第11話 シュール・ポワント――倒立
「駄目だ……証拠がない」
恭介は握った拳を机に振り下ろした。
製造工程は久島の元にあり、しかも、時間が立ち過ぎているために久島が盗んだことを証明するものが何も残っていなかった。
分かっているのに証明できないことが、恭介には歯がゆくて仕方なかった。
それなのにヴァレリーはソファーで悠然と寝ている。
「恭介、待てば海路の日和ありというぞ」
ヴァレリーは目を開けずに言う。
「こんな時にことわざかよ」
恭介は悪態をつくが、ヴァレリーは相手にしない。
恭介はぶっきらぼうに、
「何か手があるのかよ」
ヴァレリーからの返事はない。
”くそっ!”
恭介は乱暴に頭を掻き、背もたれに身体を預けた。
腕を組み目を瞑る。
”落ち着け……何かなかった……”
「失礼いたします」
いつものように寸分の乱れもない身なりの藤堂が部屋に入ってきた。
紅茶の香りが漂う。
気が荒れているいま、正直言って、いまは紅茶を飲む気にはなれなかった。
恭介は目を閉じたまま、不機嫌にむっとした。
「ヴァレリー様」
「あったか、藤堂」
「こちらに」
二人だけのやり取りにさらに機嫌が悪くなる。
”いつもそうだ。俺だけが分からない……”
いつもなら、あとで分かると諦めていたが、今日は我慢ができなかった。
怒鳴ろうと身体を起こした恭介にヴァレリーは何事も無かったように、
「証拠があったぞ」
ヴァレリーにそう言われ、恭介は一気に毒気が抜けた。
「はぁ?」
こいつ、いま何と言った?
「山吹の雫を作りだしたのは、滝沢夫妻だ」
恭介が目を見開いた。
「……証拠……あったのか?」
藤堂が机に古い一冊のノートを置く。
色褪せた表紙には葡萄の汁が飛んだような紫色の染みが残っていた。
「久島への出資だが、一度引揚げる話があった。そうだな、藤堂」
ヴァレリーが藤堂を見た。
「はい。二十年前にこれ以上の成長は見込めないということで、実淳様は打ち切るご判断をなされました」
「けど、出資してるよな」
「恭介、何故だと思う?」
ヴァレリーの金色の目は射抜くような視線をしていた。
「……二十年前……山吹の雫か」
「はい」
藤堂の言葉が一度途切れた。
その表情に懐かしさの色が浮かぶ。
「実淳様はいたく気に入られ、山吹の雫に未来をご覧になられたのです」
「もし、無ければ……」
「出資先は滝沢ワイナリーへ変わっておりました」
ヴァレリーは先が白い前足で葡萄色の染みがついた色褪せたノートに触れた。
「二十年間、樽の底に沈んでいた真実がここにある」
恭介は喉を鳴らし、指でゆっくりとノートをなぞった。




