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黒猫ヴァレリーの事件簿Ⅱ  作者: 高橋 なぎ
遠藤酒造の悲劇
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第15話 酒蔵の祠

薄暗い部屋の中。

その人物は途方に暮れていた。


(やっぱり、持っていたらヤバい……でも、どうしたらいい……?)


じっと手の中のスマートフォンを見つめた。

ストラップのピンクの房がゆらゆらと揺れていた。



軒下に杉玉が吊り下げられ、白壁と焼杉で造られた酒蔵遠藤。

老舗の風格がそのまま現れているかのようだった。

恭介は格子窓の引き分け戸を開けて店内に入った。

店内は清涼感のある木の香りが漂い、懐かしく静かな空間を作り出していた。

棚にずらりと並んだ日本酒。


「ここは樹木の香りが強いな」


「そうか?酒屋独特の匂いじゃないか?」


「杉樽の匂いとか言えんのか、お前は」


「人間だからな、問題はない」


と恭介はすまして言った。


「……まぁ、いい。恭介、わかっているな」


「ああ」


返事をした恭介が店の奥に声をかけた。


「ごめんください……すみません……」


暫くして奥から応えがあった。


「……はい、ただいま……」


遠藤と染め抜かれた暖簾をぐぐって出てきたのはこの店に来て初めに対応に出てきた江田だった。

江田はまだ販売の営業は再開していないと断りを入れようとした。


「すみません、店はまだ………」


「いや、客じゃないです」


「えっ?」


江田は一瞬戸惑いを浮かべたが、恭介を見ると、


「あぁっと、千束さん……でしたか?」


「そうです」


「あの、正樹さんは……」


「知っています。先ほど、病院へ見舞いに行ってきたんで」


「それでしたら、こちらには、どんなご用件で?」


「遠藤から頼まれていた探し物をさせてもらえないかと思って来たんですが」


江田は首を傾げた。


「探し物?」


「ええ。遠藤には許可を取ってるんですが、皆さんの仕事の邪魔をするのもちょっと……」


「どこを探されるんですか?」


「事務所と中庭、酒蔵周辺です」


「……わかりました。では、高村さんか圭吾さんに聞いてきますので、ちょっと待っててください」


そう言って江田は一度奥に引っ込んでいった。

暫くして、恭介のもとに戻って来た江田は、店奥へと案内した。

恭介は事務所の方へと足を向ける。


「まだ、なにか探し物ですか?」


付いて来た江田が恭介に尋ねた。


「それは、まだ秘密です」


「……そうですか。見つかるといいですね……すみません、これから蔵に行くので、終わったら声をかけてもらってもいいですか?」


「わかりました。お手数おかけします」


江田は会釈して出て行った。

江田が去った後、恭介はキャリーバッグを開けた。

ヴァレリーが出てきた。

前脚を前に出し、ヴァレリーは身体を伸ばす。


「恭介、探せよ」


「はいはい」


恭介は金田の机を探し出した。

袖机の引出しを締め、恭介は一息つく。

ヴァレリーはくんくんと匂いを嗅いでいた。


「醪の匂いがここまで香ってくるな」


ヴァレリーの声に恭介は


「造酒屋だからな」


と返した。


「外に行くが、お前はどうする?」


「外は寒い」


「へいへい。一人で行ってきます」


恭介は中庭、酒蔵周辺をぐるりと一周し、事務所へ戻って来た。

ヴァレリーはキャリーバッグの中で丸まっていたが、恭介が戻ってくると片目を開けた。


「おい、そろそろ」


とヴァレリーを見る。


「そうだな」


そう言って、恭介はヴァレリーが入ったキャリーバッグを片手に抱え事務所を出た。

恭介は蔵へと歩いて行く。

一仕事終えたのか、蔵人たちが酒蔵から出てきた。圭吾、高村、出島の顔もあった。恭介が江田を見つけると、江田も恭介に気がついた。

江田は足早に恭介の元に来た。


「お疲れ様です」


恭介が労うと、江田は笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。千束さんもお疲れ様でした」


恭介は江田と並んで歩く。

江田は首に掛けたタオルで汗を拭いながら歩いていた。

冬場にこれほど汗を搔くのはそれほど酒造りが重労働だということだ。

これは好きじゃないと続かないなと恭介は感じた。


「探し物のスマホは見つかりましたか?」


「ええ、おかげさまで」


「よかったですね」


「ええ。まさか、あんな所にあるなんて思いもしませんでしたよ」


「そうですよね……」


江田は何気ない調子で頷いた。


「中庭の祠の脇にあるんじゃ見つかりにくいですよ」


「にゃん」


ヴァレリーが鳴いた。


「あはは、この猫、そうだなって言っているみたいですね」


それを聞いた恭介は、キャリーバッグの入口を開けた。ヴァレリーが飛び出して、祠に向かって行った。


「あっ、猫、大丈夫なんですか?」


「ええ。あいつなら大丈夫です」


恭介の声に呼応するように、「にゃあ」という鳴き声が聞こえてきた。

祠の脇にヴァレリーが座っていた。


「本当に……そんな所にあったんですね」


「えっ?」


恭介は江田に向き直ると、目を合わせた。

江田の笑みが凍りついた。

喉が、ごくりと鳴る。


「実は、まだ見つけてなかったんですよ」


「えっ、そ、そんな……」


「江田さんが言った場所で、ヴァレリーがスマホを見つけたみたいですよ」


恭介の言葉に江田の身体が蹌踉めいた。

江田の顔から血の気が引いていった。



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