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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
第七章 「紫煙に導かれて」
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第77話 作られた空気と仕組まれた再会

 風を切る馬蹄の音が、朝霧の残る街道に小さく反響していた。

 まだ陽も昇りきらぬ薄明の中、シモンは手綱を握りながら、馬の息づかいに合わせて身を低くした。

 吐く息は白く散り、冷えた空気が頬を刺す。


 街道の両脇には、間もなく収穫を迎える畑がどこまでも続いている。

 湿り気を帯びた土の匂いが鼻をくすぐり、遠くの空には、渡り鳥の群れが北へと向かっていた。


 あと一刻もすれば、メルカリアの南門が見えてくるはずだ。

 昨日、ワイアースを発ってからというもの、幾度か馬を替えつつ、ほとんど休む間もなく走り続けてきた。

 身体の節々は軋みを訴えている。

 それでも、手綱を緩めるつもりはなかった。

 風を受けながら、シモンはふと、出立の朝を思い出していた。




――テラノス邸


 古い石造りの外壁には蔦が這い、朝の光が葉の露を透かしてきらめいていた。

 門前の小道には、朝露を踏む足音が微かに響き、庭の方からは使用人たちの声が風に乗って届く。

 静かな朝の空気が、屋敷全体をやわらかく包み込んでいた。


 応接室の中は、外気とは違う穏やかな温もりに満ちていた。

 磨かれた木机に差し込む光が、壁に灯る魔工灯の金色と溶け合い、室内に柔らかな陰影を描く。

 テラノスは椅子に腰を下ろし、首に掛けたタオルで額をぬぐうと、にやりと笑った。

 傍らにはヴァレリオが控え、無言のまま二人のやり取りを見守っている。


 シモンは簡潔に事の次第を説明し、暫くワイアースを離れることを告げた。

 もとよりテラノスとはアドバイザー契約の関係にあり、他の依頼を受けることも想定内だ。

 それでもこうして筋を通そうとするのは、シモンの性格にほかならない。


「なにやらキナ臭いのう……。シモン、お前さん、女子だけじゃなく厄介ごとにも言い寄られる性分かもしれんのう。……まあ、厄介ごとを吹っ掛けている儂が言えた義理じゃないんじゃがな。ほっほっほ」


