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黒猫ヴァレリーの事件簿Ⅱ  作者: 高橋 なぎ
琥珀色の嘘 
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第9話 マルデクリスト

海外映画に出てくるような洋館と庭を前に猪熊は眉を顰めていた。

連れの刑事は啞然としている。

都内にこれだけの敷地を持っているだけでなぜだか犯人にしたくなると猪熊は内心で思った。


(金はあるところにはあるんだよな。くそっ)


呼び出しのベルを鳴らした。

暫くするとフロックコートを着用した初老の好々爺とした人物が現れた。


「当家の家令、藤堂と申します」


「山梨県警の猪熊と部下の西田です」


猪熊は名刺を差し出した。

よくドラマなんかでは警察手帳を見せるが、通常は名刺だ。


(見せろと言われれば見せてやろうじゃないか)


と猪熊は身構えたが、藤堂という家令はあっさりと名刺を受け取ると


「どうぞ、こちらへ」


と先に立ち、屋敷内を案内した。

応接間だろうという部屋に通された。

猫脚の高級家具など実際に目にするのは初めてで、座っていいのか判断に困った。

部屋の調度品なども傷を付けたら何年か分の給料は飛ぶなと想像してぞっとなった。

猪熊は慎重に腰を下ろした。

お仕着せを着たメイドが紅茶を運んできた。


(取り敢えず飲んで落ち着こう)


紅茶を一口飲んだところで重厚なドアが開き、先に入ってきたのは手足の先と首下からお腹周りにかけて白い毛並みがある黒猫だった。

黒猫は猪熊の向かいのソファに飛び乗り、じっとこちらを観察していた。

そう見ているのではなく、文字通り観察しているのだ。

猪熊は知能犯を相手にするような心地になり、さっと背筋が緊張した。


「すみません。お待たせしました」


緊張を破るかのように三十代手前の長身の男が現れた。

洗いざらしのシャツに履き古したジーンズ。

いささかこの屋敷に相応しくないと思われた。

男は黒猫を見ると息を零した。

「千束です。お待たせしました」そう言って、黒猫を下ろすでもなく、黒猫の隣のソファに座った。


「山梨県警の猪熊と部下の西田です」


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「昨日、サンライズの蒸留所で遺体が発見されたのはご存知ですか?」


「えっ」


「にゃあ」


千束の答えを遮るかのように黒猫が鳴いた。


(なんだ?)


「こら、ヴァレリー!すみません。こいつ、たまに変な行動をしますが気にしないでください」


黒猫が不満そうに短い鍵尻尾をソファにびたんと打ち付けた。


「はあ……」


「サンライズの蒸留所で遺体が発見されたんですか。それで?」


「その遺体についてなんですが、男性と女性の遺体で、なにかご存知ないかと思いまして、本日、お伺いしました」


「そうですか」


「確認のため、こちらの写真をご覧いただけますか」


「拝見します」


恭介は写真を引き寄せた。

黒猫も覗き込むようにして見ていた。


「男性の方は知りません。女性の方は矢田部浩美さんです」


「矢田部さんに会われたことは?」


「一昨日が初めてです」


「千束さんは、一昨日、お見合いであの場に行かれたということですね」


「はっ?」


恭介が頓狂な声を上げると、黒猫が眉を顰めたように見えた。

恭介の態度に猪熊も面食らった。


「違うんですか?」


「見合いって、誰の?」


「いや、千束さん、矢田部志信さんと見合いをされたんですよね?」


「業務提携の下見ですが……えっ、ちがうのか?」


恭介はヴァレリーを見た。


「千束さん、猫に確認してどうするんですか」


「あっ、いや、そうですよね。すみません、ちょっと、混乱してまして……確認していいですか?」


「まぁ、それは後でご自由にしてください。先に私たちの方を優先してもらえますか?」


「あ、はい」


「被害者と会ったのはその時が初めてだと。なにか感じませんでしたか?」


「大人しそうなのに、なんだろう、手慣れているみたいな……強引じゃないんですが、誘導が上手いような……」


「ずいぶん印象に残っているようですが……」


「距離の詰め方というか、人との間合いが妙に上手くて…………俺の苦手なタイプだったんで……それに、爪が長かったし……」


「爪?」


「引っ掻かれたら痛そうだなと思ったんです」


「おい、西田」


西田と呼ばれた若い刑事がノート代わりのスマホを確認する


「……付け爪をしてますね……二枚目剥がれています」


「……そうか」


猪熊は恭介を正面から見た。


「それにしても、千束さんは細かいところまでよく気が付かれますね……それに、遺体を映した写真も平気で見ていらした」


猪熊の口元に意地悪い笑みが浮かんだ


「遺体の写真なんて、普通は目を逸らしたり、じっと見たりしないものなんですが」


「ああ、それは商売柄です」


「商売柄とは?」


「こう見えて、探偵をしていまして……」


「はっ?」


恭介の台詞に猪熊は豆鉄砲を食らったような表情になった。


猪熊は部下と共に一条寺邸を辞した。


「探偵……だから遺体写真にも動じなかったのか」


猪熊は一条寺邸を見上げた。


「……資産家で探偵か。変わった男だ」


しばらく屋敷を眺めてから、小さく鼻を鳴らした。


「くそっ、やっぱり犯人にしてぇ……」


猪熊は寸の間、睨みつけていたが肩を落とした。


「……駄目か」



猪熊たちが帰った後、恭介はヴァレリーに向き合った。


「おい、あれ本当に見合いだったのか?」


「いまさらか」


呆れたようにヴァレリーが言った。


「で、恭介、どうなんだ?」


「なにが?」


「……わかった。返事をしておく……藤堂」


「畏まりました」


「おわっ!?」


足音もなく藤堂は恭介の背後に立っていた。


(心臓に悪ぃ……)


「恭介様もよろしいでしょうか?」


「嫌だと言って、聞いてもらえるんですか?」


いつも意見は無視されるので、つい嫌味が出た。


「勿論でございます。こればかりは致し方ございません。どうされますか?」


いつもと違い意思を聞かれると、情けないかなどうしていいか自分でもわからない。

見合いと言われてもピンと来ないというのが正直なところだった。

どうするべきか。


「……ヴァレリー」


つい、情けない声が出た。


「……やれやれ、実にお前らしい。藤堂」


「お断りしておきます」


「お願いします」


恭介は頭を下げた。


「しかし、気になるな……」


「なにがだ?」


ヴァレリーは答えずにじっと窓の外を見た。


「おい……」


その時、恭介の携帯が鳴った。


ヴヴヴヴヴヴ


「はい、千束です」


『佐田だ……』


スマートフォンを握る手に知らずに力が入った。


『千束君、手を貸してくれーー』


恭介の表情が変わった。



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