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黒猫ヴァレリーの事件簿Ⅱ  作者: 高橋 なぎ
琥珀色の嘘 
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第4話 余溜臭

矢田部浩美(やたべ ひろみ)はベッドの中で煙草を燻らせた。


「はぁっ、腹が立つ。なんで私より先に妹の方に良い見合い話を持ち込むのよ、あの爺。しかも、本人には内緒って無理に決まってるわよ」


「仕方ないだろ、爺さまお得意の独断なんだから」


ネクタイを締めながら和明が答えた。


「いい加減にくたばればいいのに」


「それが孫娘のいうセリフか?」


和明が笑いながら浩美に言った。

浩美は肩を竦めた。

浩美は佐田の次女が産んだ娘の一人だ。楚々として大人しく優しいと評判だが、その実、いろいろな男と遊んでおり、計算高く利己的だった。立ち回りが上手く、肉親で浩美の本性を知っているのは従兄の和明くらいだ。和明とも関係はあるが良いように利用していた。

それは和明も同じだった。浩美と仲良くしておけば、佐田が他界した時、自分の立場が有利になると踏んでいるからで、少しの情などない。

偶に寝るだけの関係だった。


「見合い場所、どこだよ?」


「山梨のあそこよ」


「蒸留所か。好きだな爺様」


「誰が喜ぶのよ、あんな山ん中。馬鹿じゃないの。まぁ、志信(しのぶ)にはお似合いかもしれないけとね」


「ふ〜ん。で、相手は誰だよ」


「千束恭介っていう男。あんた知ってるでしょ」


「千束……」


その名前に和明の表情が歪んだ。

会社で恭介に会った日、和明は佐田から厳しく叱責された。

日頃の勤務態度にもそれは及び、次に同じことがあれば子会社へ一社員として出向させか、辞職させるとまで言われた。

自分より下の貧乏探偵だと馬鹿にしていた恭介が、自分より立場が上になっていたと知った時の屈辱。しかも、比べられ、ため息を吐かれたことは今思い出しても腸が煮えくり返る。


(運が良かっただけだ。あいつには貧乏探偵がお似合いなんだよ)


「千束が志信の相手ね」


和明が嫌な笑みを口元に浮かべた。

その笑みを見逃さなかった浩美も歪んだ笑みを浮かべる。


「なんか面白そうなこと考えてるわね、和明」


「まぁな……」


(浩美(こいつ)を使えるか?)


「浩美、見合いを潰して遊ばないか?」


「潰してねぇ……」


「横から志信の相手を奪んだよ。お前だって良い物件はキープしときたいだろう?それに、引っ掻き回して楽しめるしな」


「……それもそうね。好みじゃなきゃ、楽しく遊べる方がいいわ。で、和明にはなんのメリットがあるのよ」


「あの男に恥を掻かせてやりたいんだよ」


「そういうこと。男の恨みって怖いわ」


浩美がくすくす笑った。


「あいつは、多分、楚々とした大人しげな女に弱い。お前、普段からそう見せてるからやれるだろ?」


「そりゃね。まぁ、気に入れば奪う。気に入らなければ貢がせてポイ捨てでいいかな。」


浩美は髪を掻き上げた。


「お前、いつか刺されるぞ」


「あら、和明だって同類でしょ」


和明と浩美は暗い笑い声をあげた。




音楽だか騒音だかわからない音が流れる店で矢田部志信はつまらなそうな表情で座っていた。

脱色した長い髪は毛先が少し傷んでいた。


「志信、楽しまないの?」


「飲みが足りないんじゃない?頼もうか?」


ミカとエリとしかしらない友人とも呼べない二人が話しかけてくる。

この二人も自分の背景を見ているのだ。大企業の会長の孫娘という志信を。

「大丈夫」とだけ返す。

二人は肩を竦めた。


「おっ、三人?俺らと飲まない?」


肩までの髪を染めた男が声をかけてきた。

「どうしようかな」といいつつ、ミカとエリは喜んでいた。

男たちは了承も得ずにミカとエリの横に座る。


「ここ、VIP席だよね。凄いな」


「まぁね。うちら特別なんだよ」


「そうなんだ」


「そうそう。ね、志信」


エリが志信に振る。

志信は飲みかけて放置していたグラスを取ると一気に呷った。


「おっ、いい飲みっぷりだね、志信ちゃん」


男が持ち上げるのを尻目に、


「ここ、好きに使っていいから」


そう言って志信は立ち上がった。

どうせ、お金さえ払えば自分がいようがいまいが関係ないのだろう。ご機嫌取りをしなくて済むとはがりに喜んでいるのを志信は知っていた。

後でなにか言っているが、興味はないとばかりに志信は店を出た。

祖父が志信を心配しているのはわかっている。だからあの人に危なくないよう自分を見張らせているのだ。


「志信さん、帰りましょう」


いつから待っていたのだろう。

そこには変わらない穏やかな声の城戸がいた。





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