↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫ヴァレリーの事件簿Ⅱ  作者: 高橋 なぎ
遠藤酒造の悲劇
PR
33/56

第18話 新酒の呼吸

タンッ。


シュッ。


格子窓の扉が勢いよく開かれたと同時に黒い影が高村の顔に襲いかかった。


「ギャッ」


「うわっ!」


反射的に手で顔を守る高村の左手首には包帯が巻かれていた。

高村の手から解放された出島はゲホゲホと身体を折るようにして咳込んだ。

床に降り立ったヴァレリーが毛を逆立てて

シャーッと威嚇をする。

恭介はヴァレリーと出島を安全な場所にまで移動させた。

距離を取る出島とヴァレリーを確認すると、いつになく厳しい表情をした恭介は高村を逃がすかとばかりに立ちはだかった。

高村が逃げ出そうと視線で出口を伺っている。


「高村さん、終わりです」


「な、何がですか?出島さんとのことなら、カッと頭に血が昇ってしまったんです。申し訳ないことをしました」


恭介はゆっくりと頭を振った。


「そうですか……ところで、高村さん、その左手首どうされました?」


「ああ、これですか。暗い所で、釘かなにかで引っ掻いたんですよ」


「初七日の法要のときには、怪我をされていませんでしたよね?」


高村が左手首を隠すように袖口を引っ張った。


「法要が終わり、学さんと飲んだ後、ここに送り届けたときに、ちょっと」


「遠藤は犯人の左手首を引っ掻い たと言っています。」


「そ、うですか……偶然ですかね……」


高村の額につーと汗が流れた。


「まさか、この怪我だけで、疑っているんですか?」


高村の口調が少し早くなった。

恭介は無言で高村を見ていた。


「こんな怪我一つでは、証拠にならない!」


高村の酒蔵に焦ったような声がする。

その高村とは反対に恭介は落ち着いた様子でポケットに手を入れ


「そうですか……では、これでは?」


恭介はピンクの房のストラップが付いたスマートフォンを取り出した。

高村の顔色が瞬間変わった。


「これ、誰のスマホかわかりますか?」


「それ……どこに……」


高村の言葉が詰まる。


「中を……観たんですか」


(大丈夫だ。ロックが掛かっている。落ち着け……)


高村は余裕を見せるように笑みを浮かべようとするが、口元がぴくぴくと動くだけだった。

恭介はスマートフォンの画面を静かに操作した。


「ロックは解除してあります」


高村の顔から血の気が引いた。


「2026-01」


高村の瞳が揺れた。

見せられた画面にはアイコンともにフォルダが映し出されていた。

恭介は静かにそのフォルダを開いた。

震える高村の手がスマートフォンに伸びるが、恭介はその分だけスマートフォンを遠ざけた。

高村は寄越せとばかりに恭介を睨みつける。


「それを寄越せ!」


「これはあなたのものじゃない」


「あいつは金と引き換えに渡す約束をした!だから私のものだ!」


高村の言い分に恭介の耐えていた怒りが溢れ出した。


「ふざけるな!」


恭介の怒声。

高村の身体が固まった。

恭介は怒りを逃がすかのように深く息を吐いた。


「これはあなたのものじゃない。一連の事件の証拠だ」


「……証拠?ち、違う……私の……」


「違わない……それと、これは金田さんが落ちたタンクの醪(もろみ)が付着した一万円札です。」


恭介は冷静に


「鑑識で調べれば、指紋だけじゃなく、どのタンクの醪かということもわかるんです」


高村は血走った瞳で恭介を睨んだ。


(まだだ。まだ逃げ道はある……落ちつけ……笑え)


