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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第七章 「紫煙に導かれて」
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第78話 依頼と再会の交差点

「とりあえず、中で話そう」


 ロバート――いや、今は“ロブ・ローズ”と名乗る男が、軽く顎をしゃくって部屋の奥を促した。

 彼を迎え入れ、扉が静かに閉まる。

 魔工灯の白光が、ふたりの影を柔らかく伸ばす。

 ロブが応接のサイドテーブルに置かれた小さな魔導具に触れると、青白い紋様が輪を描いて淡く浮かんだ。


「――よし。これで内から音は漏れんし、外からの魔力も通らない。もともと防諜構造の部屋だが、念には念を入れて……な」

「随分と厳重なんだな」

「厳重にしなきゃならん話だからな」


 ロブは外套を脱ぎ、内側から深い藍色の上着を覗かせた。縫い目ひとつ乱れのない仕立てで、首元には銀糸のタイが整然と結ばれている。

 控えめな装飾ながら、品の良さが滲み出ている。

 そのままソファへ腰を下ろすと、室内の空気がわずかに引き締まった。

 シモンも向かいに座り、背もたれに軽く体を預ける。

 ロブが小さく咳払いをして、先ほどまでの芝居がかった調子を捨てる。




「まずは、依頼を受けてくれたことに感謝する」

「感謝はいいが、もう少し分かりやすくしてくれないか?」


 場を引き締めようとしたのか、敢えて低く、落ち着いたロブの声色だった。

 しかしシモンは苦笑を浮かべ、ぞんざいに受け取った。


「はは、“依頼人スレイ・ミラー”のことか?」

「それだ、それ。危うく断るところだったんだぞ」


 ロブはニカッと笑い、軽く手を上げて謝意を示した。


「すまん、すまん。だが、お前だけに分かる符丁が必要だったんだ。それに――実際お前はそれに気づき、依頼を受けて、こうしてここにいる。つまり問題はなかった、ということだ」

「はぁ……まったく、性格の悪い言い回しだな」

「王都に長くいれば、誰だってこうなるさ」


 呆れたシモンとは対照的に、ロブは全く悪びれた素振りを見せない。

 だが、ロブは肩を竦めると、背を起こし、表情をわずかに引き締めた。


「さて――ここからの話は、他言無用で頼む。……すでに気づいているかもしれんが、今回の件は“あの方”からの密命だ」


 シモンは眉をひとつ上げる。



「“スレイ・ミラー”か。……つまり――」



 ロブは人差し指を唇に当てた。

 シモンは小さく頷き、それ以上を口にしなかった。

 部屋の静寂が、魔工灯の微かな揺らぎと共に沈む。

 これでようやく、茶番は終わりだ――そんな空気が、二人のあいだに流れていた。

 ロブは脚を組み、視線をわずかに落とした。


「“あの方”から公にできない任務――つまり密命というわけだ。そのために、私は“ロブ・ローズ”を名乗り、“特別辺境警備隊隊長”という仮初の肩書を使っている」


 淡々とした言葉の裏に、慎重な重みが滲んでいる。


「立場を偽る以上、公式の記録にも痕跡は残らん。だが、あの方の命で動いている以上、正規の捜査よりも速く、静かに潜らねばならんのだ」


 シモンは黙って頷き、続きを促す。

 ロブは脚を組み替え、指先でテーブルを二度叩いた。


「今回、我々が追っている“ターゲット”は――精神に作用する物質を用い、住民たちを静かに蝕んでいる連中だ。恐らくブツは香木か香油、あるいは祈祷用の聖油に偽装された匂いに関する何かだ。だが、その実体は“依存触媒”だ」


