採点は……」
恭介は物言いたげにじっとヴァレリーを見ていると、ヴァレリーは意地悪い表情を浮かべた。
「お前も採点して欲しいと見える」
「あっ、い、いや、そんなことはないぞ」
「遠慮するな。五十三点だ」
「……辛すぎないか?」
「恭介、お前はまだそんなところだ。合格点目指して精進しろ」
恭介は何度目かのため息を吐き、階段を下りていった。
階下では猪熊と松島が待っていた。
「お待たせしてすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。それで、これからどうされますか?」
松島が猪熊に聞いた。
猪熊はあっさりと
「あっ、もういいわ。見たいものは見たしな……それよりも、探偵はこの後どうするんだ?」
「そうですね……松島さんと話したいと思ってます」
「私とですか?」
松島が面食らったように恭介に顔を向けた。
「面白そうだな。なら、俺も同席させて貰おうか」
猪熊がにやりと笑い、
「じゃ、ビジターセンターとやらに行くか」
移動を促した。
見学者の休憩用に置かれているビジターセンターの椅子に三人は腰を下ろした。
見学時間が終わったということもあり、ビジターセンターの中には人影は無かった。
受付の職員も事務室で仕事をしていた。
恭介と松島は向かい合っていたが、猪熊は離れ松島の後のソファに座り、耳を傾けていた。
ヴァレリーは香箱座りで恭介の横にいた。
「多分、この事件の発端は横領から始まったんだと、俺は推測しています」
「福島の横領ですね」
松島の問いに恭介は首を横に振った。
「福島さんは被害者です。誰かの横領に気付いたから殺されたんです」
「被害者って……遺書に書いてあったじゃないですか」
「その遺書自体が偽物です。横領した人が、量販店の服や着古したシャツを日常で着ているとは思えません」
「思い出したわ、自宅も普通の建売だったしな」
猪熊が口を挟んだ。
「福島さんの首に吉川線がでなかったのも、着ていたフランネルのシャツのせいだと思います。苦し紛れに引っ掻いたのはシャツの襟だとすると、吉川線がなかったのも頷けます」
「そういやぁ、爪の間に繊維が挟まってたって報告があったな」
猪熊が思い出したようにぼそっと呟いた。
「それに、あの高さから首を吊るのであれば、踏み台を使うと、足が踏み台にについてしまい、却って踏み台は邪魔です」
「……では、殺されたと」
恭介は頷いた。
薄っすらと額に汗が浮いた松島の身体が少し前のめりになった。
「浩美さんはどうなんです?」
「浩美さんは……倉庫の二階で佐田に突き飛ばされた時の衝撃で一時的に失神したんです。佐田はそのまま放置して逃げ出した。このことは佐田に確認を取ってます」
「けど、遺体は一階にあったじゃないですか」
「浩美さんは二階で何者かに殺された後、一階に運ばれたんです」
「二階でって……」
「浩美さんの服に付いていた二種類の大麦と、エレベーターに残された剥がれた付け爪がそれを物語っているんです」
「そういやぁ、乾燥したものと水分を含んだものが付いていたってあったな」
「 誰がそんなことを……」
は信じられないといった表情になり、悲しみの色を浮かべた。
「故人のことを悪くは言いたくないんですが、佐田から浩美さんは結構、派手に遊んでいた。ここにも関係を持っていた相手がいたと聞いています」
松島の額に汗が浮かんだ。
「そして、その相手は浩美さんを殺さないといけない理由があった」
「まぁ、推測するに、金のもつれか、妊娠だろうな……それか、なにかマズいことを握られたか」
猪熊がぼそっと呟く。
「なにが言いたいんです?」
「……俺は、松島さん、あなただと思います」
「し、失礼な!」
松島が顔色を変えた。
猪熊が恭介に忠告をした。
「おいおい、証拠もないのに乱暴じゃないか?」
「そうですよ。刑事さんの言う通りです」
「証拠というより、矛盾があるんです」
「はっ?」
「浩美さんは妊娠していた。堕すために佐田に同意書のサインと費用を要求したそうです。佐田は、浩美さんが死んだと思い、慌てて逃げたために同意書の存在を忘れてその場に残していったと言っていました」
「それが?」
「おかしなことにその同意書が、佐田のスマホに送信されてきた……しかも、福島さんの死後に、社用アドレスから。ね、おかしくないですか?」
「そりゃ、おかしいな」
「……なにが言いたいんです……」
「松島さん、一定の部署や役付き責任者は、いざと言うときのために部下の社用スマホやパソコンを操作できる権限を与えられていると城戸さんから聞きました」
「私が送信したとでも?それだけでは証拠にはならないですよね」
「けど、あなた先ほど自分で言いましたよ。福島さんのパソコンやスマホが格納されているロッカーは証拠品なので、あなたしか開けられないと」
「確かに言ってたわ」
猪熊が肯定した。
松島が掠れた声を絞りだした。
「横領は……」
「おう、それな。あんた、廃棄処分したとか言って飛ばしてただろ。ネタは上がってんだよ」
松島の顔から表情が消えた。
「なんのことです?」
「産廃業者だよ」
猪熊は頭を掻きながら、面倒くさそうに言った。
「警察ってのは、税金ドロボーって言われないためにも、事件関係者の周りを洗うんだわ。あんたも対象でな、洗わせてもらった。随分と仲良しだな」
「付き合いが長ければ、普通でしょう」
「そうかぁ?」
「ええ」
「なら、不思議な金の流れ、説明できるよな。倉庫の大麦、本当に処分したのか?」
「っ」
松島は突然、出口へと駆けだした。
が、猪熊はそれを読んでいたように、ひょいと足を出した。
「うわっ!」
猪熊の足に足を取られた松島が床に転んだ。
猪熊は松島を立ち上がらせるとへらっと笑うと、
「ちょい、署まで説明に来てもらいましょうかね、松島さん」
松島を拘束した猪熊が顔だけを恭介に向けた。
「ということで、世話になったな、探偵さん」
悪びれない猪熊に恭介が苦笑する。
猪熊に連れられて行く松島の姿にヴァレリーは
「やれやれ、天使の分け前はあの男に持っていかれたか。それもまた、いいだろう」
恭介の腕に抱かれたヴァレリーの黒い鍵尻尾が左右に一度揺れた。




