琥珀第13話 マイリング
山梨のサンライズ蒸留所から帰った翌朝。
いつもより、恭介は遅く起きた。
時計を覗き込む。
九時……
(はぁっ、疲れが取れねぇ……年か?いや、まだ大丈夫だ)
ベッドを抜け出し、洗面室に向かった。
東南向きの十六畳の洋室にバス・トイレ付、窓を開けるとバルコニーからはバラ園が眺められる部屋を充てがわれたとき、恭介はどこのホテルだよと思ったものだ。
冷たい水で顔を洗い、目を覚ました。
いつもの服装に着替えて、一階のダイニングルームへと足を運んだ。
途中で使用人に会い、頭を下げられる。
「おはようございます」
「おはようございます」
恭介の挨拶には、まだどこかぎこちなさが残っていた。
「おはようございます、恭介様」
藤堂が優雅な動作で恭介を迎え入れた。
「おはようございます」
「いつも通りにお召し上がりになられますか?」
「あーうん、いつも通りで大丈夫です。それと」
「コーヒーは濃いめにしておきます」
「あはは……お願いします」
(この人にもう驚いたら駄目だ。諦めろ、俺)
クロワッサン、胡桃と無花果が練り込まれたパン、ロールパンの三種類が盛られた籠。プレーンオムレツにカリカリに焼かれたベーコン。付け合わせにほうれん草のソテー。人参のドレッシングがかけられたレタスと胡瓜のサラダ。
恭介はしっかりと食べ、食後、さらにコーヒーを一杯飲んだ。
(よしっ!)
気合いを入れ、執務室に足を入れた。
「遅い!」
ヴァレリーの一喝が飛んできた。
「悪ぃ」
「年か?」
斜め目線でヴァレリーは恭介を捕らえた。
「違うっ!まだ若いわっ!」
「疲れが抜けずに起きられないのかと思ったが、違うのか?」
「……仕事するかな」
「図星か」
恭介は聞こえないふりをして重厚な机を前に座った。
未決済の箱には既に書類が二十センチほどの高さで積まれていた。
げんなりとしながら、恭介はペンを取った。
カリカリ
しばらくは、ペンの音と書類をめくる音がしていた。
未決済の書類が減ったところで、恭介がヴァレリーに目をやった。
ヴァレリーは午前中の分は終わったとばかりに窓際で寝転んで暖かな春の陽射しを浴びていた。黒い毛並みが陽射しを弾いてきらきらと輝いていた。
「なあ……」
ヴァレリーは億劫そうにぱたりと尻尾で返事をする。
「一階に運んだのは誰だろうな」
「お前と私以外だな」
「わかってるわ、そんなこと!」
「私に聞く前に、自分の考えを言え」
そう言ってヴァレリーは欠伸をする。
「女性は一旦除外してもいいかもしれない。抱えられない」
恭介はヴァレリーに即座に質問された。
「なぜ抱えたと決めつける?」
「え?」
「遺体を引き摺らずに運ぶことはできないからか?台車を使ったかもしれない。二人だったかもしれない。背負った可能性もある。お前は自分に都合よく条件を作っているぞ」
「……じゃあ、性別では絞れないか」
「そういうことだ。別の条件を探せ」
「わかった……敷地内と施設に詳しくないと難しい……だから、俺は蒸留所の職員とサンライズ関係の人間に絞る」
「ふん、いいだろう。で、そこからどう絞る?」
「えっ……そこまで考えてなかった……」
「えっじゃない。そこを考えるのが探偵だ。それで、絞り込むにはどうする」
「……」
ヴァレリーはむくりと起き上がると、執務机に跳び乗った。
恭介に目を合わせる。
「恭介、お前はこれからどう動くつもりだ?なぜ、動かす必要があった?頭部の怪我と死因をどう説明する?」
「俺は……」
恭介の答えをヴァレリーはじっと待った。
恭介は眉を寄せ、どうするかを考えた。
浩美の遺体を動かせるのは誰だ。
動かす必要がなぜあったのか。
頭部の怪我と死因の関係はなんだ。
なにをしたらいい。
なにをすべきなのか。
なにを見逃している。
(……浩美さんは佐田と来た……だが、佐田は一人で帰った。なぜ一人で帰ったんだ?……待て。違う……)
「……俺は順序を間違えたのか?」
「ならば、どうするべきだ?」
「まずは、浩美さんの足取りを固める」
ヴァレリーの耳がぴくりと動いた。
「佐田に会う。そして、なぜ一人で帰ったのか、試飲した後、浩美さんは一緒ではなかった理由を聞く。浩美さんと福島さんに共通する人間を洗い直す」
ヴァレリーは満足そうに尻尾を一振りした。
「ようやく、卯建の上がらない探偵から片足を抜け出しかけたな」