高村は笑みを浮かべるが、目だけは笑っていなかった。

高村は認めようとしない。

それどころか、どうにかして、逃げようとしているのが落ち着かない目の動きでわかった。

恭介はフォルダを開き、サムネイルに触れた。

スマートフォンを高村に見えるように向ける。

動き出す画像。


画面に映し出されたのは薄暗い酒蔵の内部だった。

階段をゆっくりと階段を降りるひとりの男。

少しカメラが揺れた。

その先には床に倒れた正隆

男は助けようとはしない。

動かない相手をただ見下ろしていた。

カメラが立っている男の横顔をズー厶で映し出していく。

映し出された横顔はーー


酷薄な表情をした高村だった。


高村の顔から血の気が引いた。


「こんなのは嘘だ……」


高村はその場に立ち竦む。


「認めない……私は……」


虚ろな目をした高村に恭介は


「それを決めるのは、あなたじゃない」


遠くからサイレンの音が近づいてくる。

高村がびくりと肩を震わせた。


「あ、あのとき、何が起こったかわからなくなっって……そう、気が動転してたんだ。死んでいるなんて、誰も思わないじゃないか」


高村は引き攣る顔で弁明をする。


「警察や救急車を呼ばなかったのは?」


逃げを打つ高村に恭介が問いただす。


「……」


「高村……」


掠れた出島の声がした。


「高村……やはり、お前は杜氏にはなれん」


出島は憐れむように高村に告げた。


「杜氏は造った酒に愛情と責任を持つ。だが、お前は酒よりも利益を優先し、表面だけ取り繕えばいいと思っている。それでは杜氏は無理だ。ましてや、遠藤(ここ)は伝統を守り、それを受け継ぎ、愛情を注いで酒を造る蔵だ……高村、残念だ」


酒造遠藤の前で聞こえていたパトカーのサイレンの音が不意に止んだ。


「伝統?……利益を優先して、何が悪い……利益がなければ、酒を造ることができないじゃないか!!」


高村が出島を睨みつけた。


「私を認めなかった先代が悪い……認めないあんたが悪い!」


「お前を認めないわけではない。お前は頭としては立派だった」


「頭?なにが頭だ!所詮は二番手だ。私は杜氏になりたかった!」


堰が崩れたのか、高村が激高した。


「あんたの後を継ぐはずだった!……なのに最後まで圭吾だ、伝統だと言って俺を見もしなかった!」


「高村……」


「先代も金田も正樹さんもあんたも……認めない。ただ、私の邪魔をするだけだ」


虚ろな目をした高村が「誰も、俺を見ようとはしなかった」と呟き、暗い笑みを浮かべた。


「酒だってそうでしょう?……いらない澱は取り除く……同じように取り除いただけ。何が悪い?」


重い静けさが酒蔵に流れる。

制服を着た警官と刑事が蔵の中に入ってきた。

刑事は高村の前に立ち、


「高村さん、署までご同行をお願いします」


高村の両脇を制服を着た警官が固め、促すように歩いて行く。

蔵の入り口には圭吾が心細そうな表情でぽつんと立っていた。

出島はヴァレリーを一撫でし、恭介に向かって会釈した。

ゆっくりと圭吾の方に向かう。

蔵には恭介とヴァレリーが残された。


ぷつん。

ぷつん。


「酒は人を酔わせる」


警官に両脇を挟まれ歩いている高村。


「だが、あの男を酔わせたのは酒ではない」


ヴァレリーは高村の背中を見ながら呟いた。


「己の欲だ」


「……そうだな……」


「やれやれ、これで濾過終了だな」


「ああ。遠藤にもきちんと報告ができる」


「なによりだ」


「ところで、お前、案外運動神経がいいんだな」


ヴァレリーは恭介を見上げた。


「高村めがけて飛びかかるなんて、まるでヒーローみたいだったぞ」


「肉体労働はお前の仕事だったはずだがな」


「春の健康診断のためにも動いた方がいいんじゃないか?」


ヴァレリーが恭介を睥睨するような鋭い視線を送った。


「ほう、それはあの忌々し関が春にも健康診断でやって来るということだな」


「あっ」


それは藤堂からヴァレリーに知られると抵抗が半端ないので内緒にするようにと言われていた。


(藤堂さん、すみません)


「お前たちがそうくるのであれば、私も考えがある」


「えっ、い、いや、あ、あの、ヴァレリーさん?」


ヴァレリーは恭介を置いてすたすたと歩き出した。

恭介が慌ててヴァレリーを追いかけていく。


ぷつん。

ぷつん。


誰もいなくなった酒蔵では酒が呼吸する音だけが響いていた。 


人は迷う。

だが、酒は迷わない。

受け継がれるものだけが、次の季節へと静かに流れていく。

蔵の窓の外。

奥羽山脈の険しい稜線が冬空の下で変わらずそこにあった。




明日の2話投稿(17:50、19:30)にて完結いたします。

最後までお付き合いいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。