第4話 ミルランダージュ――結実不良
招待客はワイナリーの発表会会場近くに集められていた。
会場に出入りする警察関係者は慌ただしい。
フラッシュが数度瞬き、カチャカチャという音や指示する声が漏れ聞こえる。
固まって話しをしている者もいれば、ひとりでぽっんと座っている者、忙しなくスマートフォンを弄るもいた。
共通しているのは、全員不安を押し隠していることだった。
渡辺はどこか冷めた表情をして会場を見ていた。
オーナーの久島は先程から二人の警察官に囲まれるようにして事情を聴かれているのを恭介とヴァレリーは窓際で見ていた。
恭介たちから少し離れたところで藤堂がスマートフォンでどこかに連絡を入れていた。
午後の陽射しが出窓から入り、ヴァレリーの黒い毛並みを艶やかにしていた。
ヴァレリーは周囲を一瞥し、しっぽを揺らした。
「なぁ、事件か?」
恭介が問う。
「ああ。間違いなくな」
「そうか……」
嫌な予感ほどよく当たるのはなぜだろうと恭介は思う。
電話が終わった藤堂が戻って来た。
それを待っていたかのように、警察関係者とおぼしき人物がやってきた。
冴えない中年のサラリーマンのような男が恭介たちに声をかける。
「そこのお二人、少しよろしいですか?」
恭介は藤堂と共に簡易的にパテーションで区切られた場所へと案内された。
当然という態度でヴァレリーが隣を歩いていた。
離れた場所にも同じような簡易の部屋があったが、そちらは使われていいないようだった。
机を挟んで椅子が設えられている。
恭介は椅子に座るが藤堂は恭介の後ろに控えた。
恭介の前にサラリーマンのような男が座る。男は刑事だった。
少し離れたところに獅子のように太った男が座り、記録を取っていた。
ヴァレリーは当然といったように記録用紙を覗き込んでいる。
”あ、あいつ、なにやってんだ”
恭介は慌てて、ヴァレリーに声をかけた。
「す、すみません。おい、ヴァレリー、こっちに来い」
言っても聞かないとは思っていたが、耳をぴくりともさせないヴァレリーに恭介は情けなくなってくる。
「構いませんよ、猫ってこういうもんですから」
と言い、記録を取っていた男が苦笑を浮かべた。
「すみません……」
恭介は頭を掻いて、向き直った。
「先ずは、お名前と事件が起きたとき、どこで何をされていましたか?」
刑事の問いかけは淡々としていたが、その目は恭介の表情の微かな変化も見逃さないという強い意志を孕んでいた。
会場にいる百名近い人間をふるいにかける、容疑者絞り込みの網が、自分たちにも掛けられたのだと恭介は知った。
「千束、千束 恭介と言います。会場で藤堂と試飲していました。ぶつかる音とグラスが割れるような音がした後に悲鳴が聞こえました。それで悲鳴がした方へ行くと加藤さんが倒れていました」
「藤堂さんと言われるのは?」
「私でございます」
好々爺めいた藤堂が軽く会釈した。
つられて刑事も頭を下げた。
「はぁ、どうも……それで?」
「それだけですが……」
「怪しいひととか、なにか気になったこととかはありませんか?」
「別に……加藤さんは他殺ですか?」
「なぜそう思われたので?」
恭介の言葉に刑事が眉根を寄せた。
「ええっと、それは……」
ヴァレリーが言っていたとは言えない。
恭介は愛想笑いを浮かべる。
ヴァレリーに目をやると、呆れた目をして恭介を見ていた。
なぁぉん。
ヴァレリーが聞いたことのない鳴き声をあげた。
藤堂が微かに頷き、小さく咳払いをした。
「失礼ながら、私見を申し上げますと、加藤氏の顔色から病死には思えませんし、自殺される方がこういう華やかな発表会に出席することはあまりないでしょう。それから考えると他殺しかないかと」
「……その件につきましては、警察関係者以外にはお答えできません」
「犯人の目星はついているんですか?」
恭介の質問と前後して仕切られたパテーションに警官が入ってきた。
耳元で何やら告げると刑事の態度が変わった。
「ご協力ありがとうございました。お帰りになって結構ですよ」
そう言って事情聴取を切り上げた。
何を伝えられたのかが気になるが、刑事が腰を上げたため、恭介も腰を上げざるをえなかった。
部屋を出て集められている場所に戻ると、久島と渡辺以外の招待客たちは用意された記念品を渡されて帰されていた。
疲れたような久島と無表情の渡辺がそれぞれ離れた場所に座っていた。
二人の側には警官がいた。
渡辺の無表情が恭介には少し気になった。
久島が恭介たちに気づき、挨拶をしようとするのを警官に制止された。
久島は仕方なく会釈をして寄越した。
恭介も会釈でそれに返す。
恭介はヴァレリーを抱いて車寄せまで歩く。
運転手が後部座席のドア横に立って待っている。
恭介とヴァレリーの姿を認めると、後席の観音開きのドアを開けた。
ドアの開口部が広いため、ヴァレリーはゆうゆうと恭介の腕から後部シートへと飛び移る。
苦笑いを浮かべた恭介が車に乗ると運転手によりドアが閉められた。
助手席には藤堂の姿があった。
小さな音をさせて車が動き出した。
ワイナリーから少し離れた場所でヴァレリーは前足でドアのボタンに触れ、運転席と後部座席の間に液晶ガラスの仕切りを上げた。
恭介が目を見張る。
”こんなことをするこいつを『猫』と分類していいのか……?”
「お前、絶対、猫じゃない。あの時だって勝手に記録用紙を覗き込むし……俺はあれでどれだけ肝が冷えたと思う」
恭介はヴァレリーに文句を言う。
「猫だから問題はない」
「……便利な台詞だな」
「事実だ」
これだよと恭介は諦めるようにため息を吐いた。
「……それで、何が書いてあったんだよ」
「ワインだ」
「はっ?」
「加藤の遺体の近くにあったワイングラスと絨毯から、ニコチンが検出されたらしい」
恭介は目を瞬いた。
車窓には紫色と茜色に染まった秋の空が広がっていた。
その圧倒的なグラデーションを背に、浅間山の雄大なシルエットが、まるで濃紺の影絵のようにくっきりと浮かび上がっていた。