 シモンの瞳が、魔工灯の光を反射して鋭く光った。


「……つまり、洗脳、あるいは催眠か」

「そうだ。初期段階では既に、複数の住民が自我を薄められ、意識の底に別の“声”を宿している。表面上は穏やかだが、思考や判断が奇妙に歪められている」


 静かに吐息を漏らし、シモンを見据えると言葉を続けた。



「洗脳、もしくは催眠となれば、被害者であるはずの住民たちと衝突しかねん。だからこそ――非殺傷で抑えられる戦力が必要なんだ」


 ロブはシモンをまっすぐに見据えたまま、ニヤリと笑った。


「そこでお前の出番だ、シモン。……お前の腕なら、暴徒を殺さず無力化できるだろ。むしろお前程の手練れでなければ、殺すことは出来ても、非殺傷の制圧は難しい」


 暴徒と化した人々を“殺さずに”制圧する――それは、単に敵を倒すよりも遥かに難しい。

 武器を振るえば一瞬で沈む相手を、致命の一線で止めるには、相手の体格も、動きも、魔力の流れもすべて見極めねばならない。

 手加減と呼ぶには繊細すぎる調整。

 判断を誤れば、殺すか、逆に殺される。


 しかも、相手は自我を奪われ、痛みも恐怖も感じない洗脳された人間たちだ。

 理性のない敵ほど厄介なものはない。

 だからこそ――非殺傷で抑えられる者など、ほんの一握りしかいないのだ。


「依頼の趣旨は理解した。だが、こちらからも質問してよいか」

「どうぞ」


 シモンの言葉に、ロブは優雅な所作で片手を差し出した。

 その仕草は現場の人間とは思えないほど、流麗で洗練されていた。


「調査はどこまで進んでいる? いつ、どこで踏み込むつもりだ」


 問いに応じて、ロブは背筋を伸ばし、足を組み替える。

 その動きは静かだが、指先まで計算された無駄のない美しさがあった。


「良い質問だ。実は奴らの集会の目星は既についている。だが、お前が来るまでは踏み込むのを控えるつもりだった」

「つもり……だった?」


 シモンの声がわずかに低くなる。

 ロブは片眉を上げ、音を立てずに指を鳴らした。


「そう、“だった”……だ」


 彼は軽く人差し指を立て、唇の端に余裕ある笑みを浮かべた。


「ああ。お前が想定より早く到着してくれたおかげでな。決行は――明日に前倒しする」

「そうか。それなら夜通し走らせた甲斐がある」


 シモンは肩を軽くほぐし、深く息をついた。


「感謝する。無辜の民が、知らぬまま心を蝕まれていると考えると……一刻の猶予も惜しい」


 ロブの瞳に宿る光は、昼下がりの陽を映しながらも、燃える怒りを隠していなかった。

 その強い眼差しを見て、シモンはふと微笑を零した。

 出会った頃と、何も変わっていない――民を想う正義の心は、若かりし頃のままだ。


「やつらの目的は、判明しているのか?」


 シモンの問いに、ロブは小さく息を吐き、背を椅子に預けた。

 次いで、両手のひらを上に向け、軽く肩を竦める。


「すまん。そっちはほぼお手上げだ」


 わずかに苦笑を浮かべる表情は、諦観と優雅さが、不思議に同居していて、何故かとても絵になった。


「唯一分かっているのは、どうも“宗教絡み”らしいということだ。潜入した者が教義らしい一節を耳にしたが……連中の警戒が固くてな」


(宗教?……まさか)

 シモンは胸の内で思考を巡らせたが、口には出さなかった。

 早計な言葉は、相手の推測を縛る。


「だからこそだ。住民だけでなく、奴らも生け捕りにして、背後関係を洗い出す。絶対だ」


 ロブは立ち上がり、窓際に歩み寄る。

 昼の陽に照らされた横顔は、驚くほど険しい。

 彼の視線の先には活気に沸く住民たちの姿がある。

 だが、その活気が歪められた仮初であることが許せないのであろう。


「分かった。明日か……それまでの具体的な行動はどうする?」


 シモンが問いかけると、ロブは静かに振り返り、ソファーに置いた外套のポケットから折り畳まれた地図を取り出した。

 

「明日の夕刻、部下をこの部屋に迎えに来させる。それまでに体調を整え、周辺を軽く下見しておいてほしい。細かな指示は不要だろ?」


 その声音には、確かな信頼が込められていた。

 シモンは頷き、地図を受け取る。


「了解した」


 ロブは再び外套を手に取り、軽く肩へかけた。


「悪いが、これ以降は当日まで同行できん。一緒に動けば、余計な目を引く。……すまんな」

「気にするな。目立たないほうが、むしろ都合がいい」


 ロブはふっと目を細め、軽く息を吐く。


「助かる。それじゃあ――全てが終わったら、久々に祝杯でもあげよう」


 その声音は、緊張を束の間やわらげるような明るさを帯びていた。

 シモンは口の端をわずかに上げ、応じる。


「場所は任せる。……酒の趣味は変わってないだろう?」

「もちろんだ」


 ロブの口元に、短いが穏やかな笑みが浮かんだ。

 ふと、シモンが一歩前に出る。

 ロブは動きを止め、静かに視線を向けた。


「最後に、ひとつだけ聞かせてくれ。今回の件、“彼”が関わっているということは……王都でも、何かが起きているのか?」


 短い沈黙が落ちた。

 目を閉じたロブに僅かな苦みが見え、やがて低く答えた。


「その質問には、YESともNOとも言えない。…………申し訳ない」


 その声音には、言葉を濁すための曖昧さではなく、立場ゆえの苦悩が滲んでいた。

 シモンはそれを理解していた。


「構わんさ」


 短く答え、軽く口角を上げる。

 その笑みは、旧知としての信頼と、空気が重くなりすぎない為の配慮でもあった。

 ロブも同じように微笑を返し、指先でサイドテーブルの魔導具に触れる。

 淡い光が揺らめき、防諜の術式が静かに解除される。


「では、また明日」


 軽く手を上げて一礼すると、ロブは静かに部屋を後にした。

 扉が閉まると、室内に再び静寂が戻る。


(……王都で何かが起きている、か)

 窓の外では、昼の喧騒がまだ続いている。

 だが、その音が、どこか遠くに感じられた。

 事件の影は、すでにこの街だけにとどまらないのかもしれない。

 ロブの眼差しと、その背に映る陽光を思い返しながら、シモンは小さく息をついた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


明かされた依頼内容に、不吉な陰謀の匂い。

困難な依頼に臨むシモンに、是非応援コメントをお願いします!


★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。

いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

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