 テラノスは軽口を叩きながらも、すでに事の本質を見抜いていた。

 かつて――いや、今もなお、シモンに厄介ごとを押し付けている自覚があるのだろう。

 それを承知のうえで、あえて笑い飛ばしてみせる。


「……放っておけない相手がいてな。……それに」


 シモンの言葉に、ヴァレリオの視線がわずかに動いた。


「もしかすれば、貸しを作れるかもしれん。その貸しは、ジュリアのためになる可能性もある」


 テラノスは何も言わず、シモンを見つめた。

 長い沈黙ののち、シモンが静かに息を吐く。


「今の段階では、仮定の上に仮定を重ねた与太話だ。……期待しないでくれ」


 そう言って目を閉じ、両の手のひらを上に向ける。

 その仕草を見たテラノスは、ゆっくりと顔を伏せた。


「……そうか。……すまんのう」


 掠れた声でそう呟くと、老人は椅子から立ち上がった。

 窓の外に目をやれば、空は明るさを増しつつも、雲はまだ晴れていない。

 その光が、部屋の中に翳りを落としていた。

 シモンはこれ以上、テラノスに余計な負担をかけたくはない――そう感じた。


「俺がいない間、ハルカのこと、よろしくお願いします」


 先ほどの軽口とは裏腹に、姿勢を正し、紳士に頭を下げた。

 テラノスは髭を撫でながら小さく頷き、ヴァレリオは目礼で応えた。

 それを見届けると、シモンは晴れやかな顔で、静かに応接室を後にした。



 ――あの朝から、まもなく丸一日が経つ。


 街道の先、霞の向こうに石造りの門、メルカリアの南門が見えてきた。

 シモンは手早く早馬から降り、通行の手続きを済ませた。


 メルカリア――交易都市の名にふさわしく、早朝から街は活気に包まれている。

 行き交う荷車、呼び込みの声、焼きたてのパンの匂い。

 人々の声と足音が重なり合い、街全体がひとつの生命のように脈打っていた。


 だが、その喧騒の中に、微かに混じる“歪み”がある。

 ほんの一部。

 人波の中に、わずか数名だけ、無自覚のまま調子を合わせたような者たちがいた。

 笑みの張りついた顔。

 緩慢な手の動き。

 作り物めいた活気が、全体の流れの中で奇妙に浮いて見える。


 普通の通行人なら、気づくこともないだろう。

 だが、幾度も修羅場をくぐってきたシモンには、そのわずかな“歪み”が胸の奥にざらりと引っかかった。

 無意識のうちに、過去の記憶がよみがえる。

 あの時も――賑わいの裏で、何かがほんの少しだけずれていた。


 シモンは小さく息を吐き、手綱を引いて歩調を緩めた。

 冒険者という生き物の“勘”は、得てしてこうした微かな違いから始まるものだ。

(……この街には、何かある)

 ただの思い過ごし――そう言い聞かせるには、無理があった。


 否定しきれない違和感を胸の奥に抱えたまま、シモンは早馬の手綱を引き返す。

 まずは馬を厩舎へ返し、荷を整えることにした。

 今は、目的地である“星交館”へ向かうのが先だ。


 星交館――王都やワイアースにも系列を持つ高級宿である。

 白亜の壁と銀の装飾が朝光を受け、静かに輝いていた。

 通りの喧騒が嘘のように、館の前だけがひどく静かだ。


 中へ足を踏み入れると、磨かれた床がわずかに靴音を返す。

 ロビーに満ちる魔工灯の光は均一で、白々しいほどに整っている。

 受付の女性は笑顔を絶やさず、流れるような動きで鍵を差し出した。




 部屋に通され、背後で扉が静かに閉まる。

 明るい陽光がカーテン越しに差し込み、白い壁を柔らかく照らしていた。

 整えられた寝具と磨かれた調度品。

 香油の香りも上品で、心地よい静けさが漂っている。


 外の気配を確かめようと、シモンは窓辺へ歩み寄る。

 街のざわめきが遠くに霞み、風が静かにカーテンを揺らしていた。


 ――コン、コン。

 控えめだが、妙に響くノック音だった。

 シモンは視線を扉へ向け、コートの上からナイフを確かめた。

 この宿に来たことを、まだ誰にも知らせていないはずだ。


「…………」


 数呼吸分の間が流れ、空気が張りつめる。

 やがて――扉越しに、低い声が響いた。


「……久しぶりだな、シモン」

「…………はぁ」


 懐かしくも、聞き覚えのある声に、思わず息が漏れた。

 出立前に覚えた予感は、どうやら当たりのようだ……残念ながら。


 ――やはり、そう来たか。

 想定していたはずの声。

 それなのに、何故この場所で聞くことになるのか。

 胸の奥が、わずかにざわついた。


 ゆっくりと扉を開くと、そこに立っていたのは、黒の外套を纏った男だった。

 ――ロバート・ナインハルト。


「久しぶりだな、ロバート」

「ちっ、ちっ、ちっ……」


 警戒を解いたシモンに、男は人差し指を立て、楽しげに左右へ振る。

 指の動きに合わせて舌打ちを重ね、悪戯めいた笑みを浮かべた。

 その様子に、シモンは眉をひそめる。

 やがて男は笑みを収め、わずかに姿勢を正した。


「はじめまして、シモン・マックイーン殿。私はエイル王国特別辺境警備隊隊長、ロブ・ローズであります。――以後、お見知りおきを」

「…………はぁ」


 呆れを隠そうともしない溜息が、シモンの口から漏れる。

 目の前の男が、どれほど白々しい芝居をしているか――わかりきっていた。


 ロブ・ローズ。

 そう名乗る彼の本当の名を、シモンは知っている。

 ロバート・ナインハルト。


 二人の視線が交錯する。

 この茶番を選んだ以上、相応の事情があるに違いない。

(……さて、どこから聞いてやろうかね)

 魔工灯の白光が、二人の顔を淡く照らした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アルメリアに到着したシモンを待っていた男、ロブとはどんな男か?

シモンに依頼される内容は、どのようなものか?

感じたことを、是非コメントで教えてください!


★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。

いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

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