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黒猫ヴァレリーの事件簿Ⅱ  作者: 高橋 なぎ
遠藤酒造の悲劇
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第11話 発酵熱のような焦燥

「悪かったな、朝早くに電話して」


恭介は正樹と並んで歩いていた。

ヴァレリーは恭介の肩に乗り、酒蔵遠藤の中を伺う。

なんの変哲もない造りの家屋。


「九時は朝早いとは言わないよ。しかし、従業員控え室や事務所を見てなにをするんだ?」


「ちょっとした探し物だ」


「探し物?事件に関係あるのか?」


「多分な」


「……それはこの猫からの指示か?」


正樹が半ば笑いながら茶化すと「にゃあ」とヴァレリーが肯定する。


「そのとおりだよ」


恭介は至極真面目に返した。

正樹は吹き出したが、恭介にとってはいつものことだった。

面白くはないが。


(まぁ、普通は猫が主導権を握っているなんて思いもしないよな)


ため息をつきたくなる恭介だった。


事務所に行くと高村が帳簿と納品書を確認していた。


「おはようございます。どうされました、正樹さん」


「えっと……」


言い淀む正樹に代わり、恭介が説明した。


「金田さんの机周りの整理ですよ。いつまでもそのままにしておくわけにはいきませんしね」


「そうなんだよ」


「そう……ですか……けど、明日の初七日の準備はいいんですか?なんなら私が代わりにやっておきますよ?」


「いや、高村さんは蔵の方があるから、こちらでやるよ」


「そうですか。でも、お手伝いすることがあれば呼んでください」


「ありがとう……じゃあ、恭介やるか」


「そうだな」


ヴァレリーは恭介の肩から


とん


と軽やかに飛び降りて、金田の机の上には着地した。

ふんふんと匂いを嗅いでいる。

恭介は引き出しを開け、中身を一つずつ確認しながら、傍らの段ボール箱へ移していった。


「おっと」


わざとペンを床へ落とし、拾うふりをして机の下を覗き込む。

警察が調べた後だけあって、これといったものは残っていない。当然、スマートフォンも見つからなかった。

女性用のロッカーは、店舗にほど近い更衣室に置かれていた。

ロッカーの中を探し、ついでに私物らしき物を段ボール箱の中に入れた。

ここにもスマートフォンは無かった。


その様子を見つからないようにこっそり見ていた男がいた。

薄暗いそこは隠れて見るにはちょうどいい場所だった。

正樹が何かを拾い上げた。

男の喉がごくりと鳴る。


(まずいぞ……バレたのか?)


男は紺無地の法被の裾をぎゅっと握りしめた。


「なんだ、これ?」


正樹の声にどきっと心臓が鳴った。


(なにを見つけたんだ?)


見えないかと男は長靴を履いた足を一本を出した。


「凄い量の割引き券だな」


「まったく……期限切れのもあるぞ。捨てろよ」


正樹が悪態をつく。


(……どうにかしないと……)


男は足音を忍ばせてその場を去った。


「……随分と気になるらしいな」


薄暗い闇の中からヴァレリーが見ていたことを男は気がついていなかった。





学は高村の休み時間を見計らい呼び出した。

底冷えする寒さも気にならなかった。

いらいらしてつい、足を揺すった。

このままでは計画が駄目になってしまうと考えると居ても立ってもいられなかった。

待つ時間が異様に長く感じる。

まだか、まだ来ないのか。

なにをしているだ。


「お待たせしましたか?すみません」


高村が申しわけなさそうに頭を下げた。


「いいや」


「それで、どうされました?」


「大変なんだ。どうすればいい、高村さん」


「学さん、落ち着いて。なにがあったか初めから話てください」


高村は狼狽える学を宥め宥め、なにがあったかを聞きだした。


「そうですか。正樹さんが継いで、圭吾君に……」


「正樹が継ぐなら、咲のやつは文句一つ言わずに了承する。そうなったら……計画が」


「ふうっ、諦めるしかないですね」


「諦めるって、それでいいのか、高村さんは!」


学は高村に詰め寄った。


「いいもなにも、どうしようもありませんよ」


「どうしようもないって……」


「正樹さんが継ぐ。咲さんは反対しない。杜氏の出島さんも文句は言わない。誰も反対しない」


高村は一度言葉を切った。


「正樹さんが継ぐ限りこのままです」


「高村さん、本当にあなたはそれでいいのか?経営に明るい人間がいいって言ってたじゃないか」


「正樹さんは飲食店を経営し、成功させてる。反対する理由はないですよ」


「そんな……」


学は力が抜けたように一、ニ歩よろけるように後に下がった。


「まあ、これはあくまでも正樹さんが継ぐ前提の話ですけど。まだ決まったわけではないんでしょう?」


「ああ、まだ咲にも誰にも話てない。正樹は初七日のときに言い出しそうな感じだった」


高村は少し考えて学に言った。


「そうですか。知っているのは学さんと私だけ。もし、正樹さんになにかあったら大変だ。早く発表した方がいいです」


「……」


「すみません。そろそろ休憩時間が終わるので」


酒蔵へ向かっていた高村が一度、学の方を振り返った。


「学さん、夢は自分で叶えるものですよ。それができないなら、諦めましょう」


そう言って学の前から去って行った。


(自分でできないなら諦める?……もう少しだったのに……諦められるのか?)


じっと手を見た。

あと少しで掴めるはずだった夢。

崩れかけた計画。


(……)


残された学は暗い目をして立ち竦んでいた。

ここまでお読みになられて、いかがでしたでしょうか?

ここから後半になります。

もし、よろしければ、後半もお読みいただけると嬉しいです。

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