第11話 ピート
部屋と同じくらい年代ものの応接机の上には写真と報告書のコピーが広げられていた。
古ぼけた雑居ビルの三階にある恭介の城。
千束探偵事務所。
部屋の奥に年季の入った事務机、動くのかと首を捻りたくなるようなコピー機兼ファックス。壁際には造り付けの流し台とその横に食器棚が置かれていた。
エアコンが悲鳴のような音を立てて温風を吐き出していた。
絵に書いたような貧乏探偵事務所がそこにあった。
(落ち着く……)
実家に帰ったような安堵と居心地を恭介は感じていた。
(これでいつもの缶コーヒーがあれば、言うことないんだが……多分、出てくるんだよな)
すっと愛飲していた缶コーヒーが出てきた。
「こちらでよろしゅうございますか?」
藤堂が微笑んでいた。
(だから、なぜ考えていることがわかるんだっ!)
恐怖に似た感情を覚え、つっーと顳かみを一筋冷たい汗が流れた。
「……はい」
引きつった笑いとともに肯定した。
「恭介、ぼさっとしてないで仕事をしろ」
応接台に乗っていたヴァレリーが顔を上げずに言った。
ちょこんと揃えられた先だけが白い毛並み手足と短い鍵尻尾は微動だにしなかった。
恭介が近づくとヴァレリーは何枚かの写真をじっと見ていた。
ぶら下がった福島とその下の床に横たわる浩美が一緒の写真。床には所々に散らばった大麦と薄っすらと埃。
ぶら下がった福島の写真と床に下ろされて撮られた写真。
横たわった浩美の写真とうつ伏せにされて撮られた写真。
踏み台。
ヴァレリーは顔を上げた。
次に現場検証した報告書を読み出した。
その様子を見るにつけ、恭介は
(こいつ、猫じゃねぇ……)
と毎回、思う。
(猫に先を越されるのもなんだかなぁ……)
恭介も真剣に写真を手に取った。
写真を見ながら佐田の言葉を思い出す。
ソファに座った佐田が重い口を開いた。
「福島の横領もさることながら、浩美がなぜ殺されたのかが知りたい」
「警察はなんと?」
「横領が発覚した福島は、愛人だった浩美を道連れに無理心中を図ったと」
「愛人……それは随分と乱暴ですね」
恭介は顔を顰めた。
佐田が疲れたようにため息を吐く。
「それがな、身内の恥を晒すようなんだが、浩美は妊娠していたそうだ」
「妊娠……」
「ああ。このことは、まだ外部には漏らさないで欲しいと、警察には頼んでいる」
「……警察は、お腹の子が福島さんの子と?」
佐田が頷く。
「若い浩美に入れあげて、会社の金を横領した。浩美はそれに気がついて責めた結果……と見ているそうだ」
「いや、あの日、浩美さんは始めて来たようなことを言ってましたが?」
「そんな筈はない。あの子は何度か行っている」
「そうなんですか」
「ああ。それに、浩美が横領を知ってというが、あの子は働いたことがない。働いたことのない者が横領など、どうやって知る」
佐田の組み合わせた両手は小刻みに震えていた。
「君が調べて、警察と同じ見解なら納得しよう。だがそうでないなら……儂は真実が知りたい」
佐田は強い眼力で恭介を見た。
にゃあという鳴き声に恭介は引き戻された。
ヴァレリーが前脚で顔を洗っていた。
「なあ、今回の事件、どう思う?」
「どうとは?」
「警察の読み通りなのかってことだよ」
ヴァレリーが鼻で笑ったような気がした。
「お前の考えは、どうなんだ、恭介」
「……う〜ん、なんかしっくりこないな」
「ほう、どこがだ?」
「浩美さんはなんで、大麦倉庫にいたんだ?呼び出されても行かなさそうじゃないか?それに……一緒に来た佐田はどうしてたんだ?」
「そうだな」
「あと、浩美さんはサンライズ創業家の孫だ。いくら金を注ぎ込んでも福島さんを相手にはしないんじゃないか。浩美さんなら、もっと同世代の男性を選びそうだ。まぁ、人の趣味はそれぞれだから、言い切れないけどな」
「お前にしては、鋭いな」
「えっ、俺褒められた?」
「少しだ、少し」
ヴァレリーは前脚で福島の写真を指した。
「どう思う?」
恭介は指された写真を手に取った。
ハイネックのヒートテックの上に、着古されたフランネルシャツを着た初老の男。
この男が数千万を横領をした男。
恭介の脳裏に微かになにかが掠った。
(なんだ?……大金を横領したんだよな……その金は……俺ならどうする?……金がある。家、車、時計、服……服!)
「気づいたか?」
「ああ。金があるのに、なぜ着古した服を着ている?」
「そうだ。お前みたいに遺産は自分のものじゃないと使わない人間は稀だ。横領した人間はなにかしら金を使う。服装も変わる。だが、この男の服装は横領した人間のものではない。質素過ぎる」
ヴァレリーはそう言って、今度は前脚で報告書を指した。
浩美についての死体検案書。
頭部に外傷有り。直接の死因は窒息死。
恭介は浩美の写真を手に取り、検案書と見比べた。
「怪我をした挙句に窒息死」
「それだけか?」
「服に大麦が付いている……蒸留所だから不思議じゃないよな?」
ヴァレリーは尻尾を一振りした。
「蒸留所に行けばわかる」




