琥珀第15話 ウォート
『志信が浩美を殺したと言いに来た』
スマートフォンから流れる佐田の声は苦渋に満ちていた。
ありえない報告を受けた恭介は詰めていた息を細かく吐き出した。
「いまからそちらに伺います。志信さんを引き留めていてください」
『わかった……すまんな』
ツーツー。
通話が切れた。
スマートフォンを持ったまま恭介は頭を抱えた。
「なんだってそんなことを言うかな」
「やれやれ、人間は情に流されることが余程好きとみえる」
ヴァレリーが呆れたように言った。
恭介は立ち上がると、ひょいとヴァレリーを抱き上げた。
「行くぞ」
「ほう、恭介、お前は犯人がわかっているのか?」
「志信さんだと浩美さんを殺害する動機が見当たらない。それに、いろいろと無理があって、現場の状況と噛み合わない」
サンライズ本社の会長室を訪れるのはいつぶりだろうかと志信は考えた。
(中学生のとき、姉ばかりを可愛がる父母に腹が立って、どうしても公平な祖父に会いたくなったとき以来かな……)
直通のエレベーターを降りると、顔見知りの秘書が驚いたような表情を浮かべていた。
「祖父はいますか?」
「あ、はい。先ほどお戻りですが……」
「ありがとう」
すたすたと会長室へ向かって歩いて行く志信に秘書は慌てて
「お約束ですか?」
「五分で済みますから」
志信は一度、深く息を吸い、会長室の扉を叩くと前を向き中へと入って行った。
佐田は城戸の説明を聞きながら書類を捲っていた。
ドアの音に顔を上げた佐田は志信を認めるとちょっと目を見張り、直ぐに口元を和らげた。
「お前がここに来るとは、何年ぶりだ?」
ペンを置くと立ち上がり、応接セットへと向かった。
「どうした?」
「お祖父様に……お話ししないといけないことがあります……」
「なんだ?お前がか……めずらしいな」
「……お祖父様、私が……姉さんを殺した」
志信は佐田を見て告白した。
「なっ」
佐田は驚愕に声を失った。
「迷惑かけて、ごめんなさい……これから警察に行く。でも、一目お祖父様に会いたかったから」
「志信、待ちなさい!城戸、志信をとにかく別室に連れて行け」
「志信さん、一先ずこちらに」
城戸に声をかけられたが、志信は動こうとしなかった。
「……でも」
「志信、お願いだ。この爺に少し時間をくれ」
佐田の懇願に戸惑いながら志信はこくりと頷く。
城戸は志信の背に手を添えると、別室へと連れ出して行った。
頭が痛んだ。
指で額を揉む。
はぁっと佐田は深いため息を吐くと、恭介へと電話を入れるため手を伸ばした。
「すまんな」
そう言って、佐田は恭介の顔を見た途端に微かな安堵の色を浮かべた。
会長室は沈鬱な沈黙が支配していた。
「いえ。それより志信さんは?」
「別室に城戸と共にいる」
「そうですか。それなら良かった」
「あの子……志信が犯人だと思うか?」
「それを証明するために来たんです。佐田さん、志信さんを呼んでもらっていいですか?」
「わかった」
佐田は秘書へ志信を連れてくるように指示を出した。
暫くして、志信が城戸と現れた。
志信は恭介に気がつくとさっと目を逸らしたことでなにかを隠していることがわかった。
恭介の膝からヴァレリーがすたっと絨毯の上に下りると、志信の前まで歩いて行った。
ヴァレリーはじっと見上げ、『難儀な人間だな』とでもいうように「にゃあ」と鳴いた。
志信が微かな笑みを浮かべる。
おずおずと佐田の隣に志信は座った。
城戸は壁際まで下がった。
「志信さん、佐田さんから聞きました。浩美さんを殺めたそうですね」
志信は無言で頷いた。
恭介は志信を見据えて言った。
「では、教えてください。どうやって?」
「えっ?」
「どこで、どうやって殺めたんですか?」
恭介は警察の尋問のように問いかけた。
「倉庫で、手で姉の口を押えて……」
「倉庫のどこで?」
「えっと、その場です」
「志信さん、警察は些細な矛盾も徹底して追及してきますよ。いまの志信の説明では、警察は到底納得しません」
恭介は志信に目を合わせた。
「志信さん、佐田さんを困らせたら駄目ですよ」
「けど!」
「浩美さんの爪は長かった。人の抵抗する力を甘く見ては駄目です。あの爪は凶器に近いです。手で押さえたのなら、手の甲とかに爪で引っ掻いた跡が残るはずですよ。それに浩美さんの後頭部の怪我は、あの場所ではつけることが難しいんです」
志信はぎゅっと服を握る。
恭介の説明に佐田は安堵の色を浮かべ、聞いていた城戸も肩から力が抜けた。
「どうして嘘をついたんですか?」
「……」
「和明さんを庇った……」
志信がばっと顔を上げる。
志信の動作に佐田の目が見開かれ、城戸の肩が微かに揺れた。
「……わけはないですね」
「和明兄さんなんて、私、庇わない」
「多分、志信さんは勘違いをしてると思いますよ」
恭介を見る志信の目は「本当に?」と言っていた。
恭介は微笑ん返した。
志信の身体から一気に力が抜け、ソファの背に凭れた。
「なら、犯人がわかったのか?」
その佐田の問いに恭介は首を振った。
「まだ途中です……ですが、和明さんに確認できれば少しはわかってくるかと思います」
「あいつに会ったんじゃないのか?」
「話しを聞くどころではありませんでしたので、明日、また会いに行こうかと」
「城戸、明日、一緒に和明のところに行ってこい。ドアを開けないようなら力尽くでも開けていい」
「承知いたしました」
城戸が頭を下げるのを横目に見た恭介はそのまま窓の外を見た。
(明日、なにかがわかる)
なんの根拠もないが、恭介にはそんな予感がしていた。
香箱座りで目を閉じているヴァレリーは恭介の横で、じっと明日が来るのを待っているようだった。




