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黒猫ヴァレリーの事件簿Ⅱ  作者: 高橋 なぎ
遠藤酒造の悲劇
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エピローグ 春告鳥と稜線

一条寺家の庭では鶯が鳴いていた。

春告鳥と呼ばれるこの鳥が鳴くと、春が来たと感じるが、恭介はそれを感じることもなく書斎の中で今日も今日とて書類の決裁に追われていた。

年度末決算を一月後に控えているためか書類が多いような気がする。


(気のせいか……?)


恭介は顔を顰めた。

ちらっとヴァレリーを見る。

専用のベッドで優雅に寝ているヴァレリーは平和そうだ。

ヴァレリーが寝たままで、ひとつ伸びをした。


「春眠暁を覚えず……いかんな、この時期は」


(確か、杜甫の絶句の一文だったよな。寝起きになんでさらっと出てくるんだよ)


「お前、なんでそう知識高めなんだよ」


「猫だからな」


「……いいや、違うな。俺は今日確信した。お前、未確認生物だろう!」


「……はぁっ」


呆れ果てたとばかりにヴァレリーはため息を吐いた。


「恭介」


「なんだよ」


「わかった。なら普通の猫になってやろう」


「えっ?」


「これから一切、書類確認はせん」


「それって、俺がこの暗号書類みたいなものを解読し、理解していかなきゃいけないってことか?」


「にゃぁ」


「じょ、冗談だよな?」


ヴァレリーがにやりと笑ったような気がした。

慌てた恭介はヴァレリーの機嫌を取るように話しかけるが、


「にゃぁ」


「にゃん」


としか反応しなかった。

恭介は真っ青になり、頭を抱えた。

絶望という文字が頭の中をぐるぐると回っている。

使用人に箱を持たせた藤堂が書斎に現れた。


「失礼いたします」


藤堂は箱を空いた机に置くように指示し、使用人を下がらせた。

パタンとドアが閉まる。


「ヴァレリー様、お誂いはそこまででございますよ」


藤堂が咎めるように言った。


「ふん、つまらん」


「藤堂さん」


恭介は地獄に仏とばかりに藤堂を見たが、


「恭介様だけで処理されましたら、後始末が地獄になります。私は御免被ります から、ヴァレリー様お一人でなされてくださいね」


藤堂の台詞に、先ほどまでの感謝が吹き飛んだ。


(言い方!藤堂さん、言い方酷くないですか?)


恭介はがっくりと頭を落とした。


「仕方ない……藤堂、それは?」


ヴァレリーが箱を指した。

くんと匂いを嗅ぐ。


「いい香りだ」


「遠藤正樹様からでございます」


「遠藤から?」


恭介は箱を開けた。

一升瓶が二本と小瓶が一本入っていた。

一升瓶のラベルは『純米大吟醸 稜線』となっていた。

これにはいつもは澄ましている藤堂が目を見張った。


「これは……」


「凄い酒なんですか?」


「精米歩合1%未満の最高峰でございますよ。愛好家でも手に入れることが出来るかどうか。それが二本も」


藤堂がうっとりと眺めていた。

どうやら、とんでもなく貴重な日本酒らしい。

それでも恭介は一本を手に取ると、藤堂に差し出した。


「藤堂さん、どうぞ」


「よろしいので?」


「いつも世話になっているお礼です」


「藤堂、コレクションが増えたな」


「はい。恭介様、ありがとうございます」


照れくさを隠すように恭介は小瓶を手に取った。


「えぇっと、もう一本は……『猫ころがし』?なんだこれ?」


恭介は同封されていたカードを開いた。


「またたび酒……これ、お前のだってさ」


そう言って、恭介はヴァレリーの前に置く。


「お酒ですか?それは少し……」


藤堂が難色を示す。

猫にアルコールは厳禁なのでもっともな態度だ。


「これ、アルコールは入ってないみたいですよ。中身は特製のまたたび水みたいですよ。酒って付けたのは、きっと、あいつの悪戯心だな」


「お前の友人にしては、気が利くな」


「どうせ、俺は気が利きませんよ」


恭介がやさぐれたように言うと、


「事実だ。拗ねるな」


「お前なぁ、そういうところが、可愛くないんだ」


「お二人とも、そこまででございますよ。恭介様、書類の決裁を。ヴァレリー様はこちらに目をお通しになってください」


藤堂が有無を言わせない微笑みを浮かべる。

すごすごと恭介は机に戻り、サインを書き始めた。

ヴァレリーも器用に前脚で書類を捲っていた。

藤堂が執務室を出ようとしたとき、ヴァレリーが呼び止めた。


「藤堂」


「夕食後に」


「頼む」


それを見ていた恭介は


「お前と藤堂さんって、どうなっているんだ?会話短すぎだろう」


「付き合いの差だ」


「ふ〜ん……で?」


「せっかくのもらい物だ。夕食後に飲むと言ったんだ」


「いいな。そうとなったら、気合い入れますか」


「……お前という奴は……」


ため息混じりに呟いた。


「なんかいったか?」


「いや、それがお前だったと思っただけだ」


変わる人間もいるが変わらない人間もいたなと目の前の人間を見てヴァレリーは思う。

窓から差し込む陽射しに黒い鍵尻尾が揺れた。





無事に完結することができました。

ありがとうございます。

お楽しみいただけましたでしょうか?

もし、少しでも楽しんだよ思っていただければ、嬉しく思います。

また、☆☆☆☆☆のところを★にて、評価をいただければ幸いです。

ありがとうございました。

次話(9月21日から開始)はウィスキーの蒸留所でお会いできればと思っております。


「恭介、近々、狸を見学に行くぞ」

「はあっ?」

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