琥珀第17話 樽詰
重く沈んだ空気が場を支配していた。
和明は視線を彷徨かせ、決して恭介や城戸に視線を合わせなかった。
しきりと下唇を舐める。
「いいのか?」
恭介は少し低い声音をだした。
「な、なにがだよ……」
「警察は現場が一階だったこともあり、二階は調べなかった」
和明はごくりと唾を飲み込み、顔を引きつらせた。
「このまま進展がないと、警察は、再度現場を調べるかもしれない。その時は捜索範囲を二階まで広げたら……」
「……」
「なにがでてくるだろうな?」
和明の顔に怯えが浮かんだ。
「この俺が気がついくらいだ。警察が気づけないわけはないと思うぞ、佐田……」
「あ、あ」
「もう一度、聞くぞ。あの日、なにがあった。お前はなにをした」
和明は目の前の恭介に畏怖を覚えた。
意思の強さを現す態度、相手の奥底まで見抜こうとする眼光。
まるで、祖父が勝負を制するときのような威圧だった。
和明の知っている千束恭介ではない。
(こいつは誰だ……大学時代は違った。ダサくて、冴えなくて、人のいいだけの要領の悪い奴だったのに……)
恭介の後に控えていた城戸も顔色にこそ出さなかったが、敬服していた。
最初の印象はどこか頼りなく正直な青年という印象で、生き馬の目を抜くこの経済界では無理だと感じた。会長の佐田がどこを気に入り、志信さんの結婚相手に選んだのかが不思議だった。
が、いま、わかった。佐田に通じる人を制する底力、胆力を隠していたのだと。
この人なら志信さんを任せられる――そう城戸は確信した。
一度目を閉じ、和明を見て目を眇める。
(和明さんでは持たない……)
その二人を余所に、ヴァレリーだけが機嫌よく目細めていた。
(ほう……さて、どうする、恭介?)
「正直に話せ」
(正直に話せば捕まる……そんなことは嫌だ……逃げ出したい……)
定まらぬ視線で部屋を見回す。
立って和明を見ている城戸の無表情な顔の裏は伺い知れない。
味方はいないのか……。
脳裏で誰かが『ちょっと誤魔化せば、捕まらないかもしれないぞ』と囁く声がした。
「いま、その場しのぎで逃げたところでどうなるんだ、佐田」
和明の心の中を見透かしたように恭介が言った。
ぎょっとして息を詰めた。
(駄目だ……)
和明の身体から力ががくりと抜けた。
こいつに隠すのは無理だと本能が告げていた。
「あ……あの日、俺は城戸の言葉に従うのが、面白くなくて――」
和明は観念したように話し出した。
倉庫の二階で時間を潰していたら、浩美が現れ、クリニックの同意書突きつけられ、費用を要求され、カットなって突き飛ばしただけだと。
「信じてくれ!殺すつもりは無かったんだ……あいつ、俺だけじゃないくせに……」
「遺体は運ばなかったんだな?」
「怖くなって、俺は慌てて、浩美を残してその場を離れた……なのに……」
「浩美さんの遺体が一階にあったと」
和明は両手で顔を覆った。
「しかも、あんなメールが来くるなんて……」
「メール?佐田、どういうことだ?」
恭介が詰め寄ると、和明はびくっと身体が飛び上がった。
「事件が報道された後だ……クリニックの同意書がメールで、送られてきたんだ」
「心あたりは?」
最初に送られてきてからずっと怯えていた和明は精神的に追い詰められたのか逆上し、
「知らねぇよ、知るわきゃねぇだろうがっ!。誰かが送ってきたんだよ!!」
ドンッ!
テーブルを両手で叩いた。
荒い息の和明など意に返さず恭介は淡々と
「そのメールを見せてくれ」
城戸が動き、放置されていたスマートフォンを取ってきた。
和明の前にはすっと差し出した。
和明は震える指でロックを解くと、城戸がメールを開き恭介の前に置いた。
恭介はメールを開いた。
文章はなにもなく、題名と添付画像のみ。
発信元のアドレスに覚えはないのかと和明に聞くが記憶にないとのことだった。
(大手通信会社のものだとは分かったが……)
恭介の頭に、口元に柔和な笑みを湛えた家令の藤堂の姿が浮かんだ。
(……いや、あの人に頼ったら、こいつになにを言われるか……)
恭介はヴァレリーを盗み見た。
「すみません、アドレスを見せていただいてもよろしいでしょうか」
城戸が恭介に伺いを立てた。
「どうぞ」
「失礼します……」
城戸は発信先のアドレスに表情を顰めた。
「我が社のアドレスです」
「「えっ」」
恭介と和明の声が重なった。
「後半のアドレスに社名が入っております」
「な、なんだよ……、どういうことだよ」
「城戸さん、このアドレスの持ち主はわかりますか?」
「確認すれば、わかります」
「確認をお願いします」
城戸は会社支給のスマートフォンを開けると、メールアドレスを打ち込み、使用者名を照会した。
「これは……」
「どなたでしたか?」
恭介が城戸に聞いた。
「……福島のものです」
「馬鹿な、死んだはずだろ!なんでメールが来るんだよ!」
和明の怯えが声を荒げさせた。
「死者からのメール……」
恭介は呟くとヴァレリーの金色に輝いている瞳を見た。
その瞳は蒸留所へ行けと言っているようだった。
「明日、もう一度、蒸留所へ行ってきます」
恭介の声が部屋に響いた。




